経済的格差の問題を放置したまま無視するならば、米国や欧州などですでに起こっているような政治的混乱はさらに激化するだろう(画像:artisticco/123RF)
経済的格差の問題を放置したまま無視するならば、米国や欧州などですでに起こっているような政治的混乱はさらに激化するだろう(画像:artisticco/123RF)

ごく一握りの富裕層が、大半の富を所有する世界

 インターネットや人工知能、ロボティクス(ロボット技術)といった分野の最先端の技術──いわば「ニューテクノロジー」によって経済や社会の大規模な構造変革が進んでいる。

 そして、構造の変革の陰で、現代の税制は富の再配分という機能を果たさなくなりつつある。富める者と持たざる者との格差は開く一方だ。国際非政府組織(NGO)・オックスファム・インターナショナルの調査によると、世界の上位1%の富裕層が、残り99%の人々の富を合わせたよりも多くの富を所有しているという(※試算方法などの違いにより、世界で1年間に生み出される富のうち82%を、世界で最も豊かな上位1%が独占している──などとする別のデータもある)。

 この問題を放置したまま無視するならば、米国や欧州などですでに起こっているような政治的混乱はさらに激化するだろう。

 先進各国の経済のデータを分析していると、従来の経済の常識では理解しにくい現象が起こりつつあることが分かる。

 たとえば、賃金と雇用について考えてみる。多くの欧州諸国では、2008年の金融危機──日本で言う「リーマン・ショック」から10年近くの歳月を経て、GDPや雇用の伸びにおいてほとんど回復したにもかかわらず、平均賃金はいまだに停滞しているのが現状だ。英国やドイツ、日本でも、同じような低失業率の中で賃金の伸び悩みが続いている。

失業率は低いが、賃金は上がらない謎

 さらに、雇用が創出されているにもかかわらず、その給与が国の経済を活性化させる力はなく、税収の継続的な低下傾向に歯止めがかかってはいない。そして、2008年のリーマンショック以降に生み出された富の大半は、富裕層に配分されているという事実がある。

 雇用の創出も従来とは異なる動きを見せており、歴史が指し示した流れとは別の道を歩んでいる。例えば、先進各国における雇用の伸びの多くは、「専門職」または「単純労働」においてであり、その中間にある職種の雇用は伸びていない。その結果、かつて先進各国の中流の階層に属していた人々の多くは、今や中流の下や、下流の階層に属し、かつてないほど経済的に不安定な生活を送っている。

 人間の間だけではなく、企業間の生産性の伸びにも分断が見られる。 ごく限られた少数の企業だけが高い生産性向上を達成していて、大半の企業では目立った生産性向上は実現されていない。

 こうした事態がなぜ発生するのか、そのメカニズムはまだ明らかでないが、「ニューテクノロジー」やそれと連動したネット社会の影響や存在感が、社会の中で肥大化しつつあることは、間違いなくその理由の一部と言える。

 マクロの眼で見れば、米国の生産性は1970年代初頭と比べて2.5倍以上に向上しているが、時間当たりの賃金は近年停滞している。これは、生産性の伸びが巨大IT企業のような少数企業に集中しているだけでなく、実際の労働収入が生産性の伸びに対応して上がっていないことを意味する。この原因として、賃金がもはや富の再配分的な役割を担っていない、ということが挙げられる。要するに生産性の上昇は平均所得の増加につながっていない。

人工知能など先端技術の普及にともなう、社会の激変

 日本企業においては、深刻な人手不足に直面していると言われ、完全失業率は3%を下回っている。日本のバブル経済が崩壊して以来の低さであり、有効求人倍数はバブル期を超えるほどの高さである。このように世界の様々な国で、社会構造の激変が起こっていて、その結果として、「雇用・生産・所得」の関係にねじれが生じたことは明らかだ。

 このパラダイムシフトは、従来の先進国のミドルクラスが受けている“浸食”と、「プレカリアート」の出現をもたらした。

 プレカリアートとは、「不安定な」(precarious)と「プロレタリアート」(労働者階級)という2つの単語を組み合わせた言葉。経済的に不安定な新しい社会経済の階層(不安定な労働者や、日本で言う非正規雇用者)を指す。

 経済に対する不安感から、今では反エリート感情が起こったり、政治が極端な方向に進んだり、少数派に対する攻撃といった事態が起こっているのを、我々は目の当たりにしている。

技術による生産性向上の果実は、資本家のものとなった

 今後我々が、平和で豊かな社会を築いていくことは、もはやできないのだろうか?

 「どうして従来の経済の軌道から外れてしまったのか?」という問いに、答えを見出すためには、新しい技術が労働に及ぼした影響から目をそらしてはならないだろう。

 高度なテクノロジー、特に人工知能といった先進的なコンピューティングやロボット技術は、それに対応する賃金の上昇なしに生産性を向上させた。そして、この高い生産性によって生み出される富は、これらの技術の所有者(資本家)のものとなったと言える。

 従来、労働者が担ってきたルーティンワークの自動化は、労働市場の「変質」を促進した。

 当面、自動化されずに残る仕事は、①スキルが高いというわけではないが職種的に自動化が難しい仕事、②まったくスキルが必要でない仕事(そして人が行った方がコストが安い仕事)、③必要とされるスキルレベルが非常に高く自動化が困難な専門職──という3つのカテゴリーに分かれる。

 最後のカテゴリーの③の職種に関しては、他の2つ(①②)に比べて、その業務にあたることのできる人数は少なく、生産性の高い優良企業に多い職種だ。同時に、それらの企業は、競合各社に勝ち抜き、新たな市場に進出するためにテクノロジーを最大限に利用するすべを知っている。

デジタル時代のために必要な税制とは?

 現代に生きる我々が直面する大きな課題は、何か?

 それは、急速な技術変化によって生じる、かような新しい事態にいかにして対処し、持続可能な社会や経済を確立するのか、ということだ。

 言い換えれば、「デジタル革命の時代」のために必要な税制や、働き方をはじめとする、新たな社会契約を構築するにはどうすればよいのか──その解決策を創出しなければならないということである。

 解決策を見つけられなければ、欧米など先進国の労働者たちはテクノロジーとの競合を強いられることになり、生活の不安定度はさらに増すであろう。

従来の延長線上の経済政策では対応できない

 おそらく、従来の延長線上の経済政策では対応できないだろう。仮に、しばらくの間、成長の数字を少し追加することが可能だったとしても、やがて多くの人々の生活水準は劇的に下がっていってしまう。

 この問題の解決への議論は、まだほとんど始まっていない。経済的不平等を減らしていくには、教育と税制の改革が必要だが、税の負担は労働者から資本へと移行しなければならない。先進諸国は新たなメカニズムを作り上げる必要がある。

 例えば、再配分の役割が低下している賃金収入を補うために、「一般労働者もファンドへの出資を通じてロボットや人工知能を所有する資本家になり、配当を受けるようになるべきである」といった提案も、あるイギリスの研究所によってなされている。

 様々な経済データはこれらの改革の必要性を訴えている。もし欧米など先進国の指導者が、各国で起こっている政治的・社会的混乱を抑制・鎮火させたいのなら、新たな時代に合わせたモデルを作り始めるしか道はない。

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