指揮者ってどうして必要なの?

「指揮者」という言葉を聞いて、皆さんはどのような印象を受けるでしょうか?
中学校の合唱コンクールなどで多くの方が指揮には触れたことがあると思います。
もちろんプロのオーケストラの演奏会などにも必ず指揮者はいますが、一体なぜ、それほどまでに指揮者は必要とされているのでしょうか?

そこで今回は、「ステージ上で唯一音を出さない音楽家」である指揮者の役割について、詳しくご紹介します。

昔は指揮者も音を出した?指揮者の歴史をご紹介!

現代では音を出すことはほとんどない指揮者ですが、かつて音を出していた時代がありました。
その起源は今からおよそ400年前、音楽室の肖像でおなじみのバッハやヘンデルといった音楽家が活躍した「バロック時代」まで遡ります。
(※17世紀初頭から18世紀半ば頃)

バロック以前の小規模編成なら指揮者がいなくても息を揃えることで演奏できていました。
現代においても、小編成のアンサンブルは指揮者なしで演奏されます。

しかし時代が進むにつれて、作曲家はより大編成の楽曲を書くようになってきました。
この傾向は器楽の分野で特に顕著で、オーケストラの大型化に伴い、演奏者だけでは演奏が難しくなってきました。

そこで現れたのが「指揮者」という立場の人です。
大抵は作曲家自身が務めることが多かったのですが、このころの指揮者は「指揮杖」と呼ばれる先のとがった長い杖を持ち、床にコツコツと打ち付けることで、全体のテンポ感をそろえる役割を担いました。

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このように床を叩いて音を出していた指揮者でしたが、17世紀の作曲家リュリは、自身が作曲した曲を指揮している最中、この指揮杖で自分の足を突き刺してしまい、その傷が原因で命までも落としてしまいました。

指揮杖は、マーチングバンドにおける指揮者「バンドメジャー」の道具として現代まで伝わっています。マーチングバンドにおいては床は叩かず、その上下動などの合図でバンド全体を統率します。

こういった事故の存在に加え、何より「本来音楽に不要な音を出すこと」を音楽家たちは嫌いました。そんな中、かの有名なモーツァルト等が活躍した18世紀初頭にかけて、棒を持たない「指揮者」が誕生しました。

「音を出さない音楽家」の誕生です。

その後指揮者は指揮棒を持つことで、より大きな編成のオーケストラや、遠くから指揮を見る必要のあるオペラにも対応出来るようになり、さらに19世紀には、作曲家と指揮者がそれぞれ独立し専業化したことで、指揮者の立場が確立されることになりました。

専業化した後も、指揮者の在り方は変化してきています。
20世紀初頭にはオーケストラの大型化が極限に達し、指揮者はより遠くからでも見やすいと言われる長めの指揮棒を扱うようになりました。

戦後は映像技術の発達の助けもあり、指揮者にはより絶対的なカリスマ性が求められました。
史上最も多くのレコーディング行い、今だクラシック音楽界で圧倒的な人気を誇る大指揮者・カラヤンがそのいい例でしょう。彼は演奏のみならず、それを録画した映像にまで強くこだわりました。

さらにカラヤン以降、「指揮棒を持たない」指揮者が現れました。
指揮棒による「見やすさ」と「リーチ=長さ」を失うのと引き換えに、両手の指を使ったより繊細な表現が可能となりました。

音と動きがズレてる!?奏者から見た指揮者

客席からオーケストラと指揮者をよく見ていると、指揮者の動きと微妙にずれていることに気が付きます。
具体的には、指揮棒を振り下ろしてからワンテンポ遅れて音が出てきますが、
この「ずれ」の中には、指揮者と奏者の様々なやり取りが詰まっています。

オーケストラでも合唱でも、奏者は指揮者から様々な情報を得ています。

まずテンポは言うまでもありません。
加えて棒を振り下ろす鋭さ、指揮棒を持っていない方の手の表現、表情、呼吸などから、どのような音を指揮者が求められているかを奏者は判断します。

そうして感じ取った音楽を、奏者は楽器を通じて出すのですが、それも他の奏者と息を合わせて一緒に音を出さなくてはなりません。
楽器ごとに音が出るのにかかる時間も違うので、それも計算に入れなければなりません。

指揮者もこれらのことを勘案した上で、楽譜から読み取った音楽表現を奏者に要求し、聞こえてくるサウンドからバランスの微調整も行います。

これら全てが、「指揮の打点(振り下ろした瞬間)」から実際に音が出るまでの、あの「ずれ」の間に詰まっているのです。

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リハーサルこそが指揮者の本領!?

