NTTドコモは2022年1月17日より実施していた「docomo Open House'22」で、5G(第5世代移動通信システム)の次の世代となる通信規格「6G(第6世代移動通信システム)」に提供する新たな価値として「人間拡張」を打ち出した。6Gの高い性能を生かして人間をネットワークに接続し、その感覚を拡張するというものだが、その実現には社会受容という大きなハードルが待ち構えている。

6Gのユースケース開拓に早期に取り組む

 NTTドコモが毎年実施している「docomo Open House」。自社の研究開発の取り組みや、最新技術などを紹介するイベントである。コロナ禍の影響で2021年に続き、2022年もオンラインで実施されることとなったが、今回はメディアなどに限定する形で実際の展示も披露されることとなった。

 その内容は非常に多岐にわたるが、中でも今回力が入れられていたのが5Gの次世代通信規格である6Gに関する取り組みだ。6Gに関しては既に世界各国で積極的な研究開発が進められており、日本でも2020年に「Beyond 5G推進コンソーシアム」を立ち上げるなど業界を挙げて6Gに向けた技術の研究開発が進められている最中だ。

 今回のイベントではそうした6Gの実現に向けた基礎技術の開発に関する取り組みも多く出展されていたが、より注目を集めたのは6Gのユースケース開拓に向けた取り組みだ。5Gが期待とは裏腹に具体的なユースケースの開拓が進んでいないことが課題となっていることもあって、NTTドコモでは6Gの研究開発段階からユースケースの開拓も並行して進めているのだという。

 6Gの具体的なユースケースとして、今回のイベントでNTTドコモが力を入れていたのが「人間拡張」である。人間拡張とはテクノロジーの力によって人間の身体や感覚などを拡張する技術であり、XRやロボット関連の分野などでは注目を集めているものでもある。

 6Gでは5Gより一層の高速大容量通信、そして低遅延の実現が見込まれており、ネットワークの通信速度が人間の神経の反応速度を超えることになるという。そこで人間をネットワークに何らかの形で直接接続し、コンピューティングパワーを活用することで人間の能力を拡張することを、NTTドコモでは目指しているのだそうだ。

NTTドコモが6Gのユースケースとして打ち出した「人間拡張」。人間の能力を超える6Gの性能を生かし、人間の能力を拡張する取り組みになる。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
NTTドコモが6Gのユースケースとして打ち出した「人間拡張」。人間の能力を超える6Gの性能を生かし、人間の能力を拡張する取り組みになる。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
[画像のクリックで拡大表示]

ネットワークを通じて人の動きをコントロール

 実際NTTドコモは、今回のイベントに合わせる形でFCNTと富士通、そしてセンシング技術を持つH2Lらの協力を得て「人間拡張基盤」を開発したことを明らかにしている。これは人間拡張の実現に向け目指している「身体のユビキタス化」「スキルの共有」「感情の伝達」「五感の共有」「テレパシー・テレキネシス」という5つの要素のうち、前の2つの要素を実現するための基盤となる。

 より具体的に言えば、体の動作を把握する機器(センシングデバイス)で取得したデータを、ネットワークを介して動作を再現する駆動機器(アクチュエーションデバイス)を通じ、人やロボットに伝えることで同じ動作を再現するというのが人間拡張基盤の役割となる。人間の動きをロボットに伝えて遠隔操作し、同じ動きを再現する取り組みは従来見られたものだが、それを別の人間に伝えてコントロールするするというのは、人間拡張ならではの取り組みといえる。

 ただセンシングデバイスを持つ人と、アクチュエーションデバイスを持つ人やロボットは体形が必ずしも一致しているわけではない。そこで人間拡張基盤では体形の違いなどを吸収して自然な動作を再現することを目指しているという。

NTTドコモらが開発した「人間拡張基盤」は、センシングデバイスで取得した情報をネットワークを通じて収集し、ロボットや別の人に適した形で反映してコントロールする仕組みとなる。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
NTTドコモらが開発した「人間拡張基盤」は、センシングデバイスで取得した情報をネットワークを通じて収集し、ロボットや別の人に適した形で反映してコントロールする仕組みとなる。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
[画像のクリックで拡大表示]

