気候変動と感染症は今や私たち人類の共通の課題です。一つずつでも大変ですが、温暖化による永久凍土(何年も凍結したままの土)の融解が新たな感染症を発生させる、という複合的な問題も懸念されています。真相を深掘りしましょう。

 北極圏では北欧、シベリア、アラスカがぐるりと北極海を囲んでいますが、永久凍土が広く分布するのはシベリアとアラスカです。北欧は北大西洋海流(暖流)と偏西風のおかげで少し暖かく、湿った空気が雪を降らせます。氷河期、北欧は積もった雪が固結した氷河で覆われ、地面が凍結から守られました。一方、雪の少ないシベリア、アラスカでは冷気によって地下数百メートルまで永久凍土層が発達しました(図1、2)。

図1:永久凍土層(米アラスカ州)。Brandt Meixell氏提供
図1:永久凍土層(米アラスカ州)。Brandt Meixell氏提供
図2:永久凍土の分布。最終氷期最盛期に大陸氷河(氷床)によって覆われた北欧には凍土が少ない。
図2:永久凍土の分布。最終氷期最盛期に大陸氷河(氷床)によって覆われた北欧には凍土が少ない。

 アラスカの先住の人々は永久凍土層に穴を掘り、サケを貯蔵する冷凍庫として利用してきました。凍土は墓地にもなります。第一次世界大戦中の1918年、のたった5日の間に人口150人の小さな村の半数が謎の病(後にスペイン風邪と判明)で急死し、埋葬されました。凍土に眠る遺体は凍結保存されます。1世紀近く経た1997年、発掘された遺体の肺から見つかったのは、鳥インフルエンザとそっくりなウイルスでした(*1)。鳥インフルエンザウイルスがヒトに初めて感染するように変異したことで、猛威を振るったと考えられています。第一次世界大戦の戦死者を大きく上回る病死者を出したスペイン風邪の原因解明に凍土の凍結保存機能が役立ちました。喜んでばかりもいられないのは、凍土が過去の感染症さえも封印している可能性があると分かったためです。

 永久凍土層には氷河期を生きた動植物の遺体と、その分解を担う微生物が閉じ込められています。シベリアのサハ共和国では、温暖化によって凍土から露出したマンモスの発掘が一大産業となっています(図3)。マンモスの牙は高級ハンコの材料となるため、象牙の代替品を求める中国、日本へと高値で輸出されます。しかし、温暖化によって感染症を引き起こす微生物まで目を覚ます懸念があります。

図3:シベリア永久凍土からマンモスの牙を発掘する様子。Jim Erickson氏(University of Michigan)提供
図3:シベリア永久凍土からマンモスの牙を発掘する様子。Jim Erickson氏(University of Michigan)提供

 地球温暖化は極地ほど急激で、私の調査するカナダ北西準州のイヌビックでは過去50年間(1961~2010年)に気温が4℃も上昇しました(ちなみに、地球全体では過去100年間に0.5℃上昇*2)。凍土の融解、再凍結の繰り返しによって地面に凹凸が発生し、木が傾く「酔っ払いの森」という現象も起こります(*3、4)(図4)。その下の黒い土は世界中の他の土と比較しても最も多く有機物を含み、それをエサとする微生物も比例して多く存在します。

図4:酔っ払いの森のクロトウヒ林と凍土(カナダ・北西準州)
図4:酔っ払いの森のクロトウヒ林と凍土(カナダ・北西準州)

 凍土の微生物は低温に強く、0℃でも呼吸を続け、マイナス5℃でようやく活動が停止します。温度が10℃上がるごとに活動度は倍増します。温暖化によって現代人が免疫を持っていない未知のウイルスや病原菌が活性化し、世界に拡散するリスクがあるのです。実際、2016年にはシベリアの凍土から解けだしたトナカイの死体から拡散した炭疽(たんそ)菌(細菌の一種)が、2000頭以上のトナカイに感染し、一人の少年の命を奪いました(*5)。3万年前のシベリアの永久凍土層から未知の巨大ウイルス(モリウイルス)も発見され、それが今なお増殖可能だということが分かっています。凍土の中に潜む新種のウイルスもいくつか見つかっています(*6)。このことから、凍土の融解は「感染症の時限爆弾」とさえいわれます。

土は地球上で生物の多様性が最も高い場所

 欧州から持ち込まれたインフルエンザによって米大陸の先住の人々が壊滅的な被害を受けたように、免疫のないウイルス、病原菌の拡散がパンデミックを招き得ることを人類は新型コロナウイルスで経験しました。新型コロナウイルスを環境破壊による人獣の接近を原因とし、ウイルスを「自然からの警告」として捉える説があります。凍土の融解による感染源の拡散説も同じ文脈で広まっています。いずれも確かな証拠があるわけではありませんが、妙に説得力があります。ただし、実際のところ、凍土に限らず環境中の微生物の実態はよく分かっていません。微生物の半分以上、ウイルスの大半は分類、機能ともに不明です。

