デール・カーネギーが書いた名著『 人を動かす 』(山口博訳/創元社)では、まず「人を動かす3原則」を解説します。3原則とは「批判も非難もしない。苦情も言わない」「率直で、誠実な評価を与える」「強い欲求を起こさせる」。これらの内容を、PwC Japan合同会社執行役常務の森下幸典さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

同情や寛容、好意が相手の行動を変える

 この連載では、デール・カーネギーが書いた『人を動かす』について解説します。原書は『友をつくり 人を動かす法』という題で、1930年代に初版が発行されました。カーネギーは、米国における成人教育、人間関係研究の先覚者であり、欧米各地で講習会を開くかたわら、ウエスチングハウス、ニューヨーク電話会社などの顧問として社員の教育にあたりました。

 人間関係の問題に関連のある書物の研究や各界の名士へのインタビュー結果などから打ち立てられた人を動かす原則を1冊の本にまとめ上げたのが、この『人を動かす』です。

 同書は「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」から構成されています。まずは「人を動かす3原則」を詳しく取り上げましょう。

(1)批判も非難もしない。苦情も言わない
 1つ目の原則は「批判も非難もしない。苦情も言わない」です。他人が自分の思い通りに行動してくれないとき、相手を非難したくなるのは誰しも経験があることですが、カーネギーは「他人のあら探しは、なんの役にも立たない。相手は、すぐさま防御体制をしいて、なんとか自分を正当化するだろう。それに、自尊心を傷つけられた相手は、結局、反抗心を起こすことになり、まことに危険である」と言っています。

 カーネギーは、人を非難したり苦情を言ったりする代わりに相手を理解するよう努めることが大事であり、相手がなぜそのようなことをするに至ったかを考えることで同情や寛容、好意が生まれてくると言います。

 経理部に所属するAさんは、各部署の経費を集計する業務を担当しており、毎月の期日までに経費の申請書をすべての営業部員から回収しなければなりません。しかし、ほとんど毎月、営業部のBさんは期日までに経費の申請書を提出してくれません。

 もし、Aさんが「経費の申請書を出してくれなければ自分の業務が完了できず、上司にも怒られてしまう。なぜ期日までに出せないのか」とBさんを責め立てると、Bさんは「自分は売り上げを伸ばして会社の利益に貢献している。営業に回って社外にいることがほとんどだから期日までに出すことは難しいし、経費の申請書を期日内に出したところで会社の利益が増えるわけではない」と反論するでしょう。Bさんは自分を正当化し、反抗心を起こしてしまうのです。

カーネギーは、人を非難したり苦情を言ったりする代わりに相手を理解するよう努めることが大事だという(写真:shutterstock)
カーネギーは、人を非難したり苦情を言ったりする代わりに相手を理解するよう努めることが大事だという(写真:shutterstock)
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 Aさんがカーネギーの原則に従うなら、きっとこのようにBさんに言うでしょう。「Bさんは営業の外回りで忙しく、社内にいることも少ないので経費の申請書を期日通りに出すことが難しいのはとてもよく分かります。社内事務に時間を割くぐらいなら、少しでも顧客を訪問して売り上げを伸ばしたいと考えるのは当然だと思います。ただ、経理としても適切な月次決算を行うためには、正確な経費の発生金額を把握する必要があります。申請書の提出は多少遅れてもいいので、今後は期日までに経費の発生金額をメールなり電話なりで連絡してもらえないでしょうか」

 いきなり責め立てられるよりも、自分の立場を理解してもらったBさんの受ける印象はだいぶ違うはずです。その後のBさんの行動もきっと違ってくるのではないでしょうか。

感謝と称賛が相手の熱意を呼び起こす

(2)率直で、誠実な評価を与える
 2つ目の原則は「率直で、誠実な評価を与える」です。

 人は誰しも「他人から重要だと思われたい」という欲求を持っています。カーネギーはこの点に着目し、人を動かすには、こうした「自己の重要感」を満たしてあげることが必要と考えます。

 そのためには他人の真価を認め、真心をこめて感謝し惜しみない称賛を与えることが必要で、これにより人の熱意を呼び起こし、よりいっそう働かせることができるのです。

 Cさんは自動車販売ディーラーの営業担当で、各営業担当者に与えられた毎月の販売目標を達成するのに苦労しています。各営業担当者の販売台数はオフィス内の壁紙に張り出されており、その販売成績は一目瞭然です。

 今月も販売目標を達成できなかったCさんのもとに上司のDさんが来てこう言いました。「Cさん、今月も販売目標を20%下回っているね。みんなが達成しているのにCさんだけ達成していないのは問題だよ。営業方法に何か問題があるんじゃないの? 来月はしっかりしてよね」

 もし上司のDさんがカーネギーの原則に従っていたならどうでしょうか。「Cさん、今月も苦戦していたみたいだったけど、よくがんばって販売目標の80%まで達成できたね。Cさんが熱心に得意先を訪問しているのはよく知っているし、そうした地道な営業活動はきっと今後に生きてくるよ。目標まであと少しだから来月もがんばろうよ」

 あなたがCさんだったら、どのように言われた方が来月がんばる気が強くなるでしょうか。あなたがDさんだったら、どのようにCさんに声をかけるべきか、答えは明らかでしょう。

相手の心の中に強い欲求を起こさせる

(3)強い欲求を起こさせる
 3つ目の原則は「強い欲求を起こさせる」です。カーネギーは「人間の行為は、何かをほしがることから生まれる」との考えに基づき、「人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ」と言います。

 他人を動かすには、他人の立場に身を置き相手の利益を考え、相手の心の中に強い欲求を起こさせるように仕向ける必要があるとカーネギーは言っています。

 大手商社のエネルギー部門に所属しているEさんは、学生時代から海外で働きたいという思いを抱いており、海外勤務のチャンスが多い商社に入りました。ただし、海外勤務の希望者は多く、まずは上司の推薦を得なければなりません。

 Eさんは上司のFさんに対してこのように言います。「Fさん、私は海外で勤務するのが夢でこの会社に入りました。海外勤務の経験を通じて語学力に磨きをかけるだけでなく、異文化についての理解も深めて、グローバルで通用する人間になりたいんです。なんとか次回の海外勤務の候補者に推薦していただけないでしょうか」。Eさんはとても熱心にFさんに説明しますが、自己の欲求だけを熱く語っていることに気づいていません。

 もし、Eさんがカーネギーの原則を知っていたら、どうなったでしょうか。自己のためだけでなく、会社のためという視点が入ったはずです。「Fさん、商社は人材が命です。私は海外勤務を通じてグローバルで通用する人間になって、わが社の一層の発展に貢献したいと考えています。海外での勤務で得た知識や経験、構築したネットワークなどは、今後のわが部、わが社の発展に不可欠です。ぜひ、次回の候補者に推薦していただけないでしょうか」

 上司であるFさんの受ける印象はどうでしょうか。自己の欲求ばかりを説明されるよりも、自分の所属する部門や会社のためと説明された方が受け入れやすいのではないでしょうか。

『人を動かす』の名言
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