森山直太朗「最後のアルバムだと思ってリリースします」デビュー20周年で迎えた新境地

【音楽通信】第103回目に登場するのは、歌に芝居に大活躍するなか、今年デビュー20周年というアニバーサリーイヤーを迎える、森山直太朗さん!

心象風景は子どもの頃に舞台袖から見た景色


【音楽通信】vol.103

2002年10月、ミニアルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビューし、2022年10月でデビュー20周年を迎える、森山直太朗さん。

これまで胸に響く数々の名曲を世に送りだすアーティストとして、ドラマや映画では鮮烈な印象を残す役者として、わたしたちにたくさんの感動を届けてくれています。

そんな直太朗さんが、2022年3月16日、オリジナルアルバム『素晴らしい世界』をリリース、その収録曲から「愛してるって言ってみな」が2月14日に先行配信されたばかりということで、あらためて音楽的なルーツなどを含めて、お話をうかがいました。

――あらためまして、そもそも森山さんが幼い頃、音楽に触れたきっかけはなんですか?

ずっと心象風景として心に残っているのは、子どもの頃、母のコンサートに行った際、舞台袖を通るときに、ふと舞台を見ると、照明がたかれて真っ白くなったあの景色を子どもながらに覚えています。

今では普通の風景になりましたが、あの時のそういう原風景に未だに心を焦がしているというか、音楽というよりも、舞台というものの魅力や、神秘的な場所という感覚が強かったのかもしれません。そのあと紆余曲折あって、音楽は親がやっていることだから、音楽なんか絶対やるもんじゃないと、どこかすごく斜めに見ていた時期もありましたね。

――自然とご家族から、音楽的な影響を受ける機会は多くなりますよね。

5歳上の姉からも、いろいろな音楽を聴かされました。僕が小学校4年生の頃、岡村靖幸さんやTHE BLUE HEARTS、大江千里さんとか。当時はバンドブームでしたし、ニューミュージックも盛り上がっていた時期で、好きとか嫌いといった分別がつく前の段階で、ライブにも連れていかれました(笑)。

あとはたまに母がカレッジフォークのイベントに出ると、古き良きフォークシンガーたちが一堂に会していて、ギター1本持って、みんなで歌ったりハモったりしているのが、自分の原風景です。

音楽に対して、斜め後ろから見ていた時期には、玉置浩二さんが家によく来ていました。その度に、ザ・ビートルズの曲とか、玉置さんが何か酔っ払って、ギター弾いて歌うんです。歌詞とかは、今思い返すとめちゃくちゃなんだけど(笑)、もうね、それでも素晴らしいんですよ。だから、そういうものを間近で見られたっていうのは、すごく貴重な体験でしたし、心のどこかで「こんなふうに声を出せたら、さぞ楽しいし、気持ちいいだろうなあ」という憧れはありましたね。だから、影響を受けたといえば、玉置さんじゃないかなと思います。

ーー最初に演奏された楽器は、ギターですか。

幼稚園と小学校の頃、ピアノのレッスンを受けていました。でも不真面目で、いつもピアノの先生にキャッチボールしてもらって遊んでいましたけど(笑)。能動的に楽器をやりだしたのは、中3ぐらいから始めたギターになりますね。

――今年はデビュー20周年というアニバーサリーイヤーとなりますが、あらためて振り返っていかがですか。

正直、実感がないというか……。でもこうやって新しいアルバムを作ったり、取材をしていただいたりするなかで、「いよいよもう20年か」と。取材を受けながら、ちょっとずつ帯を締め直している状態です。感覚としての意味でいえば、20周年は、通過点ですね。

パーソナルな20周年のオリジナルアルバム


――2022年3月16日にニューアルバム『素晴らしい世界』をリリースされます。いつ頃から制作されていたのですか。

昨年の今頃には、今年の3月にリリースするということは決まっていました。制作でいうと、レコーディングスタジオでプリプロみたいなものをやりだしたのは9月下旬。でもそのきっかけになったのは、「素晴らしい世界」という曲ができたことが、すごく大きかったんじゃないかな。

――アルバムのタイトル曲「素晴らしい世界」が、一番思いのこもった曲となるのでしょうか。

そうですね。「素晴らしい世界」という曲ができたときに、「これでアルバムを作っていける」と感じた今作の軸となる曲です。それは狙ってもできないですし、限られた時間の中で探していくしかない。自分の思いや姿勢を表せるものが、アルバムの指針となります。

昨年の夏に僕がコロナになって、寝込んでいたとき、大袈裟かもしれないけど、外に出れず、誰とも会えず、社会と断絶された孤独のようなものも体験して、すごく不安でした。

でも、社会や人間関係から遠ざかって、音楽をするしないどころじゃない状況で、同時に今まで縛られていたしがらみのようなものから解かれていく感覚もありました。結局、孤独や大きな闇の向こうにあったのは、ただの“解放”だったんです。まるで無重力で宇宙に浮いているような感覚。それは普段の生活では毛頭得られないものですから、どこか思考がぶっとんでいるんです。すべてのことがどうでもよくて、何にも気にならなくなる。

