4月23日はサン・ジョルディの日。本を贈り合うこの記念日に向けて、日経BOOKプラス編集のメンバーが、それぞれの「贈りたい本」を自由気ままに語ってみました。 ジャンルもさまざま、意外なエピソードも味わい深く、編集会議は大盛り上がり。読者の皆さんにとっても、新しい本との出合いのきっかけになれば幸いです。それでは、じゃんけんで勝ったメンバーから順にお届けします。

日経BOOKプラス編集部員が持ち寄った「贈りたい本」。それぞれが手に持ち、熱く、オススメします!
日経BOOKプラス編集部員が持ち寄った「贈りたい本」。それぞれが手に持ち、熱く、オススメします!

長野洋子が「贈りたい本」

心がぽきっと折れてしまう前に読みたい『OPTION B』

 Facebook(現メタ・プラットフォームズ)の元COO、シェリル・サンドバーグの本というと、数多の働く女性たちを勇気づけた『LEAN IN』が有名かもしれませんが、私が何度も読み返しているのは、『 OPTION B 』です。この本は、最愛の夫であるデーブ・ゴールドバーグを突然失ったシェリルが、親友の心理学者・アダム・グラントが教えてくれる回復のステップとともに、大きな喪失感から立ち直っていく軌跡をつづった1冊。

『OPTION B』(シェリル・サンドバーグ、アダム・グラント著、櫻井祐子訳、日本経済新聞出版)
『OPTION B』(シェリル・サンドバーグ、アダム・グラント著、櫻井祐子訳、日本経済新聞出版)

 私は以前、デーブのインタビューに立ち会ったことがあります(日経xwoman 「 デイブ・ゴールドバーグ『能ある女性が嫌われる虚しさ』 」)。当時、共働き向けのウェブサイト(現日経xwoman DUAL)の立ち上げに携わり、私自身も病気がちな乳幼児の子育てと仕事の両立に追われて毎日不安を抱えていた最中。世界的企業の最前線で共働き子育てを実践しているデーブが、「僕たちも同じだよ」とかけてくれた温かい言葉に救われました。

 そんな、夫婦ニコイチで家庭を運営する互いになくてはならない存在が、突然いなくなる恐怖と絶望。どうやってシェリルは立ち直ったの? 無我夢中で読みました。「レジリエンス(回復する力)」という言葉を知ったのも、この本がきっかけです。

 失敗や挫折、予期しなかった困難にぶつかったときに手に取ります。なぜなら、どん底にいたシェリルがオプションB(次善の選択肢)を選び、少しずつ回復していくプロセスとそのロジックをたどると、「わたしも大丈夫」と思えるようになるから。

 また、ユーモアを交えながら心のおりや毒を吐きだして前に進むシェリルの姿に、「笑えないときだってあるし、むしろ笑っちゃうときだってあるよね。揺れるし、揺れていいよね」と、硬くなった心もほどけていきます。

 他者の痛みを理解することも難しいですよね。大きさや深さも分からないし、根掘り葉掘り聞くのも抵抗がある。この本は、苦難のなかにいる家族や友人、大切な人にどう接したらいいのか悩んだときの参考にもなりました。本に出てくるリアルなエピソードは、多くの気づきを与えてくれます。「こんなふうに言われると困るんだな」とか「こんな言葉をかけていいんだ」とか「隣にいるだけでいいときもあるんだ」とか。

 「レジリエンスは育てることができる」。そう思うと、苦しみの渦中でもちょっと呼吸がしやすくなる。この先くるかもしれない逆境に備えることもできる。「だれもがオプションBをとことん使い倒せるようにするための本」――シェリルがそう語るように、心がぽきっと折れてしまわない柔軟な強さを育てたい人におすすめです。

(長野洋子)

市川史樹が「贈りたい本」

ボロボロになるまで何回も読んだ、永井路子『炎環』

 一度買ったのに、再度買った本があります。「積ん読」で、買ったことを忘れてうっかりではなく(そういうのもありますが)、もう一回買うという意思を持っての購入です。訳者が変わった、文庫版になった、何度も読んでボロボロになった……。などのパターンがあるのですが、3回買った本は1冊だけです。

