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過度な競争心がもたらすもの

人間が成長していくためにはよき競争相手の存在が必要不可欠です。何もそれは勉強や仕事に限ったことではありませんアスリートや音楽家を見ていると、よきライバルの存在によってパフォーマンスが高められ、成長につながっているということがわかるのではないでしょうか。

よき競争相手とは、お互いの能力を認め合い、お互い敬意を抱き、切磋琢磨することでお互いが成長できるような存在です。このような競争相手がいることで、決して現状に満足することなく、さらなる高みを目指そうとする向上心が生まれ、それがお互いの成長につながります

しかし、現実にこのような競争相手を得ることは簡単なことではありません。多くの人が過度な競争心を抱いてしまい、お互いを認め合うのではなく、なんとか相手を押しのけて自分が優位に立ちたいと考えてしまうからです。ときには、相手のことを妬み、粗探しばかりをしている人も見かけます。なんとかして相手の足を引っ張ることはできないものかと考えてしまうのです。こうした行動が本人の成長につながることはありません。むしろ、様々な面で弊害をもたらすということができるでしょう。

今回は過度な競争心がもたらす弊害について考えてみたいと思います。


自分を見失う

過度な競争心がもたらす最も大きな弊害は、自分を見失ってしまう、ということです。どうやったら相手に勝てるか、相手を蹴落とせるかということばかりを考えていると、次第に相手との比較でしか自分を評価することができなくなってしまいます

自分は何がしたいのか、自分の成長にとって何が必要かという視点が失われ、「相手がこうしているから〜」、「相手が何点とっているから(あるいは賞をとっているから)〜」といった視点でしか物を考えられなくなってしまうのです。あくまで軸とすべきは自分であって、相手ではありません。

相手との比較は、それが自分の成長につながる場合のみ意味を持ちます。相手の粗探しをして悪口を言うだけでは、自分の成長にはつながりません。相手を貶めたところで、自分の能力が向上するわけではないからです。そんな無駄なことをしている暇があったら、自分自身を高める努力をするべきでしょう。競争心に囚われるあまり、自分自身のことが見えなくなっている人が多いようです。


お互いに情報を隠す

競争相手に対して一方的に過度な競争心を抱くあまり、お互いに成長し合うものという意識を失っている人もよく見かけます。こういう人は何か有益な情報があっても、それを周囲と共有しようとしません。しかし、単独で得られる情報量には限界があります。集団で情報共有・交換した方がはるかに効率的に情報収集ができるでしょう。それがわかっているにも関わらず、相手に得をさせたくないという一心で、その情報を自分だけのものにしておきたいと考えてしまいます。

これは親同士のグループで特によく見られる現象だと言えるでしょう。どこの塾に通っているか、どんな習い事をさせているかなどを隠したがる親をよく見かけます。しかし、そんなことをしてなんの得になるのでしょうか。冷静になって考えてみてください。あなたが良い塾や先生が見つけ、その情報を共有してグループ内の人たちが得をしたとします。すると、そのグループ内の他の親にも有益な情報を提供・共有しようというインセンティブが働くということが容易に予想できるのではないでしょうか。

1人より2人、2人より3人で調査をした方がより多く、より精度の高い情報が得られるのは当然のことです。愚痴やお互いにお世辞を言い合うだけのグループではなく、子供の成長のために有益な情報を交換して初めてグループを作る意味があると言えるでしょう。虚栄心に邪魔をされるということもあるのでしょうが、相手の得になるようなことをしたくないという一心で、逆に自分も利益を得る機会を失っているのです。本末転倒というほかありません。

成長できなくなる

自分自身を見失い、お互いに情報を隠すことがもたらす結果はなんでしょうか。それは自分の成長の機会の喪失です。人間が自分1人でできることといっても、たかが知れています。成長し続けるためには他者と関わっていくしかないのです。それを拒むことは成長を拒むことと同義だと言えるでしょう。

自分を見失えば、自分が何を目指しているのか、成長のために何をしなければいけないのかがわからなくなってしまいます。出口のない迷路を彷徨っているようなものです。明確な目的もないまま努力を続けることほど辛く、苦しいことはないと思います。そんな状態でも努力し続けられるほど強靭(特殊)な精神力を持った人は滅多にいないのではないでしょうか。

いくら自分だけが得をしたいと思っても、世の中はそんなに甘くありません。自分が有益な情報を隠していれば、相手側も有益な情報を提供しようとはしなくなります。お互いが自分の殻に閉じこもることで、せっかくの成長の機会をみすみす見逃す結果になっているのです。


音楽か勉強か

相談室を訪れたある親子の話です。子供は小さい頃から楽器を習っている高校生で、音楽の道に進むか勉強の道に進むか悩んでいました。私も趣味でチェロを続けており、音楽家の友人も多いことから、音楽の道に進んだときの厳しさはよくわかります。

しかし、子供の話を聞いていると、言いようもない違和感を覚えました。その話からは、音楽に関する情熱はあまり感じられず、同門の子に負けたくないという言葉や、他人を非難するような悪口ばかりが聞こえてくるのです。どうも「どうしても音楽がやりたい」という気持ちではなく、「同門の子に負けたと思われたくない」と言う気持ちだけで音楽の道に進みたいとっているように感じられてなりませんでした。本人の明確な意思が伝わってこなかったのです。

何度かカウンセリングを続けるうち、他人に対する悪口は徐々に少なくなっていき、そのうちポツンと、「本当はどうしても音楽の道に進みたいわけではない」や、「小さい頃から楽器を習っていて、先生や親も音楽の道に進んだら言ってくれているし、今更他に何をして良いのかもわからないから音大志望と言っている」と話してくれるようになりました。親も常に競争心を煽るような言葉をかけていたようです。自分を見失い、何を目標として良いのか分からない状況で抱えていたストレスが、他人への攻撃という形で表現されていたのかもしれません。

最終的に、この子は音楽の道に進むのではなく、音楽は趣味として続けながら一般の大学に進学することを決断しました。楽器の練習をしていたこともあって、毎日コツコツと努力を積み重ねることは得意です。集中力も身についていますので、順調に成績を伸ばして第一志望の大学に合格することができました。現在は大学生としての日常を楽しんでいるようです。今でも時々連絡をくれるのですが、「競争から解放されて音楽を心から楽しめるようになって、毎日がとても充実している」と話してくれたのが印象的でした。

最後に

子供が過度な競争心を持つかどうかは、親の行動次第だと言えます。一般に、親が競争をけしかけ、自分の子供と他人と比較して競争心を煽るような行為を繰り返していると、子供も過度な競争心を抱く傾向があるようです。親としては子供のために良かれと思って行動しているのでしょうが、それが子供の成長につながるとは限りません。むしろ子供の成長を阻害してしまう場合すらあるのです。

グループ内での情報交換に関しては、そもそも各メンバーが、情報を共有することによって得られるメリットに気付いていない場合もあります。もしグループ内で有益な情報交換が行われていないと感じたら、まずは自分が第一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。活発な情報交換が行われるようになれば、その恩恵を得られるのは他でもない、自分の子供なのです


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