 会場では実際に人間拡張基盤を使ったデモなども披露され、センシングデバイスを持った人の手の動きを、ネットワークを通じてロボットに反映するだけでなく、電気による刺激を用いて別の人の手の動きをコントロールする様子なども披露された。

 現時点では研究開発段階ということもあって実際にコントロールできる動きには限界もあるが、本格的な人間拡張基盤の展開に向けては、人間のより多くの動きを、より正確にコントロールするための取り組みも進められることになるだろう。

人間拡張基盤のデモの1つ。右の人の手の動きをロボットに反映させ、コントロールしている。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
人間拡張基盤のデモの1つ。右の人の手の動きをロボットに反映させ、コントロールしている。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
[画像のクリックで拡大表示]
同じく人間拡張基盤のデモ。左の人の手の動きを右の人に伝え、腕に装着したアクチュエーションデバイスの電気刺激によって手を動かしている。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
同じく人間拡張基盤のデモ。左の人の手の動きを右の人に伝え、腕に装着したアクチュエーションデバイスの電気刺激によって手を動かしている。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
[画像のクリックで拡大表示]

 人間拡張基盤で「身体のユビキタス化」「スキルの共有」を実現することで、NTTドコモとしては人をコントロールすることよりも、業務や運動などを“体で教える”ことを重視して取り組んでいるようだ。ネットワークを通じた教育では音声や映像などが活用されることが増えているが、伝えられる情報にはどうしても限界があることから、体に直接動きを伝えることでより技術を理解しやすくする狙いがあるという。

商用化には社会受容を高める取り組みが重要に

 NTTドコモでは体の動作を共有するだけでなく、感情や五感など人間の他の要素も共有できる研究も進めているとのこと。それによって多様性やハラスメントに関する教育など、やはり口頭での説明だけでは理解しづらい要素の理解を深める取り組みを進めたいとしている。

人間拡張基盤では身体の動きだけでなく、脳波をセンシングしてそれを動きに反映する仕組みの開発にも取り組むなど、人間の様々な部分をコントロールする仕組みの構築を目指しているようだ。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
人間拡張基盤では身体の動きだけでなく、脳波をセンシングしてそれを動きに反映する仕組みの開発にも取り組むなど、人間の様々な部分をコントロールする仕組みの構築を目指しているようだ。写真は2022年1月17日、「docomo Open House'22」にて筆者撮影
[画像のクリックで拡大表示]

 6Gは2030年ごろの商用サービス展開が見込まれているが、その時に現在のスマートフォンが主体の生活が続いているとは限らない。5Gでは更なる高度なデバイスの普及が見込まれているが、その先には人間拡張のような取り組みが、実生活に取り入れられることも十分考えられると筆者はみる。

 ただ一方で、その実用化に向けては倫理面の問題が立ちはだかることが大いに考えられるのも確かだ。人間を直接コントロールする仕組みを悪用すれば自らの意思に反した行動を取らされることも十分考えられるだけに、今回の取材においても記者から様々な懸念の声が聞かれたのは確かだ。

 ただ先にも触れた通り、人間拡張の研究自体は以前から取り組まれていたもので、6Gでそれがネットワークとつながることは十分想定されるものでもある。今後他の国でも同様の取り組みが進められる可能性も高いだけに、倫理面の懸念で社会実装が進まなければ、産業面での世界競争で取り残される可能性も高まってくるだろう。

 とりわけ日本では、新しい技術へのネガティブな評価が強く影響して社会受容が遅れ、その導入が進まず産業面で大きく後れを取るケースが非常に目立っている。それだけにNTTドコモが6Gに向け本気で人間拡張基盤の実用化を目指すのであれば、現段階から社会受容を高めるための、技術を超えた取り組みが強く求められるだろう。

佐野 正弘(さの まさひろ)
フリーライター
福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手掛けた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手掛ける。

[日経クロステック 2022年1月31日掲載]情報は掲載時点のものです。

日経クロステックは、IT、自動車、電子・機械、建築・土木など、さまざまな産業分野の技術者とビジネスリーダーのためのデジタルメディアです。最新の技術や法改正、新規参入者や新たなビジネスモデルなどによって引き起こされるビジネス変革の最前線をお伝えします。

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中

この記事はシリーズ「日経クロステック」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。