孫氏の弟であり、連続起業家・投資家としても知られる孫泰蔵氏。身近で見てきた兄の素顔を取材した。孫正義氏の強さは一体何か。いくつか挙げたうちの1つは「やり切る力」だった。

写真右はMistletoeファウンダー・孫泰蔵氏(写真/菊池一郎、アフロ/つのだよしお)
写真右はMistletoeファウンダー・孫泰蔵氏(写真/菊池一郎、アフロ/つのだよしお)

 日経トップリーダーには「破綻の真相」というコラムがあるため、中堅中小企業の倒産取材は編集部全員で担当している。当然、部内では「なぜこの会社は破綻したのか」という話に毎月なるのだが、1つ興味深い共通点がある。

 それはほとんどの経営者が、破綻を回避する手段を分かっていただろうという点である。

 「この時点でこういう戦略を取ったが、やり切れなかった」といった反省の言葉を当事者への取材で聞くことは多い。逆にほとんど聞かないのは「何をすれば業績が回復するか、全く分からなかった」という言葉だ。

 破綻企業の経営者は、何をすればいいかは分かっていたが、何かしらの事情で着手しなかった。あるいは着手したものの、やり切れなかった――。そのパターンがほぼすべてである。

 つまり、破綻の原因は突き詰めれば「やるべきことをやり切らなかったこと」。

 こう言うと、拍子抜けする人もいるかもしれないが、逆も真なりで、名経営者は皆、やり切ること、そして社員にやり切らせることにかけては、並外れた力を持っているものだ。稲盛和夫氏の小集団単位の採算管理「アメーバ経営」はその象徴である。

 孫氏が果たして名経営者なのかどうかは判然としないが、「やり切る力」の強さにかけては、他を圧倒する。今回取材した15歳年下の孫泰蔵氏が教えてくれた、こんなエピソードを紹介しよう。

「ダム」でせき止めろ

 「大体、戦略が足らん。そもそも戦略を分かっとるのか」

 1992年、東京大学合格を目指して2浪が決まった春、弟・泰蔵氏を兄の孫氏が叱りつけた。

 「どうせぼくは人より劣っている」「別に東大でなくても」「何なら大学なんて行かなくても」とつぶやく泰蔵氏に、孫氏は激怒した。

 「大学に行くかとか、どこの大学に行くかということではない!」。問題にしたのは「やり切るかどうか」だった。

 合格するかどうかは時の運もある。ただ、これだけやれば絶対に受かるだけの実力がつくというボリュームを定め、それを実行することは誰でもできる。兄のアドバイスを受け、泰蔵氏が東京駅前にある大型書店「八重洲ブックセンター」で買い込んだ問題集は、段ボール数箱分。

 まず、参考書の難易度に応じて、この参考書は30分で何ページ進められるというあたりをつけた。そうして、1冊当たりの所要時間を計算した。一方、持ち時間は1日16時間、受験日まで5760時間として、1時間単位で年間スケジュールを作成した。

 孫氏が教えた「計画達成の極意」は2つある。1つは、予算と実績のかい離に備えてバッファをつくることだった。

 朝8時から12時までが「セッション1」。この間は1時間ごとに参考書を変えて勉強する。どの本の何ページから何ページまでやるかは、年間計画表で決まっている。12時から午後1時がバッファ。計画表ではブランクになっている。ここで午前に、計画通りにできなかった部分を取り戻す。

 このようにして1日に3度のバッファを設ける。ただ、特に最初のうちは学力不足で勉強が進まず、バッファで取り戻せないときがある。そのために日曜の午前中を空けておき、月曜から土曜にできなかった箇所を全部やる。さらにそれでも残ったときに備えて、月の最終日を丸1日空けておく。

 いわば、ダムである。こぼれても必ずせき止めるという覚悟と戦術。これは仕事にも通じる。

 計画達成の極意の2つ目は、自らの甘さを排除することだ。

 泰蔵氏は計画表を色分けしていた。勉強が予定通りにできたら、緑色の蛍光ペンで塗る。体調が悪かったり、さぼったりして全くできなかったら赤色。途中までだったら黄色。計画表を付け始めて1カ月後、孫氏に呼ばれた。進捗状況を教えろという。

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