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クーリエ・ジャポン

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Text by COURRiER Japon

篠田真貴子さんがオススメする5冊



篠田 真貴子
エール株式会社取締役。社外人材によるオンライン1on 1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。2020年3月のエール参画以前は、マッキンゼー、ノバルティス等を経て、2008年〜2018年ほぼ日取締役CFO。米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』監訳。

『日本社会のしくみ』
小熊 英二

篠田真貴子さんの推薦文
「社会のしくみ」は私たちの雇用、教育、さらにはアイデンティティまでを規定している。著者はそれを「企業のメンバーシップ」「職種のメンバーシップ」「制度化された自由労働市場」の三つの社会的機能に分解した。日本社会のしくみは三つの組み合わせで表すことができ、各々の特徴や濃淡を他国や過去と比較して分析している。

「ロスジェネ」を引き起こしたのは不景気よりも構造的な変化だったなど、データの裏付けをもって日本社会の現在地を理解させてくれる本だ。



『タテ社会の人間関係』
中根 千枝

篠田真貴子さんの推薦文
日本社会を論じた50年前の著作だ。最近の社会心理学の本のような統計の紹介はなく、むしろ著者の経験談や私見ばかりな印象なのに、説得力が強い。この本に描かれた日本人の性質は構造的なもので、表面的な社会変化では変わらないと著者は述べている。

実際、私も読みながら心の奥にしまっておいた嫌な思い出から昨日あったことまであれやこれやを次々思い出し、3ページに1回はページの端を折っていた。それはつまり、日本人の性質は50年変わっていないということだろう。


『〈聞く力〉を鍛える』
伊藤 進

篠田真貴子さんの推薦文
コミュニケーションという言葉の語源は「分かち合い」だ。分かち合うには、話すことも聞くことも大切だ。話術という言葉はあるが「聞術」はない。聞くことに特別の技は必要ないという暗黙の前提の現れだろう。

ところが「聞く」プロセスを分解してみると決して簡単ではないことがよくわかる。著者が家族に「一生懸命なのは分かるが、それでもあなたは聞きたいようにしか聞いていない」と指摘されたというエピソードが核心をついている。


『物価とは何か』
渡辺 努

篠田真貴子さんの推薦文
本書を読み、日々の暮らしに直結する「物価」なのに知らないことだらけだったと痛感した。経済学の基礎理論。レシートデータ分析を用いた物価のリアルな姿。さらに著者独自の仮説からバブル期に物価が上昇しなかった構造に迫ろうとする思考。ともすれば硬くて抽象的になりそうなテーマなのだが、著者は平易な文体、丁寧な論理の運び、身近な事例を用いて、「私」を主語に楽しそうに生き生きと語りかけてくる。楽しい講義を聞くようだ。


『日本人のための日本語文法入門』
原沢 伊都夫

篠田真貴子さんの推薦文
外国語話者が日本語を学ぶ文法体系を平易に解説した本だ。日本の国語教育で教える「学校文法」は古文と現代文の継続性に立脚しているのに対し、本書の「日本語文法」は言語学的な論理性を重視する。そのため「日本語文法」を通して外国語と日本語を同じ論理構造の中で対比でき、両者の意外な共通点と相違点が見えてくるのだ。

母語として自然に日本語を身につけた者にとって、初めて「他者から見た自分」を知るような視点の転換を体験できる。



宮沢和史さんがオススメする5冊



宮沢 和史
1966年生まれ。バンドTHE BOOMのボーカルとして89年にデビュー。2006年にバンドGANGA ZUMBAを結成。14年にTHE BOOMを解散後、休止期間を経て18年より活動再開。19年6月にデビュー30周年を迎えた。沖縄県立芸術大学非常勤講師。『足跡のない道』『BRASIL-SICK』『沖縄のことを聞かせてください 』(双葉社)など著作多数。
PHOTO: 豊島 望

『ストライカーのつくり方 アルゼンチンはなぜ得点を量産できるのか』
藤坂 ガルシア千鶴

宮沢和史さんの推薦文
「心・技・体」が整ってこそ一流の武道家である。ということに異議を唱える日本人はそう多くないだろう。まず挨拶や礼儀を身につけ、指導者、先輩との接し方を学び、徐々に技を身につけていく、というこの武道精神がスポーツ界にも当てはまってきたんだと思う。

