今度は、話し手の側の利益・負担(損・得)に着目した、寛大さ[気前のよさ]の公理[格率]について見ていきましょう。

 

4. 寛大さ[気前のよさ]の公理[格率](Generosity Maxim)
◆寛大さの公理[格率]=話し手が受ける利益・負担をどう表現するかに関するもの
(14) 寛大さの格率(generosity maxim)は気配りの格率の姉妹にあたり、話し手にとっての負担と利益を問題にする:
(i) 自己の利益を最小化すること。 (Minimize benefit to self.)
(ii) 自己の負担を最大化すること。 (Maximize cost to self.)

 

これもね、一言で言うと、

 

・話し手の利益となる(話し手が得をする)ことを話し手が言い出す場合、最小化すべき(遠回し・間接的に言うべき)

・話し手の負担となる(話し手が損をする)ことを話し手が言い出す場合、最大化すべき(はっきりと・直接的に言うべき)

 

ということです。

 

で、そのようにすればポライトになる(感じが悪くならない)ということなんです。

 

続きを読んでみましょう。


この格率の機能は気配りの格率のそれと同様だけれども、ただ1点、効果が逆になっているところが違う。たとえば、聞き手にとって利益になるけれども話し手には負担になることの申し出は、ポライトネスのためには可能なかぎり直接的になされねばならない。

 

ここで言っているのは、上で見た

 

・話し手の負担となる(話し手が損をする)ことを話し手が言い出す場合、最大化すべき(はっきりと・直接的に言うべき)


ということです。

 

このため、[(15)]は[(16)]よりも[ポライト]になる:
(15) Let me wash the dishes. ぼくに食器洗いをさせてください。
(16) I was wondering if I could possibly wash the dishes. もしよければ、食器を洗ってもいいかと思うのですが。

(クルーズ 2012: 536)

 

これをもう少し説明してみます。

 

話し手が食器洗いをしたら、聞き手は食器洗いの手間がなくなって助かりますよね。

 

でも、話し手にとっては、自分の労力と時間をかけて食器洗いをすることになるので、話し手の負担(損)になります。

 

このようなことを申し出る場合、(15)のようにはっきり直接的に(つまり最大化して、食器洗いに関する部分が文全体の中で多くを占めるようにして)言うべきなのです。

 

もし(16)のように話し手が聞き手に、間接的に(つまり最小化して、食器洗いに関する部分が文全体の中で占める割合を減らして)言っているのを、あなたが横で聞いたとしたらどう思いますか?

 

私なら、話し手は食器洗いを本音ではしたくないんだけど、立場上とりあえず申し出ているのかな、いやいや言っているっぽいなあ、とか思ったりしますね。

 

聞き手も話し手が「もしよければ」とか「いいかと思うのですが」とかを付けていれば、「いえいえ、私たちでできますので結構ですよ」と話し手の申し出をお断りしやすくなりますよね。

 

でも「ぼくに食器洗いをさせてください」とズバッとはっきり言われてしまうと、「じゃあお願いします」と言うしかない感じですよね。

 

つまり、話し手の負担となる(話し手が損をする)ことを話し手が言い出す場合、ズバッと最大化して言う方が聞き手が遠慮せず受け入れやすくなり、よりポライトな言い方になるのです。

 

間接的に最小化して言う方が、言い訳がましさやとってつけたような感じがしてきます。やりたくない的空気も出てきます。聞き手がそれを読み取って申し出をお断りすることになりやすく、むしろ話し手は暗にその方向に誘導しているようにも取れる、なのであまりポライトではないのですよ。

 

でも逆に、話し手がそれによって得をする場合、ズバッと言うとずうずうしい感じになります。

 

・話し手の利益となる(話し手が得をする)ことを話し手が言い出す場合、最小化すべき(遠回し・間接的に言うべき)

 

ですね。この例を見てみましょう。


他方で、ポライトネスのためには話し手にとっての利益は弱められる必要がある:
(17) I want to borrow your car. 君の車を借りたいんだけど。
(18) Could I possibly borrow your car? 君の車を借りてもかまわないかな?

(クルーズ 2012: 536)

 

話し手が聞き手の車を借りるということは、話し手の利益(得)になります。

 

それを臆面もなく(17)のように主張する場面と言うのは、あるとすればポライトさなど必要としない、本当に仲のよい友人同士の間で車を借りることをお願いする場合でしょう。

 

それほど親しくない聞き手に(17)のように言ってしまうと、聞き手は、自分の利益を直球で主張する話し手のことを、なれなれしいな、ずうずうしいな、厚かましいなと思うのが普通です。つまりポライトではありません。

 

このような場合、(18)のように疑問文を使って質問することで、間接的に〈命令・依頼〉をするようにした方が、聞き手も「かまわないかな?」と聞かれたことに対して「すいません、無理なんです」と答えることができ、より断わりやすくなります。

