続いてホン・サンス監督第20作は…「それから」

 

朝4時30分、図書出版カンの社長が起きだし、朝食を食べ始める。向かいに座った妻は、最近あなたは変わった、とか、痩せた、とか呟く。そして、好きな女が出来たんではないか、と夫に問いただすが、社長は答えず、まだ暗い中、出勤していく。社長は、酔っ払って浮気相手チャンスクと地下駐車場で抱き合ったことを思い出す。事務所には、すでにソン・アルムが来ている。社長の知り合いファン教授の紹介で、今日から働くのだ。そして、アルムの長い一日が始まる…

 

図書出版カンの社長に、常連クォン・ヘヒョ、新入社員ソン・アルムに、キム・ミニ、社長の不倫相手イ・チャンスクに、その後ホン・サンス作品常連となり「はちどり」でも名演と聞くキム・セビョク、社長の妻に、実生活でもクォン・ヘヒョの妻チョ・ユニ、タクシー運転手の声に、常連キ・ジュボン、新しい事務員の声に、「夜の浜辺で一人」チョン・ジェヨンのパートナーを演じたミス・コリア受賞経験もある美形パク・イェジュ。

 

ホン・サンス作品でこれほど声を出して笑った作品は、殆ど記憶にありません。上品でもなく下品でもない、何となくちょうど良い桂米朝の滑稽噺とかシェークスピアの喜劇みたいな感じです。登場人物は、たったの四人、中年男、妻、浮気相手、無関係な女、ですが、いかにもありきたりな三角関係に巻き込まれるヒロインがキム・ミニという意外なキャスティングが妙に笑いを誘うわけです。前作「夜の浜辺で一人」では絶望のど真ん中で絶叫した感じのキム・ミニが、ヒチコックのケーリー・グラントさながらに浮気事件に巻き込まれながらも場違いな人生訓にこだわる辺りは、ホン・サンスは何考えてるねん、と新しい一面を見た感じになります。一方で、文芸的なモノクロ映像、謎のズームやパンといったカメラワーク、酒席での神や信についての哲学的な会話などはそのままなので、その絶妙にズレた感じのギャップが心地良かったりします。終盤に、同じキャストによる同じ会話の繰り返しが登場しますが、やっと来たかホン・サンス節、と思いきや…鮮やかな打っちゃりを食らってさらに呆れたりもできます。

 

これが、コアなホン・サンスのファンにどう映るかは分かりませんが、個人的には、上々の出来栄えだと思います。ホン・サンス風に凝った脚本ではないのに、出来上がったらやっぱりホン・サンスだった、という楽屋落ちみたいな映画ですが、余りに後味が良いので、五つ星としちゃいます。観るとしたら、「夜の浜辺で一人」と連続して観ると、自分の映画感がいかに脆いものか、実感できるかもしれません。

 

ちなみに、タイトルは夏目漱石の同名小説からもってきたとのことですし、終盤、夏目漱石の翻訳本も登場はしますが、全く無関係だと考えた方がよいと思います。漱石「それから」の方がはるかに文芸的だと思います。