能楽堂の五色の幕が陰陽五行説に由来するということは比較的よく知られている。
鳳凰をつくるー朱雀の役割 でも記したように、能と陰陽五行思想には深い関わりがある。
「陰陽師」と聞けば誰もがイメージするだろうその人、
安倍晴明は占い師や呪術師ではなかった。
「陰陽寮」という、今日で言えば科学技術庁+気象庁に相当する機関に雇用された、
れっきとした国家公務員だった。
古代中国の「易」に発し、長い歴史を経て培われてきた法則にもとづいて
世の気を変化させたり(雨を降らせたり、病を回復させたり…)
悪い気を回避する提案をしたり、暦をつくったり(農耕民族にはとても重要)。
ざっくりとだが、その思想とはこういうものだ。
世にあるものを陰と陽の性質に分類し、その関係を読み解く。
さらに木、火、土、金、水 の性質に分類し、その関係を読み解く。
木、火、土、金、水 は、互いに他を生かす関係(相生)と他を滅する関係(相剋)となっている。
安倍晴明神社の紋は、星の意味もあるだろうが、どちらかというと五行の思想を現している。
五行にはあらゆるものが配当された。
能の五色幕は写真のように青=緑、黒=紫に変えられている。
中間色である緑や紫のほうが雅と考えられたからだろうか。
しかし、現世の万物を表す五色幕の向こうは、この世ならぬ世界、
橋掛かりはこの世とあの世の架け橋と教えられたものだ。
ところで能と同様、相撲も神事であり、陰陽五行思想が色濃く反映されている。
本来は相撲も柱を立てたが、能と違って目印としての柱が不要なので
今では房を下げている。その色は五行の色彩そのままだ。
しかし一色足りないことに気が付かれただろうか。
黄色。黄色は土俵の土である。
実は五行説と陰陽説が統合されて陰陽五行説が成立した段階で、
五行が混沌から太極を経て生み出されたという考え方が成立して、五行の生成とその順序が確立した。
- 太極が陰陽に分離し、陰の中で特に冷たい部分が北に移動して水行を生じ、
- 次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じ、
- さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じ、
- 残った陰気が西に移動して金行を生じた。
- そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じた。
つまり土行は、他のすべての気を含み中央にあってがんとして動かない、
いわば特別な地に足の着いた行なのだ。
狂言足袋の土色(黄色)は、このことに由来しているのではないだろうか?
対して白という色は、相撲の房の方位で言えば南西に当たる。
東北の逆側は裏鬼門といい、丑寅の裏である申酉が守護神となる。
御所の裏鬼門を護る猿の彫刻
能がかつて「さるがくの能」と言ったのも、邪を払うことを目的とする芸能であったがゆえではないかと思う。
革の足袋をはいていた時代にも、狂言方以外は革を白く染めて履き、
狂言方は現代でも土色(黄色)の足袋を履き続ける、
という様式の裏には陰陽五行思想との関連があるのではないか、と
ふと、おもったのである。