 それは永井路子さんの『 炎環 』(文春文庫)です。最初に読んだのは小学生で大河ドラマ『草燃える』を見て、日本史にはまった時でした。

『炎環』(永井路子著、文春文庫)「ちなみにこの写真の2冊は、買った時期が違うので表紙が違いますね」
『炎環』(永井路子著、文春文庫)「ちなみにこの写真の2冊は、買った時期が違うので表紙が違いますね」

 『草燃える』は北条政子が主人公、永井路子さんの『北条政子』『炎環』『つわものの賦』などの一連の作品を原作に制作されました。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』と同じ時代を描いたドラマです。

 『炎環』は源頼朝の弟・全成、梶原景時、北条政子の妹で全成の妻である阿波局、北条義時を主人公とする四編の短編で構成されています。

 小学生で初めて読んだ時は、ただただ面白く一気に読み終えました。今読み返しても、まったく古さを感じさせない文体で、約60年前の1964年度(昭和39年下半期)に直木賞を受賞した作品とは思えません。「『鎌倉殿の13人』の原作小説だよ」と言っても疑う人は少ないでしょう(実際、三谷幸喜さんの脚本にはかなり、『草燃える』オマージュが感じられたので、当たらずといえども遠からずかもしれません)

 『草燃える』と『炎環』で、将来は大学でこの時代の勉強をしよう、と決意した小学生だった私は、十数年後に平安末期の清和源氏をテーマにした卒論を書きました。その後も常にこの本は側にありました。最初に買った(買ってもらった)、社会人になった頃にはハードカバーの単行本はボロボロになり、文庫版を購入、さらに文字が大きくなった新装版を買いました。年を重ねるに連れ、『炎環』から見える風景が変わってきました。

 作者は「あとがき」で

――それぞれは長編の1章でもなく、独立した短編でもありません。1台の馬車につけられた数頭の馬が、思い思いの方向に車を引張ろうとするように、一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつのまにか流れが変えられていく(原文ママ)――そうした歴史というものを描くための一つの試みとして、こんな形をとってみました。

 と書いています。作品それぞれも魅力的なのですが、四編がまとまることによって、「一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつのまにか流れが変えられていく」という歴史の本質を描いています。そしてそれは、米国、中国、ロシアなどが「それぞれが主役のつもりでひしめきあう」現代にも通じるものがあるのではないでしょうか。

(市川史樹)

小谷雅俊が「贈りたい本」

お金に働いてもらう大切さ『お金は銀行に預けるな』

 私がこの本『 お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 』(勝間和代著/光文社新書)を読んだのは29歳のとき。30歳を目前に、資産運用に真剣に取り組まねば、と考えていた時期でした。

『お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践』(勝間和代著/光文社新書)
『お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践』(勝間和代著/光文社新書)

 サブタイトルにあるように、この本は「金融リテラシー」を身に付けるための本です。リスクとリターン、分散投資、金利、手数料、住宅ローン――資産運用で必ず知っておきたい基本をしっかりと押さえ、「30万円を1億円に増やせる」といったギャンブル的手法を強く戒めています。

 何より、「お金に働いてもらう」、この言葉が強く印象に残りました。先行きが不透明な時代、自分が働いて稼ぐお金だけに頼っていては危険で、ある程度リスクを取って投資をすることでお金を増やしていく。投資の必要性を痛感した1冊です。

 著者の勝間和代さんは、スキルアップの方法などでもベストセラーを多数刊行されていますが、この本では、金融の専門家としての本領が存分に発揮されていると感じます。15年以上前に刊行された本なので、もちろん古くなっている部分はありますが、いつの時代も不変の大事な考え方を伝える良書だと思います。

 その後、私はマネー分野の本の編集を数多く担当させていただきましたが、つくづく感じるのが、「マネー関連の知識は知っていると得をする」、反対に言えば「知らないと損をする」ということです。

 2024年から、株や投資信託で得た利益にかかる税金がゼロになるNISA(少額投資非課税制度)が大幅に拡充され、投資がしやすい環境が整います。投資や資産運用に興味を持った方は、金融商品選びを始める前に、この本で解説されているような金融リテラシーをまずは身に付けることをお勧めします。

(小谷雅俊)

常陸佐矢佳が「贈りたい本」

視点のズレが価値を生む『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』

 どうも最近、仕事にマンネリを感じているという人にお薦めしたい本が『 100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集 』(福井県立図書館編著、講談社)です。福井県立図書館のサイトコーナー「覚え間違いタイトル集」掲載の893件から選ばれた90件をクイズ形式で紹介している1冊です。