自分は少年野球をやっていたので、中学に入ると当たり前のように野球部に体験入部してみたものの、掛け声を出すばかりの練習に終始し、片付けの時以外ボールに触れない練習が続いた。折れない心を鍛えるのも大事かもしれないが、ただスポーツがしたい自分はそこを離れ、個人の練習で成長できる陸上部に入部し、3年間思う存分トラックを走った。

決して人口が多いわけではなく、経済的に恵まれているわけでもないアルゼンチンのサッカーがなぜ強いのか? 子供の頃にまず指導するのは徹底的にゴールを狙うことだという。その後多くの経験を積み重ねながらスポーツマンとしての自覚と人格が整っていく。そう、要するに日本と“順番が違う”のだ。


『日本人の死生観』
五来 重

宮沢和史さんの推薦文
武士道といえば、それが武士たちの死生観にも大きく影響を与えていることに間違いはないだろうが、それはあくまでも武家社会における道徳として生み出された概念である。

“クニ”という社会があちこちで形成され、ある時は戦い、奪い、滅び、という連続のなかで、揺るぎない規範、美意識を示しておく必要性から武士道というものが確立されたんだろうが、死というものは武家社会にだけ訪れるものではない。公家、庶民、等しく平等に“死”はやってきて誰も抗えない。逆らえないからこそ死後というものをあらゆる日本人は強くイメージしようと試み、”再生”という概念をも生み出してきた。死後の世界での“生”を充実させ、さらに、もう一度生まれ変わるために、現在をどう過ごすべきなのか……。それだけ死が身近なものだったのかもしれない。

近頃の世は刹那的だ。死というものが自分の身から遠ざかる社会では人は現世のうちの“この瞬間”しか思い描けなくなるということだろうか?


『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』
鴻上 尚史

宮沢和史さんの推薦文
第二次世界大戦における“特攻”という考え方がまったく理解できず敵は震え上がったというが、これも日本人の死生観からくる特殊なものかもしれない。だが、この美意識は国民一人一人が一様に望んだものでもなければ、洗脳という形で植え付けられたものでもなくて、あくまでも二重の価値観、ダブルスタンダードを持ちながらも「お国のため天皇陛下のため」という大義から逃れることの困難な状況下に日本はあった、という言い方ができる。

9回特攻に出て9回生還したという佐々木友次さんの強い意思を知り、沖縄戦時に慶良間諸島で敵が来る前に集団自決せよとの軍事教育に多くの島民が盲目的に従おうとするなか、それは違うと声を上げた人たちの意思を思い起こした。

相変わらず、ただ現状を維持することしか選択できず、変化する勇気を持てない我が日本社会は激動の今世紀において、すっかり周回遅れの様相にある。


『埋もれた日本地図』
谷川 健一

宮沢和史さんの推薦文
まずタイトルに惹かれた。こんなにも中身を「知りたい」と思わせてくれたタイトルは久しぶりだ。この本は1970年から1971年にかけて書かれたものが1972年に刊行され、2021年に文庫化されたもの。

この本は旅の本でもある。旅というと未来への出立というイメージになるが、過去へ出で立つというのも旅なのであり、その上、もうなくなってしまった失われた過去への行脚は未来への旅同様に大いなる浪漫をかき立てられる。

1972年といえば沖縄が日本に復帰した年。ここでは沖縄県の八重山や宮古島も取り上げられている。伝承されてきた歌や物語などを紐解き、それらを頼りに埋もれてしまった“無”に辿り着こうという試みは、未来の雲行きが怪しく、いよいよ深刻な状況に迷い込んだ現代において、今こそ大きな意味を持つ方法論ではないだろうか?


『琉球王国 東アジアのコーナーストーン』
赤嶺 守

宮沢和史さんの推薦文
日本人なら誰でも沖縄は日本の南西にある島と認識しているだろうが、それは地球儀と世界地図に長年なれ親しみ、自分が今いる地点から見てそう判断しているからであって、たとえば、日本を中心にして隣国を含んだ地図を読み込んだスマートフォンを90度左に傾けたら世界がまったく違って見える。

朝鮮半島から見える日本の門構えは山陰と九州。中国大陸にいる人間から見たら眼前に広がるのは九州南部から右は台湾まで細く連なる琉球弧の島々の連なりなのである。そのちょうど真ん中に沖縄本島が浮かんでいる。沖縄、琉球国の歴史や文化を記した本は山ほどあるが、この本はそれらを90度傾けたような視点で語られている。

中国がいかに琉球を重宝したか、なぜ貿易において他国よりも有利な立場においたのか、90度傾けたらそれは明確だ。琉球が東アジアのコーナーストーンであることを認識すればするほど、日本国という国がじつは世界から遠く離れていて、独自の世界観、社会観、倫理観で武装して内向きに国を継続してきたことが逆に見えてくる。沖縄を礎石に置きながら日本をあぶり出す本でもあるのだ。