 

そのため、話し手が(18)のように言う方が、(17)よりもポライトだということになるのです。

 

これを踏まえて、(3)と(4)の例文を考えます。

 

(3a)「まあまあ、落ち着きなさいよ。とりあえずお飲み。奢ってあげる

(森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』: 27)

(3b) 自分が一回りくらい上の立場だったら、奢ってあげてもいいかなって思うかもしれないけど、それは見栄でしかないし、いわゆる「男の甲斐性」に振り回された結果。まぁ、私は女なんですけどね。

(OKWave「11歳上の彼との割り勘について」)

 

(3)の例文では、話し手が聞き手に「奢ってあげる」ということを申し出ています。ということは話し手がお金を出すので、話し手が金銭的負担を引き受けることになります。このような場合、

 

・話し手の負担となる(話し手が損をする)ことを話し手が言い出す場合、最大化すべき(はっきりと・直接的に言うべき)

 

となるのでしたね。

 

そのため、(3a)のように直接的に(最大化して)言った方が、ポライトな感じのいい言い方になります。

 

(3b)のように言うことは、なんだかもったいぶっていて感じ悪いですよね。話し手の負担となることを、最小化して(あれこれもったいぶるような言葉をくっつけて、「奢る」という部分の発話の効力を弱めて)言うことは、本音では奢りたくないということを示唆し、ポライトではないい言い方になるのです。

 

一方(4)ですが、話し手が聞き手から話を聞くということは、話し手が情報を得られるので、話し手の利益(得)になります。

 

(4a)「もう、いいわ。それよりあなたたちの関係と七一年の事件を話して。あなたから見た、あなた自身の話を聞きたいのよ

(藤原伊織『テロリストのパラソル』: 85)

(4b)「ねえ三宅さん、ちょっと気になることがあるんだけど、きいてもかまわないかな?

(村上春樹「アイロンのある風景」: 66-67)

 

したがって

・話し手の利益となる(話し手が得をする)ことを話し手が言い出す場合、最小化すべき(遠回し・間接的に言うべき)

に相当するのです。

 

そのため、(4b)のように疑問文を使って言う方が、「いや、聞かれると困るんです」と聞き手がお断りしやすくなります。これによって、話し手の強引さが緩和されます。したがってポライトなんですよ。

 

(4a)のようにズバッと言われると、「いや、それは」とかを(4b)の場合よりも言いにくくなりますよね。やや話し手が、強引だとか無理やり物事を押し進めているといった印象を与えるかも知れません。つまりポライトな言い方ではありません。

 

以上を表にまとめると、次のようになります。

 

どうでしたか?

 

 

以下の緑の部分は少々複雑な話なので、混乱しそうな人は飛ばしてもらっても構いません。ただ、このような疑問をもつ人が毎年いるので書いておきます。

 

実はこの、「気配りの公理」と「寛大さの公理」は、聞き手に着目するか、話し手に着目するかの違いです。

 

だから、着目する人を変えると、どちらも当てはまることがあります。

 

たとえば(17)(18)だと、聞き手は「車を貸す」という負担(損)を引き受けることにもなるので、「気配りの公理」に基づいても、(17)は聞き手の負担を最大化しているのでインポライト、(18)は聞き手の負担を最小化しているのでポライトと説明できるかもしれません。

 

でもね、ここで問題になっているのは聞き手の「車を貸す」行為ではなく、話し手の「車を借りる」行為なのです。で、「車を借りる」行為は話し手がおこなう行為なんですよ。

 

いいですか?

 

ここで問題となっているのは話し手なんです。

 

だからこそ(17)(18)の例文は、「気配りの公理」の例ではなく、「寛大さの公理」の例として挙げられているのです。

 

 

さて、では最後にdotCampusにある(19)の課題をやって提出して下さいね。

 

参考文献
Allott, Nicholas. (2010) Key Terms in Pragmatics. London: Continuum.(『語用論キーターム事典』今井邦彦(監訳)東京:開拓社. 2014年)
Cruse, Alan. (2011) Meaning in Language: An Introduction to Semantics and Pragmatics. (Third Edition) Oxford: Oxford University Press.(『言語における意味―意味論と語用論―』片岡宏仁(訳)東京:東京電機大学出版局. 2012年)
林宅男(編著) (2008)『談話分析のアプローチ―理論と実践―』東京:研究社.
Leech, Geoffrey. (1983) Principles of Pragmatics. London: Longman.(『語用論』池上嘉彦・河上誓作(訳)東京:紀伊國屋書店. 1987年)
Thomas, Jenny. (1995) Meaning in Interaction: An Introduction to Pragmatics. London: Longman.(『語用論入門―話し手と聞き手の相互交渉が生み出す意味―』浅羽亮一(監修)東京:研究社. 1998年)