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2011年11月18日
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漫画偏愛主義

身の丈を知る生き方にほっとする 繕い裁つ人(池辺葵)

文:松尾慈子

写真:繕い裁つ人[作]池辺葵(講談社)拡大繕い裁つ人[作]池辺葵(講談社)〈『繕い裁つ人』を商品検索〉

写真:(C)池辺葵/講談社拡大(C)池辺葵/講談社

写真:(C)池辺葵/講談社拡大(C)池辺葵/講談社

 今年4月の本紙書評欄で紹介され、気にはなっていた。このたび2巻がでたので読んでみたら、ほんわりとした読後感に包まれた。この幸福感を、コラムをお読みの皆様とも共有したく、紹介させていただきたい。

 南洋裁店の2代目を継いだ、ちょっと頑固者の市江。オーダーメードや既製品の服を作っているが、市江の服に惚(ほ)れ込んだ百貨店勤務の藤井がブランド化を持ちかける。「着る人の顔が見えない洋服なんて作れないわ」。その人だけのために、一生着てもらえる服を作り続ける市江と、彼女の周囲にいる、仕事に誇りを持って働く人々の物語だ。

 市江の服作りへの姿勢があくまでも真剣で、読んでいるこちらの居ずまいまで正されるような気がする。「仕立てたものはどんなものもみんな 自分の誇りにも恥にもなる」。1代目の祖母に厳しく仕事を教わった市江の姿勢は潔い。

 「お洒落(しゃれ)は自分のためにするもの でもとっておきの服はたった一人の誰かのために着るもんだ」、とは市江の祖母の言葉だ。なるほど、その通り、オシャレは自己満足だが、大切な人と会うときにはその人のための服になるものね。

 過去に破談となった結婚話があったらしい市江の、身の丈を知る生き方がほっとする。大量生産を持ちかける藤井とのやりとりがいい。「身の程を知らない目標を持つのは」「みっともないですか?」「疲れるの」。いつもガリガリ前を向いて歩かないとダメという現代の風潮から、市江はちょっと距離をおいていて、ほっとさせられる。

 素っ気ないほどあっさりと描かれたように見える絵もまた、味を出している。背景はあくまでも必要最小限。最近のアニメ絵の漫画にありがちな「全コマ手を抜かずに書き込んでます!」の画像に疲れる年寄りとしては、落ち着いて読める。

 今時の風潮から、市江へのオーダーメードの注文は減っていて、市江にはそれがやや不満ではあるようなのだが。実際問題として、オーダーメードの服というのは、制作日数分、その制作者を拘束するわけだから、それなりのお値段を払わねばならないワケで、庶民にはそうそう払える値段ではないのだから、市江の仕事が少ないのも宜(むべ)なるかな、というわけで。私だって、生涯オーダーメードの服なんて注文しない可能性大だわな。がんばれ市江。

          ◇

 余談ですが、前回お知らせした11月25日、東大・駒場祭での「BL Tea time」、開始時間が15分早まって、午後4時15分からとなりましたので、ご予定されていた方はどうぞご注意ください。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、大阪編集局記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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