常設オーケストラの場合、演奏会前に数回のリハーサルを行います。
その限られた時間の中で、指揮者は自身の解釈や要求、テンポなどをオーケストラに提示していきます。

難易度の高い楽曲を演奏する場合、全体の合わせの他に「分奏」を行う場合もあります。
これは弦楽器・金管楽器・木管楽器などの各セクションごとの合奏練習であり、多くの場合若手指揮者に各セクションを指揮させ、
経験を積ませるという意味も持っています。

セルジュ・チェリビダッケという戦後に活躍した偉大な指揮者がいますが、彼は通常1週間で行われるリハーサルを3週間もかけて行い、分奏も彼自身が納得するまで続けられたといいます。

また、会場ごとに異なる響き方にも留意して、音のバランスを整えるのも指揮者の大事な仕事です。

責任重大!オペラやバレエの指揮者

より長期間のリハーサルが必要となるオペラやバレエでは、指揮者はさらに重要な役割を担います。

特にオペラでは慣例的な音楽にカットをしたり、音符・声を伸ばすことが多々あり、これらを歌手陣と入念に打ち合わせしなければなりません。歌手はオーケストラのように常に指揮者を見ることは出来ず、そのため指揮者との阿吽の呼吸もつかまなければなりません。

また、バレエやオペラでは曲と曲の間に場面転換が入ったり、あるいは幕が降りている裏で歌手やダンサーがスタンバイをしていて指揮者から見て確認が出来ないこともあります。

このような時は、指揮者の手元に用意した電灯を合図に演奏を始めます。
音楽を司る立場でありながら、舞台上の演出とも密な連携が必要とされるのです。

さらにオペラの場合、歌手はその日の調子で演奏が大きく変わります。
いつもより早いテンポで歌いたい、いつもよりこの音を長く伸ばしたい、今日はあまり伸ばせそうにない…そうした歌手の要求と、指揮者の要求したい音楽、そしてオーケストラという制約のせめぎあいの中で、指揮者は常に極限の集中力を必要とされます。

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オーケストラの頭脳!指揮者の勉強量とは?

指揮者はほぼ例外なく、凄まじい勉強量を必要とされます。
そもそも膨大な勉強をこなさなければ、指揮台に上がることさえも許されませんが、その勉強は指揮者を目指した瞬間から始まります。

なお、戦後はピアニストやオーケストラ奏者、オペラ歌手が指揮者に転向するケースも多くありますが、ここでは指揮者の専門教育に注目してみます。

音楽大学などで指揮の専門教育を受ける場合、入学するだけでも大変な音楽的資質と知識が必要とされます。音楽の基礎能力を測る「ソルフェージュ」では、英才教育を受けてきたピアノ科の受験生などを差し置いて、最高水準の能力が求められます。

副科で受験するピアノも、ピアノ専攻生並みの技術が要求され、さらにはオーケストラの総譜を見ながらピアノを弾く「スコアリーディング」という科目も存在します。
10~20パートある楽譜の全体を一瞬で捉えて、ピアノの音に落とし込むという離れ業です。

また、音楽史に対する豊富な知識も必要です。
大きな流れとしての音楽史の他にも、作品が他の作曲家に与えた影響、また作曲家ごとに異なる作品の特性なども踏まえて、音楽学者並みの知識を詰め込みます。作曲技法や音楽理論もまた然り。

例えばベートーヴェンは、「f(フォルテ、強くの意味)」を「アクセント(その音だけを強くの意味)」を意味するような使い方でしばしば書いています。
このような作曲家ごとの「癖」も、作品にこめられた作曲家の意図を知る重要な手がかりとなります。

これらの勉強は教育機関を卒業したのちも続けなければなりません。
その時扱っている作品をより深く掘り下げ、オーケストラからの信頼を勝ち取らなければならないのです。

かつて、前述のカラヤンとアメリカの巨匠バーンスタインの両氏に師事した小澤征爾は、一度勉強した楽曲を白紙の五線譜に書き写して、全てのパートを入念に勉強したといいます。

指揮者に求められるのは、音楽的なことだけではありません。
当然オーケストラには外国人奏者がいることも少なくありませんし、オペラやバレエのキャストも同様です。
日本語の通じない相手とも正確な会話をしなければならないので、相応の語学力が必要になります。

多くの場合英語が共通語になりますが、ドイツ語やフランス語が用いられることも少なくありません。
筆者はイタリア語
が求められる機会の多いオペラ現場が多いので、イタリア語も喋れる指揮者と多く出会いました。

本当に必要?指揮者がいない場合の対処法!

このように、指揮者はオーケストラに色付けをする重要な存在ですが、急な事故や体調不良で降板せざるを得ない場合もあります。

このような場合、大抵は副指揮者や代役指揮者を立てて演奏することが多いのですが、稀に代役の用意が出来ない場合もあります。
その時は、第一ヴァイオリンの首席奏者であるコンサートマスターが合図を出しながら指揮者なしで演奏します。

筆者は以前、オーケストラ側の試みとして「指揮者なしの第九」という演奏会に出演した経験があります。
常に全体が見渡せる指揮台に立っている指揮者とは違い、コンサートマスターは椅子に座っているため見づらく、より高い集中力が要る演奏会でした。

指揮者がいた方が安心して演奏できたのでは…とも感じました。

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指揮者は必要不可欠な存在だった!

「音を出さない音楽家」である指揮者について細かくご紹介しました。
あれこれ書き連ねてきましたが、一言で言えば指揮者は「船頭」のような存在でしょう。

オーケストラという大きな「船」を、指揮者は遭難も座礁もしないように常に注意を配り、「船員」である奏者はそれを信頼し安心して自分の仕事を遂行する…といった関係性です。

最近ではCDやDVD、ブルーレイなどで、高画質な演奏会音源や映像が安価で手に入ります。
まずは知っている曲を、複数の指揮者で聴き比べてみてください。同じ曲のはずなのに、全く違う印象を受けるでしょう。

それこそが、指揮者が必要とされ、多くのクラシックファンに愛される理由なのです。
これであなたもクラシック通。好きな指揮者を見つけるだけでも、クラシックの楽しみ方は大きく広がりますよ。

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