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私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

森永卓郎は経済評論家?それとも?

2015-08-06 22:04:57 | 講演・講義・フォーラム等
 森永卓郎氏には失礼な話かもしれないが、彼は一応経済アナリストと呼ばれているけれど、その実体は経済評論漫談家と呼んだ方が相応しいのではないだろうか? そう思わせるほど、笑いが絶えない講演会だった。 

               

 8月4日(火)午後、北海信用金庫主催の経済講演会が東京ドームホテル札幌で行われた。講師は経済評論家であり、TVタレントでもある森永卓郎氏だった。演題は「構造改革と日本経済の行方」というまともな演題だった。

 森永卓郎氏というと、私には苦い思い出がある。拙ブログを繰っていると、その時の様子をレポした2011.6.30の投稿があった。
 演題とはほとんど関係ないような内容を滔々としゃべって、あっけにとられている間に降壇して去った、というあまり良くない印象が私には残っていた。

 今回、森永氏は冒頭、一応演題を意識しながら話し始めた。日本経済の現況は、一昨年はアベノミクスが効いて絶好調に推移したが、昨年は反転してリーマンショック以来の不調に陥り、物価の上昇に賃金が追いつかない状況であった。
 今年は消費増税によりさらなる不調が心配されたが、原油価格の下落という幸運に恵まれ、物価は落ち着いた状況にある、とした。
 「お~っ、今回は、少しはまともな話をしてくれるのかな?」という期待を抱いた。

 しかし!ここからは例によって、例のとおりの森永ワールド全開だった。
 世界経済は新自由主義経済のもとグローバル競争が展開され、富の偏重が著しく、日本は「超格差社会」に陥っているとした。そして、株の譲渡益によって潤っている東京都心に住む富豪たちの生活ぶりを面白おかしく語りはじめた。

 そしてこの辺りから、演題の構造改革を意識してだろうか、日本経済(日本企業)が目指すべきは、米国や中国と競争するのではなく、イタリア企業を見習うべきだとする、氏の持論を展開した。
 イタリアには紳士服のアルマーニや車のフェラーリなど、ブランド化して収益性の高い製品を産み出している。つまりイタリアはアート的な製品づくりをしていると森永氏は指摘する。ここでも彼は笑いを取ることを忘れない。自分が着ているのは「青山」だが、久米宏は「アルマーニ」を常に身に着けていると…。

            

 森永氏は「企業はアートを創り出せ」と強調する。アートとは、美しいだけではダメで、「何だ!これは?」と離れたときに気になるもの、だと言う。
 イタリア企業にはアート的製品を産み出す風土があるという。それは、企業が生産現場への権限委譲が進んでいるからだという。だから現場自らが生産性を上げる工夫を絶えずしているらしい。
 例えば、ファッションブランドの「フェンディ」では、現場の工夫で年間1,500アイテムもの新製品を市場に送り出すという。その中から一つでも、二つでも市場に受け入れられ、ヒット製品が生まれれば、企業としてはOKではないかと強調した。

 ここまではまだ良かった。ここから後は森永ワールド全開だった。
 企業にアートを育むために、「企業はラテンで行こう!」という。つまり社内の雰囲気が明るくなくては駄目だという。「飲んで、歌って、恋をしよう!」と森永節をぶち上げる。女性社員には誕生日に1本の赤いバラを持参し、「白いバラを君に」などと言いながら渡せはウケること間違いない、などと言うにいたっては、もう漫談そのものである。
 おまけに、自分が大好きな松田聖子を持ち出し、彼女を前にして撃沈した話を持ち出し、「ダメだったときこそ真価を問われる」などと持ち出し、話を終えた。

 会場はおおいに笑い、それなりにウケたようが、はたして主催者の評価はどうだったのだろう?
 ただ、私の思いは以前に聴いたときの感想とはやや違った思いを抱いた。
 それは、我々にとって難しい経済の話を、森永氏のように面白おかしく我々に翻訳して伝える役者も必要なのかな?という思いである。
 真面目に経済を論ずる経済評論家がほとんどを占める中、森永氏のような存在もあるいは貴重なのかもしれない…。


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