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連載の前編記事で述べたように、企業はキャッシュエクセレンスを確立することで、余裕資金を確保することができ、危機に対しても柔軟に対応できるようになる。適切な投資対象を選んで資金を投下することで、ポストコロナに向けた新たな成長軌道に乗ることができる。だが一方、その資本が有効に活用されているのか、株主による監視の目が強まりつつある。日本企業は一般的に手元資金が潤沢と言われるが、資本配分に優先度を付けて、M&Aや新規事業の立ち上げ等の成長投資を行うべきである。後編では、成長機会を逃さず、株主も納得しうる資本配分の体系的なアプローチを提示する。

適切な投資対象を選ぶためのアプローチ

 コロナ禍により、多くの企業が設備投資を最大約30%削減した。キャッシュポジションの低い企業は、設備投資を中止したり先送りしたりすることにより、過去の投資がサンクコスト(埋没費用)となり、その額も膨れ上がってしまう。

 一方で、キャッシュポジションが高い企業は、ポストコロナを見据えた投資を通じて成長機会を捉えられる。競合他社に対し、先行者優位性を得られるのだ。

 ただし、投資対象は体系的なアプローチに基づいて特定する必要がある。なぜならば、企業は資本の効率的な運用を求める株主の厳しい目にさらされており、資金の使途について合理的な説明ができない場合には、増配や自社株買いなどの株主還元を要求するアクティビストなどとの争いに直面する可能性もあるからだ。

 ●最適な資本配分プロセスのありかた

 マッキンゼーが出版した書籍"Strategy Beyond the Hockey Stick: People, Probabilities, and Big Moves to Beat the Odds"(邦題「マッキンゼー ホッケースティック戦略 ― 成長戦略の策定と実行」)では、10年間で設備投資資金の少なくとも60%を事業部門間で再配分した企業は、エコノミックプロフィット[注]の観点から、「競合他社を上回る成長率を達成する」可能性が高いという調査結果を示している。

 これはつまり、環境が変化しているにも関わらず、前年度の予算配分を踏襲し続ける会社はアウトパフォームする可能性が低い、ということである。事業部門間での資本配分を固定することが成功につながることはほとんどない。将来のトレンドやリターンの予測に基づいて、資本の再配分を積極的に行う必要があることを示唆している。

 多くの企業では、様々な事業部門や機能が、生産能力増強、メンテナンス、研究開発など、様々な目的の資金を確保するため、限られた資本をめぐって競争を展開している。

 最適な資本配分を実現するためにはまず、投資計画を策定した部門とは独立したチームによって、すべての資本的支出計画を「法規制対応投資」「メンテナンス投資」「適宜判断投資」「裁量的投資」の4つのカテゴリーに分類する必要がある。

「法規制対応投資」および「メンテナンス投資」は、通常、法令を遵守しながら事業を運営するために必須なものである。

 これらについては、優先的に資本を配分するべきではあるが、その緊急性やすぐに投資しなかった場合の損失の潜在的規模を検討することが欠かせない。「最も緊急度が高く」、「財政的に重要な意味合いを持つ」計画に資本を優先的に割り当てることが重要となる。

 例えば、日本のある自動車関連メーカーでは、定期的に工場設備の点検・交換・修理を行うサイクルを見直した。工場の操業停止によって膨大なコストが発生するリスクを抑えるために、一部の設備については頻繁にオーバーホールを行う必要はあるものの、その他の設備については、現在の交換サイクル内で故障する確率は極めて低いことがわかったからだ。

 万が一、問題が発生したとしても、その時点で交換・修理しても経済的損失は重大にはならない。これまでのように、規定の計画に従ってすべてを交換するよりも、はるかに資金をセーブできることが分析を通じて明らかになった。