解放された後は、いつもならなんでもない景色が、本当に懐かしく、あたたかく自分の目に飛び込んできて感動したんですよね。それは感情的な感覚ではなくて、シンプルに「ただ生きているんだ」という実感。そうなったときに、(共作者の)御徒町凧から渡されていた「素晴らしい世界」という言葉の響きがピンときて、メロディがふと降りてきました。

どうやら世界は「自分自身の外側にあるものではなくて、内側に存在しているものなんだな」と。

――今回先行配信される「愛してるって言ってみな」は、森山さんによる作詞曲のポップチューンですね。タイトル曲の「素晴らしい世界」とは相反する曲調でありながらこの2曲は、共通する思いがあるのですか。

この曲は、アルバムの軸となる「素晴らしい世界」という曲ができたときに、寝込んでいるベッドの中で「愛してるって言ってみな」をふと思い出したんです。10年前ぐらいから自分の中にモチーフにあった曲なんですが、当時はあまりにもポップな曲なので、自分らしくないかな、カッコ悪いかなと思ってリリースにまで至らなかった。

だけど、もう自分の中で自意識みたいなものが良くも悪くも気薄になっているから、「素晴らしい世界」と「愛してるって言ってみな」という、この対照的な2曲がアルバムの指針になると、その時なぜか実感していて(笑)。いつもサポートしてくれるピアニストの櫻井大介くんにアレンジしてもらって、さらに確信が深まりました。

今回、この2曲がどれだけ励みになったか計りしれません。「いつか体が良くなったら、この2曲をレコーディングするんだ」という思いが自分の唯一のモチベーションでした。

――アコースティックな新曲の6曲目「boku」と10曲目「papa」も、では寝込んでいるときにひらめいて……?

いえ、10月ぐらいかな。「boku」という曲を作り始めて、ちょっと時を遅れて「papa」という曲ができました。実は「papa」という曲は、20歳ぐらいからモチーフがあって、最初は「mama」というタイトルだったんです。母性に対する、言葉にならない普遍的な感覚を歌う曲なのかなぁと思いながら形にならない時期を経て、ある意味パーソナルでもある今回の20周年のアルバムができる中で、この曲を見つめ直すきっかけがありました。

この曲をアルバムに入れようとなったときに、「待てよ、自分の中にある強烈なコンプレックスや愛情は、もしかしたら親父に向いているものなのかもしれない」という思いに気づいて、「mama」ではなく迷わず「papa」に変換してみたら、いろいろなことがつながったんです。例えば、お母さんと娘って独特じゃないですか、ある時はライバル、ある時は姉妹みたいに。父と息子にも、そんなような言葉にはできない“つながり”みたいなものがあって、自分で今まで掘り下げることを避けてきたけれど、ここを通らないとダメだなって、音楽だったら答えが見つけられるんじゃないかなと。

昔だったら、その答えにたどり着いていなかったかもしれない。さまざまな経験を経て、自分の中に抱いていた大きなしがらみのようなものから抜けられたんです。雨に濡れて重たくなった荷物をおろした感覚。今まで人間関係や曲作りなどで、踏み込んだり向かったりすることをしているつもりで、できていなかった部分があるんだなと、今回のレコーディングでわかりました。

今までとはちょっと違う世界観にはなりましたが、今だからこそというものにもなったんじゃないかなって。その象徴が「papa」や「boku」という曲。でも、もう45歳にもなって、20周年のアルバムで“パパ”と“僕”っていう曲があるなんて、やばくないですか(笑)? でも、そういう気持ちさえも、もう、どうでもいいやっていう感覚なんですよね。最後のアルバムだと思って(笑)、リリースします。

――今年から来年にかけて、全国を100本もまわるツアーを開催されるそうですね。どんなステージになるのでしょうか。

新作からの曲はもちろん演奏しますし、大きくは自分のルーツを辿っていくようなツアーになるんじゃないかなと思います。「100本」というのは、とてもわかりやすい数字ですし、母親もそうですがフォークシンガーの先輩たちは、ギター1本持って100本でも200本でもツアーをやっていた時代があったんですよね。

こういう時期ですから、各会場で細心の注意と準備をして、「前編、中編、後編」の3段階に分けて、違う種類のステージをいろいろな楽しみ方で披露していく全国ツアーを100本まわろうと思っているんです。

まずは、インディーズ時代によくお世話になった、東京の吉祥寺にある「曼荼羅」というライブハウスで6月5日から、スタートする予定です。

どんなときも粛々と歌を届けていきたい


ーーお話は変わりますが、音楽活動以外のときは普段、なにをしていますか。日課やご趣味があれば教えてください。

日課といえば、飼っている小鳥の世話になりますね。あとはビールより日本酒派なので、家でゆっくり日本酒を飲むこともあります。趣味は、家具屋巡りでしょうか。古着や古家具を見るのがすごく好きで、やっている音楽もそうですが、アンティークなものがとても好きなんですよ。