斎藤哲也さんがオススメする5冊



斎藤 哲也
1971年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。ライター&編集者。著書に『試験に出る哲学』(NHK出版新書)、『読解 評論文キーワード』(筑摩書房)、編集・監修に『哲学用語図鑑』(田中正人・プレジデント社)など。文化系トークラジオLife(TBSラジオ) にサブパーソナリティとして出演。

『日本哲学の最前線』
山口 尚

斎藤哲也さんの推薦文
いま最も活躍している日本哲学の旗手6人の思想を紹介した快著。この本の面白いところは、6人それぞれのオリジナリティを解説するだけでなく、それらを通じて「最新の日本哲学が全体として何に取り組んでいるか」という点まで論じていることだ。それを著者の山口氏は〈自由のための不自由論〉という。なるほど! その読み筋は腑に落ちる。現在、日本を覆う空気をどこか息苦しく感じている人は、本書を参考にすれば、お気に入りの哲学者が見つかるはずだ。


『あぶない法哲学 常識に盾突く思考のレッスン』
住吉 雅美

斎藤哲也さんの推薦文
法哲学に入門する「最初の1冊」として超オススメだ。「勉強したくない。働きたくない。結婚したくない。子育てしたくない。だけど楽しく暮らしたい」と思っていたはずなのに、なぜか法哲学者になってしまった著者。そのヤンチャな語り口が大きな魅力で、難解に思える法哲学の理論や論点もぐっと身近に感じられてくる。

具体例も興味を惹かれるものばかりだ。各章の扉には、「『指示待ち人間」はなぜ犯罪を犯してしまうのか?」「『スーパー義足』は能力の補填か、増強か?」など、章の内容をガイドするような問いが付されている。これもじつに上手い!


『ルネサンスの神秘思想』
伊藤 博明

斎藤哲也さんの推薦文
著者の伊藤氏は、ルネサンス思想研究の第一人者。ルネサンスというと、美術・芸術方面ばかりが注目されがちで、哲学や思想の存在感は薄い。だが本書を手に取ると、その印象は大きく変わる。

ルネサンス期のイタリアでは、異教の神々や哲学を持ち出して、キリスト教と重ね合わせるような議論や思想が続々と登場する。なかでもプラトンは、当時の最重要哲学者。ルネサンスの知識人は、必死になってプラトン哲学とキリスト教を結びつけようとしたのだ。近代哲学前夜の豊穣な思潮を知るのにもってこいの1冊。


『近代日本思想の肖像』
大澤 真幸

斎藤哲也さんの推薦文
著名な社会学者である大澤真幸氏の著作を通じて、僕は本の読み方や物の見方をたくさん教わってきた。一つの著作や作品に対して、「そ、そんな読み方があるのか!」と感動したことは数知れない。本書にもそういった巧みな読みが随所で披露されている。

文庫化される前の原本のタイトル『思想のケミストリー』が示すように、吉本隆明、柄谷行人、丸山眞男、三島由紀夫、埴谷雄高、村上春樹など、ビッグネームの作品が、大澤社会学と切り結ぶことで、意外な化学反応を次々と起こしていく。僕のように、そこからまた考察の対象となった作品に手を伸ばしたくなる人も多いだろう。


『自然の哲学史』
米虫 正巳

斎藤哲也さんの推薦文
500頁弱という分厚さにたじろいでしまうかもしれないが、中身はじつにスリリング。我々は自然というと、人為と切り離された「純粋無垢な自然」とか、その逆に人間も含めたあらゆる存在を包括する「美しき調和や秩序を備えた一つの大きな有機体全体」のようなイメージを持ってしまう。

だが本書は、こうしたありがちな〈自然のイメージ〉をすり抜けるように、〈自然〉をめぐる思考を哲学史に即して検討していく。その議論の運びは、フランスの哲学者ジャック・デリダが言挙げした「脱構築」のお手本のようだ。



沼野恭子さんがオススメする5冊



沼野 恭子
東京外国語大学名誉教授。東京外国語大学卒業、東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。NHKラジオやテレビのロシア語講座や「100分de名著 アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』」の講師を務めた。著書に、『ロシア万華鏡──社会・文学・芸術』(五柳書院)『ロシア文学の食卓』(ちくま文庫)など。訳書に、『ヌマヌマ──はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選』(沼野充義と共編訳、河出書房新社)、リュドミラ・ウリツカヤ『ソーネチカ』(新潮社)など。

