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文字@デジタル

第1・第2水準で新常用漢字に対応できる?

比留間 直和

 新しい常用漢字を打ち出すには、最新の JIS X0213(第1~第4水準。いわゆるJIS2004)対応の製品が必要。過去の回でそう書きました。

 それに間違いはないのですが、純粋な規格論でいうと、X0213ではなく古い規格である JIS X0208(第1・第2水準)に適合しながら、新常用漢字に対応した製品を作ることが可能です。

 どういうことでしょうか。
 
  
 文字@デジタル「『改定常用漢字表』解剖 2」(2010年6月7日)で、新たに常用漢字表に追加された196字とJIS漢字との関係について述べました。下は、このとき掲載した「改定常用漢字表の追加196字がJIS漢字のどの水準にあるか」を示した図です。

 赤い字は「2004年改正で JIS X0213 の例示字体が変更され、かつ変更前の字体が常用漢字表で『デザイン差』とも認められていないもの」です。変更前の字体とはすなわち X0208 の例示字体ですから、「X0208 の例示字体だと常用漢字表の標準と異なるもの」と言い換えることができます。

 青い字は「JIS第1・第2水準以外の領域にあるもの」です。ただし「」は、X0208にある「叱」も常用漢字表で「デザイン差」と認められており、国語施策の観点からはどちらを使っても構わないことになっています。

 というわけで、追加字種のうちこの赤い16字と、青い字のうち「」を除く3字の計19字が、「JIS X0208の例示字体の通りに作った製品では、新常用漢字の字体(デザイン差含む)が打ち出せないもの」ということになります。
 
 
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 しかし、JIS漢字は例示字体はあくまで例示であって、厳密にその形でなければならないというわけではありません。

 ちょっとおさらいしておきます。

 実際に世の中で使われている印刷文字には、同じ漢字でも、多少形が異なることがよくあります。そうした場合に文字コードの世界でいちいち別のコードポイントを割り振るのは現実的でなく、一般の文字運用ともかけ離れてしまいます。そこでJIS漢字では、「細かな字体の違いは区別せず、一つのコードポイントで表す」ことになっています。「包摂」という考え方です。

 そして「どんな形の揺れを文字コード上同一視するのか」を示したのが「包摂規準」です。かつては規格に明示されていませんでしたが、1997年版のJIS X0208で初めて具体的に示されました。
 
 
 この「包摂」を、先の赤い字のコードポイントに当てはめたのが下の図。カッコの前がそれぞれの規格の例示字体、カッコ内が当該コードポイントに包摂される字体の例です。要するに、例示字体という「おもての顔」がかわっただけで、X0208ではX0213の例示字体を、X0213ではX0208の例示字体をそれぞれ包摂しています。

 従って、この16字を、赤いほうの字体(X0213の例示字体=新常用漢字の字体)で設計しても、X0208 の規定から外れてはいないのです。
 
 
         ◇
 
 
 次に、追加漢字の通用字体が第1・第2水準以外の領域にある青い字はどうすればいいでしょうか。

 「」を含め、通用字体が第3・第4水準に含まれるこの4字は、実は JIS X0208 では、第1・第2水準のコードポイントに包摂されています。例えば「」は「剥」のコードポイントに包摂されています。

 「塡」「頰」はそれぞれ、1983年のJIS改正で大幅に略された字のひとつです。途中で字体変更されたものは基本的に包摂の対象ですが、これらは本来ならば包摂できない大きな字体差だったため、97年改正の際に「過去の規格との互換性を維持するための包摂規準」という“特別ワク”に分類され、そして2000年のJIS X0213制定の際には、かつての字体が第3水準に「復活」しました。

 「」と「」は、X0208では通常の包摂の範囲内です。国語審答申「表外漢字字体表」で印刷標準字体とされたため、2004年改正で字体変更が検討されましたが、Unicodeでは既にコードポイントが区別されていたため、例示字体を変えるのでなく第3水準に「分離・独立」したのでした(文字@デジタル「シカルとシカル」シリーズ参照)。

 

 

 もうお分かりですね。第1・第2水準の範囲しか扱えない機器のフォントを新常用漢字対応にする場合、先に述べた16字の対応に加え、「填」「頬」「剥」のコードポイントに「塡」「頰」「」の文字イメージを割り当てれば、X0208 への適合と、新常用漢字対応を両立したことになります。「叱」のコードポイントに「」を割り当てることも問題ありません。

 なお、「過去の規格との互換性を維持するための包摂規準」にあたる「塡」「頰」の2字については、どの字体を採用しているか文書に明示することが X0208 で決められていますので、こちらもお忘れなく。

 
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 と、ここまで述べてきてこんなことを言うのは気が引けるのですが、上に示したような手法で「X0208に適合する新常用漢字対応フォント」を作って搭載するのは、あまりお勧めできません。外部との情報交換で、問題が生じる恐れがあるためです。

 特に「塡」「頰」「」「」に関しては、X0213やUnicodeではコードポイントを分けているため、情報交換の相手がX0213やUnicodeの環境――ごく普通のパソコンなど――である場合、誤解が生じる可能性があります。例えば、自分が「塡」のつもりでも、相手の環境では「填」に見えます。しかも相手のマシンでは「塡」と「填」は別々に存在しているので、「意識して『填』の字体を選んだ」と受け取られるかもしれません。
 
 
 同じ趣旨のことが、経済産業省のサイト(「改定常用漢字表に対するJIS漢字コード規格の対応状況について」http://www.meti.go.jp/press/20101130001/20101130001.html=リンク先は国立国会図書館が保存したページ)で昨年公開された、JIS漢字と常用漢字表の対応関係に関する報告書にも書かれています。

 報告書は、経産省の委託事業として、財団法人日本規格協会を事務局とする「改定常用漢字表に関する規格検討委員会」(委員長=大蒔和仁・東洋大教授)が作成したものです。筆者も、かつて X0213 の策定・改正に関わった縁で、末席に名を連ねました。

 報告書の「Q&A」のなかに、上に述べたような「X0208に適合した新常用漢字対応フォント」に関するやりとりがあり、そのようなフォントは規格に適合するが運用に注意が必要である、と回答しています。

 情報機器を使いながら新しい常用漢字表に対応するうえで、基礎資料となるものです。実務に携わる方々は、ぜひご一読ください。

(比留間直和)