ことば談話室
(2014/02/13)
冬のとある夜、父と大学生の娘がこたつでお茶をすすっている。
〈父〉 就活、たいへんだな。どうだ、A社は面接までいけそうかい。
〈娘〉 う~ん、あの会社、チョー人気だからねえ。可能性はマジ、かなり低いかも……。
〈父〉 おお、その言葉遣いは正しい。あ、誤解するなよ。正しいって言ったのは「可能性」の使い方だからな。
〈娘〉 は? 何をまた突然に。あ、またお父さんの「気になる言葉」だね。
〈父〉 そうそう。「可能性」の使われ方ってのが、前から気になっててな。そもそもだな……
〈娘〉 こりゃあ長くなりそうな可能性が……。ミカンでもいただきながら伺いましょう。ぱくり。
〈父〉 可能性というのは「実現できる見込み」ってことだ。だから、「合格の可能性」とか「お金がもうかる可能性」みたいに、明るい未来や前向きなことがらについて用いる表現なのだと、父さんは教わった。
〈娘〉 ところで辞書は引いたの? いつも逆に言われてるセリフだけど。
父がメモ書きを取り出す。
<どの程度実現できるかどうか。そうなる見込み> 角川必携国語辞典
<その状態になり得る見込み。実現でき得る程度> 現代国語例解辞典
<実現できるという見込み。現実となりうる見込み> 明鏡国語辞典
<できる見込み。論理的に矛盾が含まれていないという意味で、考えうること、ありうること> 広辞苑
〈父〉 こう並べてみると、「可能性」の意味には共通性が見えてこないか?
〈娘〉 うーん、ざっくり言えば、「できる」と「ありうる」の2本立て、かな?
〈父〉 さすが現役の学生さん、理解が早いっ。就職もそうありたいよなあ。
〈娘〉 いちいち引き合いに出さないで。白菜、よく漬かってるよ。ぱりぱり。
〈父〉 ぱりぱり。うまいなー。では結論だ。「可能性」は「できる」と「ありうる」、両方の意味があるってことだな。父さんは「できる」だけが正しいと思ってきたけど、「ありうる」だったら、悪いケースに使っても確かにおかしくない。いまや「ありうる」が相当に広まってるのは間違いなくて、父さんのような人間が異を唱えても、そうした情勢を変えることはもはや無理だと思う。だけど、可能性という言葉を自分で使う場合は、やっぱり「明るい未来を予期させる使い方」をしたいと思うんだよな。
〈娘〉 どっちが正しいかは、結局はっきり決められないってことかな?
〈父〉 昔、コンセントは右手で抜けと言われたんだ。左だと、万一感電したとき、心臓がある側だから危険が大きいって。科学的にどうなのかは知らないけどな。まあそれと似ていて、「強いてどちらかと言うならこっちかな」くらいのもんだと思ってる。いまは。
〈娘〉 ふーん。でも「コンセントを抜く」っていう言い方も間違いなんだよね? ほんとは。
〈父〉 おう、それについては少々説明がいるな。待ってろ、いま新しいお茶いれるから。
冬の夜はしんしんと更け、父の話はまだまだ続いてしまう可能性があった。
(我妻一彦)