『精読 アレント『全体主義の起源』』
牧野 雅彦

沼野恭子さんの推薦文
昨今の世界情勢を考えるうえで、ハンナ・アレントの『全体主義の起源』ほど重要な書物はないだろう。しばしばスターリン時代との類似が指摘される現代ロシアのプーチン体制。スターリニズムとナチズムという異なる歴史的背景を持つ全体主義に共通する特徴は何なのか。全体主義に陥らないようにするにはどうしたらよいのか。

本書は、アレントのこの代表作を精緻な読みで丁寧に紹介し、これらアクチュアルな問題に答えたものだ。全体主義が静的な体制ではなく動的な運動であり、自己破壊にまでいたるものであることを本書はわかりやすく教示してくれている。「自分の頭で考える自律的な人間」こそ全体主義を阻止し得るものだという点が重要である。


『ロシア正教の千年』
廣岡 正久

沼野恭子さんの推薦文
本書は、プーチン政権の掲げる「ロシア世界」の意味を考えるうえで重要な著作である。というのも、ロシア語が話されロシア正教が信奉されている地域は一体でなければならないというのが「ロシア世界」の理念で、これが戦争の大義名分を支えているからである。

ロシアは、10世紀末にキリスト教を国教として受け入れた後、異教徒タタールの長い支配を経て、「第3のローマ」を自負する正教国家へと脱皮し、やがてソ連の無神論の時代を経験した後、再び宗教的な国家へと変貌した。この千年の歴史が、著者の経験を踏まえた現代との往還のなかで生き生きと描かれている。ロシア人の精神世界、正教とロシア社会の関係を理解するための恰好の書である。


『私とは何か 「個人」から「分人」へ』
平野 啓一郎

沼野恭子さんの推薦文
ちまたではよく「自分探し」という言葉を見かけるが、これはどこかに「本当の自分」があるはずだという確信が前提となっている。本書が画期的なのは、そんな本質主義的な「唯一の自分」など存在しないことを喝破し、「複数の自分」を認める「分人主義」を提唱したこと、そしてその複数の自分は他者との関わりの中で形作られるという相対主義を打ち出したことだ。

さらに興味深いのは、『ドーン』以来さまざまな観点から小説の中で考えてきたとして、著者自身がこの問題を自己分析的に整理していること。これは、ほとんど一作ごとに作風の変わる平野啓一郎の作品を愛読してきたファンにとって、「読み」のヒントとして絶好の手引きとなっている。


『遊廓と日本人』
田中 優子

沼野恭子さんの推薦文
遊廓の見取り図、四季折々の行事、遊女たちの日常、しきたり、人となり等、吉原遊廓についての情報が満載の本である。遊女がたんに「身体」を提供していただけでなく、和歌をよみ、見事な手紙を書き、三味線や琴を弾き、唄や踊りを身につけ「芸術精神」を体現していたこと、遊廓が「日本文化の集積地」だったことが明らかにされている。

もちろん著者は、遊廓文化をたんに称揚するのではなく、現代から見た問題点や歴史的背景を踏まえて「あってはならない場所」であるとも明言している。樋口一葉の『たけくらべ』について「吉原の明と暗の両方を、実に的確に描いた作品」であると述べられているが、これはそのまま本書にもあてはまる。


『フランス文学と愛』
野崎 歓

沼野恭子さんの推薦文
色好みの文学的表象といえば、何と言ってもフランスが本家本元である。本書には、17世紀から現代にいたるフランス文学の名作において「アムール(愛)」がどのように描かれ、どのように社会と切り結んできたかが、さりげないユーモアと軽妙洒脱な文体で縦横無尽に語られている。

読者は、情欲、ギャラントリー(洗練)、憧れ、幻滅、放蕩、束縛、純愛、禁欲などといった、驚くほど多様なアムールの様態に出会い、「恋愛は既成の秩序に挑戦し、それを乗り越える」ものであり「自由の概念」を伴うものだという著者の確信をなぞることになるだろう。恋愛という切り口でフランス文学史を再確認し味わいなおすことのできるじつに贅沢な一冊である。