『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(福井県立図書館編著/講談社)
『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(福井県立図書館編著/講談社)

 『100万回死んだねこ(正:100万回生きたねこ)』『下町のロボット(正:下町ロケット)』『蚊にピアス(正:蛇にピアス)』『おい桐島、お前部活やめるのか?(正:桐島、部活やめるってよ)』など、正解を推察しながら楽しく読み進められる構成ですが、これらは単に「面白いから」公開されたわけではありません。

 図書館には調べ物をサポートする「レファレンス」というお仕事があります。その認知度を高めるにはどうしたらいいか。そんなお題を受けた司書さんが、Excelで共有していた「覚え間違いリスト」の魅力に着目、サイトで発信したことで注目を集めて書籍化につながった1冊なのです。

 真面目にコツコツと集めていた記録が、たくさんの人を楽しませて関心を引き付ける。いつもの仕事でも視点をずらして捉えなおしたことで、新しい価値を生み出した姿勢に感銘を受けました。また公開には「こんな間違いでも聞いていいのだな」と、質問の心理的なハードルを下げる目的もあったとのこと。確かに正解ページの司書さんたちのレファレンスには、うろ覚えや勘違いを受け止めて本への親しみを伝えようとする包容力を感じます。

 そんな温かさに引かれて実は一度だけ、私も覚え間違いの情報提供フォームを開きかけたことがあります。ちょうど1年前、編集部のチャットにうっかり打ち込んだ書籍名『凡人を殺す天才』です。

 どんな覚え間違いか分かりますか。

 正解は北野唯我さんの名著『 天才を殺す凡人 』です。通称「天殺(てんころ)」として親しまれているベストセラーが、まさかの「凡殺(ぼんころ)」に。ニュアンスが変わりすぎですよね。

 4月21日に創刊2年目を迎える日経BOOKプラスも「これまで通り」に安住することなく、楽しくて役に立つコンテンツを模索しながら発信していきたいと思います。

(常陸佐矢佳)

桜井保幸が「贈りたい本」

人生の伸びしろを探す同世代へ、『可動域を広げよ』

 書籍編集者が本の企画を立てるとき、著者から「こういう本を書きたいんだけど」と提案される場合と、こちらから「こんなテーマの本を書きませんか」と依頼する場合があります。本書は後者です。

『可動域を広げよ』(齋藤孝/日経プレミアシリーズ)
『可動域を広げよ』(齋藤孝/日経プレミアシリーズ)

 まもなく定年を迎える年齢になっていた私は、年々身体が硬くなるのを自覚するようになりました。前屈をしても、若い頃は手のひらが床に届いたのに、今はかなり無理をしてやっと指先が触るくらい。股関節も肩甲骨も動かせる範囲が狭まった。身体が硬くなれば、頭の中も硬くなっていく。これが老いということなんだな。

 そんなとき、ふと「可動域」という言葉が思い浮かびました。それで、これまでも何冊か本を執筆いただいている齋藤孝・明治大学教授に、「可動域をキーワードに、人生100年時代の生き方を示すような本を書きませんか」と持ちかけました。

 最初の打ち合わせで、まずびっくり。齋藤さんは大学院生時代に、人間の「硬さ」について研究していたというのです。なんという偶然。人が一番柔らかいのは生まれたばかりの赤ちゃん。可動域は広い。それが加齢とともに身体は硬くなり、可動域は狭まり、老年期になればいよいよ硬直し、死に至る。

 加齢とともに可動域が狭まるのを止め、むしろ広げていくはどうすればいいのか? この本は博覧強記の(同世代でもある)齋藤さんに、私の個人的関心をきっかけとして、身体と知識と行動面における「可動域の広げ方」を講義していただいたものです。

 定年を迎え、自由な時間が増えてくると、「何をするか」「どう時間を過ごすのか」という、ひとつひとつの選択が重要になります。「なんでもしていいよ」と言われると、かえって悩んでしまう人もいるかもしれません。人生の「伸びしろ」を見つけていくためのガイドブックとして、同世代の読者に贈ります。 

(桜井保幸)