 土は、地球上で生物の多様性が最も高い場所です。コーヒースプーン2杯(10グラム)の土には、1万種類、100億個もの細菌が存在し、10個に1個はウイルスに感染しています(図5)。私たちの腸内細菌のウイルス感染率は土の10倍です。エイズウイルスやノロウイルスのような有害なものはごく一部で、土や腸内の細菌の生死を司(つかさど)り、新陳代謝を促進することで物質循環(腸内なら消化)を助けてくれる働きもあります。土も腸内も微生物、ウイルスとの共生体なのです。微生物どうしが相互に依存しあう高度な社会で生きているため、微生物の99パーセントは土を離れると死んでしまい、納豆菌のように単独で取り出して培養して機能を調べるというわけにもいきません。特に単独では増殖できないウイルスは研究対象として扱いにくく、感染症を引き起こすまで未解明というのが実態です。

図5:土の微生物。コーヒースプーン2杯(10グラム)の土には100億個もの細菌が存在する(*7)
図5:土の微生物。コーヒースプーン2杯(10グラム)の土には100億個もの細菌が存在する(*7)

 頼りない科学に対して悲観的になりがちですが、土にあるのはリスクだけではありません。土の中のすみかやエサには限りがあるため、静かな土の中では絶え間なく縄張り争いが繰り広げられています。放線菌と呼ばれる細菌の一種(ストレプトマイセス属)は、自分の縄張り(コロニー)に侵入してくる他の細菌を殺すために防御物質でバリケードを作ります(図6)。その物質はストレプトマイシンとして、結核の克服に役立ちました。静岡県にあるゴルフ場周辺の土壌で発見された細菌の分泌液からはイベルメクチン(寄生虫治療薬)、アオカビの分泌液からは細菌性の感染症に効く抗生物質ペニシリンが発見されています。永久凍土の未知の微生物から新薬誕生の可能性もあります。

図6:ストレプトマイセス属のコロニー。白い物質が抗生物質にあたる。John Innes Centre (Norwich, UK)提供
図6:ストレプトマイセス属のコロニー。白い物質が抗生物質にあたる。John Innes Centre (Norwich, UK)提供

 感染症は宿主あるいは媒介者、そしてヒト・ヒト感染を必要とするので、遠隔地の永久凍土が融解することでただちに感染症が蔓延(まんえん)するわけではありません。未知のウイルスや病原菌のリスクは永久凍土に限らず、熱帯雨林や野生動物の内部にも存在しますし、遺伝子の突然変異次第では私たちの身の回りのウイルス、微生物にもリスクがないとは言えません。永久凍土だけが分かっていない、永久凍土だけが危険だというよりも、永久凍土も含めて環境中には未知の病原菌、ウイルスが多く存在する可能性がある、という認識が正確だと思います。

 楽観も恐怖も、半分は知らないことによるものです。ウイルスは感染相手が決まっていて、土のウイルスの主な感染相手は微生物や植物です。また、土の中には多くのウイルスが存在しますが、一つひとつのウイルスは低密度です。土の中では、一つのウイルスだけがむやみに増殖しないよう、多数の生物やウイルスが競合し、制御されています。これはホモ・サピエンスという一種の生物が密集して暮らす都市と対極をなすものです。土を触った後で手を洗うことは必要ですが、土との触れ合いにはストレスをとり、免疫を高める効果があることが分かっています。土、微生物、ウイルスという未知の相手を恐れるだけでなく、特徴を理解して付き合う必要があります。

 永久凍土は富士山、大雪山、立山の山頂付近でも発見されています。軽井沢の地層には、凍土の融解・再凍結によって生じる地面の凹凸(凍上現象の証拠)が記録され、日本にも数万年前まで永久凍土が広がっていたことが分かっています(図7)。凍土の融解は今に始まったことではありません。北極海の海氷や永久凍土の融解によってこれから地球に何が起こるのかを軽井沢の土が教えてくれるかもしれません。凍土はどこか遠い国の話ではなく、足元の土と地続きの問題です。北極圏だけではなく富士山の話でもあると思えば、未知なる凍土への恐怖は半減し、気候変動も身近な問題として取り組めるのではないかと思います。

図7:軽井沢の地層に残る過去の凍土層。凍結・融解によって形成される地面の凹凸が残っている。
図7:軽井沢の地層に残る過去の凍土層。凍結・融解によって形成される地面の凹凸が残っている。
*1 Reid, A. H., Fanning, T. G., Hultin, J. V., Taubenberger, J. K. (1999) Origin and evolution of the 1918 “Spanish” influenza virus hemagglutinin gene. Proceedings of the National Academy of Sciences, 96, 1651-1656.
*2 Akasofu, S. I. (2010) On the recovery from the Little Ice Age. Natural Science, 2, 1211-1224..
*3 藤井一至(2018) 『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』 光文社新書 p. 68-72.
*4 https://www.youtube.com/watch?v=C-d71gJB9mM
*5 Gross, M. (2019) Permafrost thaw releases problems. Current Biology, 29, R39-R41
*6 Legendre, Matthieu, et al. (2015) In-depth study of Mollivirus sibericum, a new 30,000-y-old giant virus infecting Acanthamoeba. Proceedings of the National Academy of Sciences, 112.38 (2015): E5327-E5335.
*7 D’Onofrio, et al. (2010) Siderophores from neighboring organisms promote the growth of uncultured bacteria. Chemistry & Biology, 17, 254-264.
今回の著者: 藤井 一至(ふじい・かずみち)
土の研究者 国立研究開発法人 森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員
1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界、日本の各地を飛び回る。第1回日本生態学会奨励賞、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。著書に『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社、第7回河合隼雄学芸賞受賞)、『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。
まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中

この記事はシリーズ「永久凍土の変化から地球のこれまでとこれからを知る」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。