誰かにとってのゴミみたいなものが、誰かにとっての宝物になる、という瞬間が良いなって。骨董市などに行くと、そういうものがたくさんあって、たとえば「こののっぺらぼうの木彫りの仏像、なんか訴えかけてくる……」というようなものが好きなんです(笑)。休みになると、そういうところに赴いて、ぶらぶらしていますね。

――ステージ衣装などもおしゃれな印象がありますが、ファッションへのこだわりはありますか。

とくに普段も意識しているところはないんですよ。衣装は、スタイリストさんについていただいていて、ステージでは、アーティストをどう見せるかではなく「曲がよく伝わるにはどんな背景が一番良いのか?」ということを考えることが大事なので、曲によって自分がどういう立ち位置でいられるかという観点で衣装を選んでもらっています。

――いろいろなお話をありがとうございました。では最後に、今後の抱負をお聞かせください。

このような状況下でもありますから、どうなっていくかはわかりませんが、とにかくどんな状況でも最善の注意と感度を保ちながら歌っていけたらと思っています。今年は100本ツアーがありますから、始まってしまうとめまぐるしい毎日だと思うので、それまでにどれだけ準備ができるかなのだとも思っています。何より行った先々で、みなさんにお会いできることを楽しみにしています。

取材後記


2022年にメジャーデビュー20周年という、記念すべき年を迎えた、森山直太朗さん。ananwebの取材では、新作のお話から普段のご様子まで、時に凛々しく時に楽しくお話ししてくださいました。「20周年は通過点」と語る直太朗さんのこれからのご活躍も応援しています。そんな直太朗さんのニューアルバムをみなさんも、ぜひチェックしてみてくださいね。

写真・北尾渉 取材、文・かわむらあみり

森山直太朗 PROFILE1976年4月23日、東京都生まれ。少年時代より一貫してサッカーに情熱を傾ける日々を送るが、大学時代より本格的にギターを持ち、楽曲作りを開始。その後、ストリートパフォーマンス及びライブハウスでのライブ活動を展開。2001年3月、インディーズレーベルより“直太朗”名義でアルバム『直太朗』を発表。2002年10月、ミニアルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビューを果たし、2003年「さくら(独唱)」のヒットで一躍注目を集めた。

2005年に音楽と演劇を融合させた劇場公演『森の人』を成功させ、2006年は御徒町凧の作・演出による演劇舞台『なにげないもの』に役者として出演。劇場公演としてはその後も2012年『とある物語』、2017年『あの城』を上演。音楽だけにとどまらない表現力には定評がある。

2018年10月~2019年6月まで、全51公演のロングツアー、“森山直太朗コンサートツアー2018~19「人間の森」”を全国各地で開催。2020年1月からNHK土曜ドラマ『心の傷を癒すということ』、4月からNHK連続テレビ小説『エール』に出演し、その演技力が評価された。

2021年8月からテレビ東京ドラマプレミア23『うきわ -友達以上、不倫未満-』に俳優として出演。9月には、歴代名だたるアーティストがカバーしてきた名曲「遠くへ行きたい」、10月には同年1月に全国公開され、森山も出演した映画『心の傷を癒すということ』主題歌として書き下ろした「カク云ウボクモ」、11月にはテレビ東京系ドラマ24『スナック キズツキ』エンディングテーマ「それは白くて柔らかい」を配信リリース。

2022年2月14日、シングル「愛してるって言ってみな」配信。3月16日にオリジナルアルバム『素晴らしい世界』をリリース予定。6月5日から「全国100本ツアー」を開催。10月には、デビュー20周年を迎える。

Information


New Release「愛してるって言ってみな」2022年2月14日配信

New Release20周年オリジナルアルバム『素晴らしい世界』

(収録曲)01. カク云ウボクモ02. 花(二〇二一)03. 愛してるって言ってみな04. 素晴らしい世界 05. boku06. papa07. 落日(Album Ver.)08. すぐそこにNEW DAYS09. 最悪な春(Album Ver.)10. さくら(二〇一九)11. されど偽りの日々12. それは白くて柔らかい

2022年3月16日発売*収録曲は全形態共通。

(通常盤)UICZ-9213(CD)¥3,300(税込)*ダブル紙ジャケット仕様。*初回プレス出荷終了次第、同価格の通常仕様(UICZ-4598)に切り替わります。

(初回限定盤)UICZ-9207(CD+詩歌集)¥5,500 (税込)【初回限定盤特典】・ボーナストラック3曲:さくら(二〇二〇合唱)、最悪な春(弾き語り)、ありがとうはこっちの言葉。・「森山直太朗 詩歌集」(全100曲、約200ページ)。*紙ジャケット&スリーブケース仕様。

(ファンクラブ限定盤)D2CT-1737(CD+詩歌集+DVD)¥7,700(税込)*ボーナストラック、詩歌集は、初回限定盤と同内容。【ファンクラブ限定盤特典】・DVD(森山直太朗ファンクラブツアー2020「十度目の正直」ツアーファイナル配信公演 完全収録)・ファンクラブ限定盤オリジナル ビジュアルしおり。*ファンクラブ盤はファンクラブ会員限定販売。

写真・北尾渉 取材、文・かわむらあみり

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?