好漁場に囲まれ、かつて「水産大国」だった日本が恒常的な不漁にあえぐ。乱獲や気候変動の要因などにより漁業・養殖業の生産量が激減した。ウクライナ問題による日ロ関係の悪化も漁業関係者に暗い影を落とす。

日本はかつて多くの水産物が取れたが、近年は記録的不漁も多く、漁業の生産量は激減している(写真=共同通信)
日本はかつて多くの水産物が取れたが、近年は記録的不漁も多く、漁業の生産量は激減している(写真=共同通信)

 「一方的に協定の履行停止を発表したことは遺憾だ。漁業関係者の安全確保に全力を尽くしたい」

 松野博一官房長官は6月の記者会見で、厳しい表情でこう述べた。ロシア政府は同月、北方領土の周辺水域で日本の漁船が安全に操業できるように取り決めた日ロ間の協定について、履行を停止すると突如発表。寝耳に水の決定に対し、日本政府として抗議の姿勢を強く示した形だ。

 ロシア側は、日本政府がサハリン州への技術支援の書類に署名せず、関連する協力金の支払いもしていないと主張し、協定はこの協力金の支払いが前提との立場。一方、日本側は「それは前提ではない」などと反発、両国の意見には隔たりがある。

(写真=MicroStockHub/Getty Images)
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 日ロ両国間で緊張が高まったのは、2月のロシアによるウクライナ侵攻がきっかけだ。日本政府は、米欧と歩調を合わせる形でロシアへの経済制裁を断行した。これに対抗し、ロシアは安全操業協定の履行停止を繰り出したとの見方が広がる。

 こうした日ロの関係悪化は、ロシア海域周辺での漁業の操業や航行の安全性の不安定化を招き、燃油高騰や記録的不漁に苦しむ日本の漁業関係者を戸惑わせている。北海道根室市のある水産業関係者は「我々は生活がかかっている。米ロの冷戦時代も日本の漁業はロシアと仲良くやってきた。日ロ両国が話し合いを進め、海上で何とか安全に航行できるようにしてほしい」と求める。

漁業協定妥結も広がる不安

 漁業関係者が神経をとがらせているのは、今回の事態が日ロ間の今後の漁業協定に影響を及ぼす可能性があるからだ。

 両政府間の漁業協定は主に4つある。①日本水域、ロシア水域のサケ・マス漁②北方領土・歯舞群島にある貝殻島の昆布漁③日ロ双方の200カイリ水域の地先沖合漁(サンマなど)④北方領土周辺の安全操業(ホッケ、スケソウダラなど)──だ。

 このうち前年に翌年の条件を決める③と④の2022年分は既に昨年末に妥結した。ウクライナ問題後に日ロ間で行われたのは①と②の交渉だ。

 ロシア水域でのサケ・マス交渉の開催は見送られたが、日本はこの水域では試験的な操業しか行っていないため、実質的な影響がない。一方、実際の漁業に影響のある日本水域のサケ・マス漁、貝殻島の昆布漁は例年よりも協議開始が遅れたものの、最終的に妥結に至り、漁業関係者の間で安堵が広がっていた。そんなさなかに今回の事態が起きた。

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