中川ヒロミが「贈りたい本」

Viva失敗!と叫びたくなる『失敗図鑑―すごい人ほどダメだった!』

 サン・ジョルディの日に私が大好きな人たちに贈りたい本は、『 失敗図鑑―すごい人ほどダメだった! 』(大野正人著、文響社)です。主に小学生や中学生を対象にした本ですが、大人になってから読んだ私もこの本が大好きです。

『失敗図鑑―すごい人ほどダメだった!』(大野正人著、文響社)
『失敗図鑑―すごい人ほどダメだった!』(大野正人著、文響社)

 「失敗」というと、やってはいけないこと、恥ずかしいこと、触れてはいけないことというイメージがありますが、この本はとにかく明るい。冒頭から、トーマス・エジソンが「どんどん、じゃんじゃん失敗しなさい!」「失敗はすばらしい! Viva失敗!」と満面の笑顔で叫んでいます。

 登場するのは、野口英世、アイン・シュタイン、スティーブ・ジョブズ、手塚治虫、ドストエフスキーなど各界の歴史に残る偉人たちです、彼らがやってしまった失敗の数々が登場します。アメリカへの留学費用を一晩で使い果たしてしまった野口英世、創業したアップルを追い出されてしまったスティーブ・ジョブズなど、失敗の種類は様々です。彼らに共通するのは、そんな失敗を糧にして、後に世の中のためになる発明をしているところです。

 学校でも会社でも、みんなが失敗をしないように先回りして準備すべきだというのが正しいと思われがちです。もちろん、私も失敗したくありません。けれども、新しいことは何が正解か分からないので失敗する確率が大きくなります。みんなが失敗したくないと思ったり、失敗して親、先生、上司に怒られたりすると、誰も新しいことなんてしたくなくなります。

 『失敗図鑑』を読んで偉人たちもやらかしてたんだねとゲラゲラ笑いながら、「Viva失敗!」と明るく思えたら、みんなが前向きに新しいことに挑戦できるようになるかもしれません。

 失敗からは大きな学びがあります。『失敗図鑑』が好きなあまり、私は同僚の編集者とともに、荒木博行さんにお願いして『 世界失敗「製品」図鑑 』というビジネスパーソン向けの本を書いていただきました。本書では、アップル、任天堂、アマゾン、ソニーなど素晴らしい会社が失敗作を作ってしまった事例を紹介しています。

 こうした失敗から学び、新しいことに挑戦する人を尊敬して、失敗したらViva失敗と言いあえたらきっと楽しい。だからこの本は、子どもも大人も問わずに好きな人には贈りたいのです。

(中川ヒロミ)

木村やえが「贈りたい本」

やる気に火をつけてくれる『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』

 この本『 千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話 』の著者は、日本に住み、大学時代からほとんど引きこもり状態にあったにも関わらず、独学でルーマニア語を学び、小説や詩を創作し、ルーマニアの文芸サイト、文芸雑誌などに作品を発表するようになります。

『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』(済東鉄腸著/左右社)
『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』(済東鉄腸著/左右社)

 「まさか!」と思うような内容ですが、実話で、読み進めるうちに著者の熱量に圧倒され、「学び」へのモチベーションがふつふつと沸いてきます。

 著者はもともと語学を学ぶことが好きだったそうですが、学校での英語教育にはトラウマがあり、学生時代は強制的に「学ばされていた」といいます。それが、1本のルーマニア映画をきっかけに、自然に「学んでいく」ことに目覚めていきます。

 ルーマニア語を習得するにあたり、テキストだけではなく、ルーマニアでもかなり浸透しているというNetflixを活用したり、Facebookでルーマニアの人、3000人に友達リクエストを送ったりして、インターネットを通して「ルーマニア留学」をします。

 そのうち、ルーマニアの文芸サイトの編集者や、17歳の高校生詩人と出会うことで、表現力に磨きがかかっていきます。時には、「あなたのルーマニア語は本物か?」などと問われて悩むことも。しかし、何があっても学び、表現することを諦めません。困難も含め、学ぶこと自体を楽しんでいるのです。

 4月、新しい環境で「何かを学びたい」と思っている方も多いのではないでしょうか。そんな時、日本語とはほど遠い「ロマンス諸語」というルーマニア語を習得した著者の物語が、やる気に火をつけてくれます。「生きた学び」のノウハウも満載で実践的でもあります。

(木村やえ)

写真/スタジオキャスパー