N響 ベートーヴェン 「第9」演奏会レビュー

2023年も残すところあと数日。混迷を極める世界情勢のなか、「第9」の力強い音楽と言葉がわれわれに訴えかけるメッセージも、今年はひときわ胸に迫るものがあります。12月22日、NHKホールで行われた下野竜也(指揮)NHK交響楽団の演奏会の模様を速報でお届けします!

文:山田治生

 今年のNHK交響楽団のベートーヴェン「第9」演奏会では、この10月にNHK交響楽団正指揮者に就任したばかりの下野竜也が指揮を執った。下野は、2001年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、読売日本交響楽団正指揮者、京都市交響楽団常任首席客演指揮者などを歴任。現在、広島交響楽団音楽総監督と広島ウインドオーケストラ音楽監督を兼務している。N響とは2005年から共演を重ね、信頼関係を築いてきた。そして『鎌倉殿の13人』や『真田丸』など、NHK大河ドラマのいくつかのテーマ曲でもN響と録音を行ってきた。今回の「第9」演奏会は下野にとって事実上のN響正指揮者就任披露演奏会といえた。

 最初に、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が演奏された。この作品のオリジナルは彼の弦楽四重奏曲の第2楽章であるが、作曲者によって1938年に弦楽合奏用に編曲され、オーケストラ曲として単独でしばしば演奏されている。バーバーの「弦楽のためのアダージョ」は、本来、追悼を意図して書かれたものではないが、アメリカのケネディ大統領の葬儀で奏でられたように、その静かで祈りのような音楽がしばしば葬送の音楽として奏でられてきた。1年の締め括りの「第9」演奏会の冒頭において、下野がこの作品を取り上げた意図ははっきりとはわからないが、聴き手としては、ウクライナやパレスチナで多くの犠牲者が出た2023年の最後にそれらの人々に思いを寄せないではいられなかった。

 演奏は、第1ヴァイオリン16名のフル編成の弦楽オーケストラ。下野は感情過多になることなく、むしろ淡々と音楽を進めていく。しかし、いつの間にかその頂点で悲痛な叫びに至る。そのあと再び静かな調べ。

 そして休憩を置かず、合唱団(新国立劇場合唱団)と独唱者(ソプラノ:中村恵理、メゾ・ソプラノ:脇園彩、テノール:村上公太、バス:河野鉄平)が入場して、「第9」の演奏となった。

下野竜也

 下野の指揮は、第1楽章冒頭から推進力があり、滞ることなく前へと進む。オーケストラの音が引き締まっている。第2楽章も良いテンポ。オーボエの吉村結実(吉は土に口)が見事なソロを披露。第3楽章では、ヴァイオリンの旋律を支えるヴィオラやチェロの音がよく聴こえ、音楽に深みや厚みを感じる。そして、ヴァイオリンの、決して大振りではない、弱音でのカンタービレが心にしみる。繊細でハッとするような弱音が美しい。つまり、下野は、オーケストラに歌を強いることなく、内側から歌を引き出していた。ホルンのソロ(庄司雄大)も見事に決まる。

 そして第4楽章。「おお友よ」と呼びかける、河野鉄平の第一声のレチタティーヴォは朗々と歌われる。そのあとの、チェロとコントラバスによる歓喜の主題の提示は、過度に緊張を強いることなく、コントラバスが大きめの音量でしっかりと喜ばしく歌い始められる。そうして、新国立劇場合唱団が歌う歓喜の主題はとても力強い。独唱では、ヨーロッパの一流歌劇場で歌う中村恵理とイタリアでの活躍が著しい脇園彩がまさに国際級の歌唱を聴かせてくれた。終盤の二重フーガ(全曲中の最大の難所ともいえる)は、快速でとばす演奏も多いが、下野はじっくりと力強く描こうとする。それに応える新国立劇場合唱団。最後のマエスト―ソは、伝統的にはゆっくりと壮大に描かれるが、下野は楽譜のテンポに近い、速めの演奏。そこで、本来の楽譜にはない(楽譜上では独唱者たちは最後の四重唱で出番は終わり、そのあとは歌わない)独唱者たちも合唱に加わり、まさに全員の歌声で締め括られた。私はこの最後の合唱に独唱者たちが加わる演出に大賛成である。

ソリスト 左より)中村恵理、脇園彩、村上公太、河野鉄平

 下野によって隅から隅まで非常によく考えられた「第九」。そしてそれに献身的に応えるN響。とても聴き応えがあり、充実感のある「第九」であった。

(写真提供:NHK交響楽団)

NHK Eテレ 放送
2023.12/31(日)20:00〜21:30

https://www.nhk.jp/p/ts/1JG7WX9P27/

ベートーヴェン 「第9」演奏会
2023年12月22日 (金) NHKホール


バーバー/弦楽のためのアダージョ
ベートーヴェン/交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱つき」

指揮 : 下野竜也
ソプラノ : 中村恵理
メゾ・ソプラノ : 脇園彩
テノール : 村上公太
バス : 河野鉄平
合唱 : 新国立劇場合唱団