戦列歩兵Line Infantryとは、17〜19世紀のヨーロッパの野戦軍で主流となった歩兵の運用形態のひとつである。小銃で武装した戦列歩兵は横隊を組んで行進し、「敵兵の黒目が見える」距離までお互いに近づいて射撃と装填を繰り返した。そして敵の戦列が崩れたところを、小銃に銃剣を装備して突撃して敵を壊滅した。ローランド・エメリッヒ監督作品の「パトリオット」(2000年)はアメリカ独立戦争を舞台にした映画だが、そのなかでイギリス本国の戦列歩兵と植民地軍が対峙するシーンがある(このシーンでイギリス軍は敗れてしまうのだが)。
 このような戦術が一般化したのはなぜだろうか。戦争は不条理で残酷なものだ。しかしそのような現在の感覚をもって考えてみても、非人道的で残虐に思える戦列歩兵を用いた横隊戦術はなぜ成立したのだろうか。
 そのことを考えるために、本稿では「火器」に注目する。世界史Bの教科書によると、「14~15世紀には火砲が発明されて戦術が変化すると、かつて一騎打ち戦の花形であった騎士はその地位を弱め、彼らはいっそう没落した 」と騎士が没落した要因の1つとして火砲の発明をあげている。封建社会における支配者であった貴族は、戦場においては騎士として戦った。戦場の花形であった彼らは、幼少のころから軍馬を操る鍛錬を受け、自身の武芸を磨いた。アーサー王伝説などに代表される騎士道も花開いた。しかし火器が「発明」されて戦術が一変すると彼らは没落することになる。
火器がある時代の幕引きを誘引するモノであったことは明らかである。火器が西ヨーロッパ世界に登場し、重騎兵に代わって戦場の主役となることで、兵士に求められる能力は変化した。重騎兵であれば馬に乗ってランスを操ること、長弓兵であれば弓を操ることなど、中世までの兵士はそれぞれ卓越した特別な技能を必要とした。しかし近世ヨーロッパにおいて、火器を操作する兵士に求められたのはそのような特別な技能ではなく、規律と訓練であった。
本稿では、以上に述べたような、中世末期から近世までの西ヨーロッパにおける火器の役割について述べる。火器すなわち火薬兵器は、大型で操作に複数人を必要とする大砲と、小型で個人が携帯して操作する小銃とに大別される。本稿では後者のなかでも、15世紀にその原型となる武器が登場して19世紀半ばまで現役として使用されたマスケット銃について述べる。従来型の世界史の授業において、数々の戦争は暗記されるべき単語としてしかとらえられてこなかった。しかし本稿の分析を通して、戦争を軍事史という観点からダイナミックにとらえることで、「戦争と社会」を基軸とした世界史を再構成することを本稿の目的である。