音部大輔さんがオススメする5冊



音部 大輔
株式会社クー・マーケティング・カンパニー代表取締役。17年間の日米P&Gを経て、ダノンやユニリーバ、資生堂などでマーケティング担当副社長やCMOなどを歴任し、ブランド回復やマーケティング組織構築を主導。2018年より現職。家電、化粧品、輸送機器、食品、日用品、広告会社など国内外のさまざまな企業にマーケティング組織強化やブランド戦略立案の支援を提供。博士(経営学 神戸大学)。 日本マーケティング本大賞2022の大賞に選ばれた『The Art of Marketingマーケティングの技法』など著書多数。

『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』
千葉 聡

音部大輔さんの推薦文
アクティブなフィールドワークとアカデミックな研究マネジメントを、進化生物学の研究者とおこなっている気持ちになれる冒険の書。連続して島嶼が形成される環境は、進化生物学の研究に適しているという。そしてある種の陸貝は、捕食者がいなければ気温や太陽光などの自然環境に適応して進化し、捕食者の圧力が高まると見つからないように進化するそうだ。

これはブランドの進化によく似ている。変化が連続する日用雑貨市場はブランドの研究に適しているし、新しい市場では顕在化しつつある消費者ニーズに適応し、競合の圧力が高まると競争相手に対抗するよう変化する。進化生物学とマーケティングは領域が異なるが、共通した自然の摂理がうかがえて興味深い。


『科学とはなにか 新しい科学論、いま必要な三つの視点』
佐倉 統

音部大輔さんの推薦文
科学を生態系として俯瞰するための素晴らしい啓蒙書。「科学は自然物を研究する学問で、工学技術は人工物を作る活動だ」という記述は「マーケティングはサイエンスかアートか」という問いへの回答でもある。消費者を含む自然現象を知るサイエンス、製品や広告などの人工物を作るアート、と捉えることができるだろう。

科学における和洋の姿勢の違いも興味深い。日本では金魚や朝顔を改良しても遺伝学はおこらず、働きかけ方、つまり「術」を究めた。これに対し、西洋では「仕組み」の理解を求めた点が異なる。また、生態系としての科学技術は因果関係が複雑だという。部分の改善が全体で見ると悪化につながることがあるという指摘は、マーケティングにおいても大事な教訓である。


『脳を司る「脳」 最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』
毛内 拡

音部大輔さんの推薦文
恒常性を保つために脳を満たす脳脊髄液が頭蓋骨の中で流れ続ける様子を「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」という『方丈記』の一節を交えて説明するなど、ウィットに富んだやさしい入門書。

この脳脊髄液の流れが、睡眠中に脳の老廃物を掃除しているかもしれないとの説があるそうだ。ぼんやりした寝不足が、いかにも老廃物が溜まっていることに起因するように感じられて印象深い。きちんと眠ることの必要性を仕組みとして実感させられる。

また、にわかにAIの議論が盛んになっているが、本書によれば人工知能はあっても人工知性はないという。知能は答えのある問いに対して正確に答えを求めるものであり、知性は答えのない問いに答えを探すものだ、という指摘に得心した。


『リズムの生物学』
柳澤 桂子

音部大輔さんの推薦文
山崎正和の『リズムの哲学ノート』に、リズムは知覚できるが特定の感覚器官は存在しないという指摘がある。その不思議さが、本書を手にするきっかけとなった。生物学をこえ、森羅万象がリズムの観点から説明されていて興味深い。

「環境に適応したひとつの突然変異がヒットすると、そのヴァリエーションとして多種多様な生物が生まれ、生存に有利なものが生き延びる」などといった記述は、新市場創造の様子とも一致する。繰り返しに安心し、揺らぎにあこがれるのは進化の過程で獲得した性向であるらしいが、ブランドが生活に浸透していく様子にも同じ説明できそうだ。

自然の生物だけでなく、市場に棲息する人工物のブランドもまた、リズムのなかに存在するのだろう。


『宇宙になぜ我々が存在するのか』
村山 斉

音部大輔さんの推薦文
哲学的なタイトルが印象的な、門外漢には衝撃の素粒子に関する一冊。誕生直後である137億年前の宇宙は原子よりも小さかったが、インフレーションという段階を経て(大きさは3ミリ!)3キロほどまで大きくなったころ、ニュートリノが関与して物質と反物質のバランスが10億分の2ずれた。そのおかげで物質があり続けて我々が存在しているという、壮大な宇宙創造の物語が綴られている。

物質と対になって消滅する反物質について。また、核融合で生まれた酸素などの元素が星々の爆発で宇宙に散らばり、星屑から太陽や地球が作られ、わたしたちの体を構成していること。そうした日常の生活ではあまり聞くことのない話が、非日常の真理としてわかりやすく、かつ軽妙に語られる。



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