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「本当の意味」で分数計算ができるようになるということ

数学のテストに向けて一夜漬けをする・・・学生時代に数学が苦手だった人の中には、経験がある方もいるのではないでしょうか。筆者も高校時代、授業で扱った問題がテストでそのまま出題されることを必死で祈りながら、前日に証明問題の解答を訳もわからず何回も書き写した記憶があります。一般的に数学・算数の概念は覚えるのではなく、理解することが重要とされていますが、概念から理解することは生徒にとってどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

キーテーマ

算数・数学

結論

教科書等のインプットにおける不適切な出題傾向が、生徒に誤ったバイアスを与えてしまっている。
算数・数学分野での誤答を防ぐためには、分数や掛け算などの数学的概念を本質的に理解することが効果的である。

問題提起:分数計算におけるバイアス

早速ですが、分数の問題にチャレンジしてみましょう。
この問題を見た時、皆様はどう考えるでしょうか?

結論から言うと、この問題に対する正しい反応は「なんだこの問題は?」です。
数式の解が示されておらず、枠を埋めるためには情報が不足しています。
仮にむりやり問題に答えてもらったとしても、本質的には+、ー、×、÷を選ぶ確率に差は生じないはずです。
しかし、アメリカの中学生にこの問題を解かせたところ、+、もしくはーと答えた生徒数が×、÷と答えた生徒の数を上回ったのです。

では、こちらの問題はどうでしょうか。

この問題も同様に、「適切な答えがない」が正解です。
しかし、アメリカの中学生の間では、×、もしくは÷と答えた生徒数が+、もしくはーと答えた生徒数を上回ったのです。

以上の観察により、これらの生徒は数学的には無意味かつ不適切なバイアスや出題傾向を、知識として持ってしまっていることがわかります。

なぜバイアスが生じてしまうのか?

この奇妙な現象の原因として、この論文の作者は授業で使われる教科書内の問題の種類の分布を指摘しています。
アメリカ国内で最も多く採用されている3つの教科書に関して、分数の計算に関する練習問題の傾向を調べたところ、以下の結果が得られました。

項同士の分母が等しい場合は、問題自体が足し算・引き算であることが多い。
項の内一つが整数だった場合は、問題自体が掛け算、もしくは割り算であることが多い。

もちろん、無意味にこのような出題傾向が生じているわけではありません。
教科書作成者からすると、「分数を足し算・引き算する際には分母をそろえなければいけないので、練習として分母が同じ数字を計算させる」「整数と分数の足し算・引き算は難易度が低いため、出題数を減らしてよい(分数同士の計算の練習量を相対的に増やすべき)」等の考えがあるのでしょう。

しかし、この出題傾向には大きな問題があります。
本来、計算する項の性質や種類と行う演算の種類には何ら関係性がないということです。
具体的にいうと、実生活においては分母が同じ分数同士を足し合わせなければいけないこともあれば、分母が異なる分数同士を足し合わせなければいけないこともあるということです。
同様に分数と整数同士で足し算をすることもあれば、分数と分数同士で掛け算をすることもあります。

ここで注目するべきポイントは、子供は私たちの想像以上に、こうした出題傾向等、数学的思考とは無関係な概念をインプット情報から抽出することが得意だということです。
教科書などのインプットを作成する側の私たちは、そのインプットが子供の理解にどのような影響を与える可能性があるのか、ということを常に考慮しないといけないと言えるでしょう。

バイアスが与える悪影響

こうしたバイアスは実際に問題を解く際にも悪影響を与えます。
分数計算において頻出する間違いとして、以下のようなものが挙げられます。

なぜこのような間違いが生じてしまうのかを考察すると、「項の分母が等しいという情報が解の導き方を考える際にノイズとなってしまっている」、という仮説が浮上します。
教科書の出題傾向から生じてしまったバイアスが、生徒の誤った選択につながってしまうのです。

分数の「本当の意味」を理解するということ

誤ったバイアスによって生じてしまうこうした間違いを、私たちはどう防げばよいのでしょうか?
もちろん「教科書の出題傾向を改善する」ということは一つの施策として挙がりますが、もう一つ、より本質的に解決しなければいけない課題があります。
それは、分数計算の「本当の意味」を生徒に伝える、ということです。

上図の二種類の間違いを比べてみてみましょう。
右側の間違いの方がなんとなく「わかりやすい間違いだ」と感じたひとが多いのではないでしょうか。
実際に子供の間でもこうした傾向はみられ、左のような間違え方は頻出するものの、右のような間違え方をする生徒はほとんどいないことが知られています。

この違いは、生徒が分数に比べて自然数という概念をより本質的に理解していることから生じるものだと考えられています。
自然数の方が概念としてわかりやすく、且つ日常的に触れる機会が多いからです。
私たちは何かしら解決しなければいけない課題に直面した時に、自身の脳内の引き出しから課題解決のための手法を選び出すことが求められます(学問的にはこの行為をGoal Sketchingと呼びます)。
その課題で扱っている概念についての理解が高ければ高いほど、より適切な手法を選択することができ、逆に不適切な手法を排除することができるのです。

二つの間違いの比較に戻ると、分数、そして掛け算という概念への本質的な理解が不十分であることが、間違いの取りこぼしにつながってしまうのです。
逆に言うと、こうした理解を育むことは、生徒が自分の誤りに気づきやすくするためにも非常に効果の高い方法であるといえるでしょう。
分数に限らず、「1より大きい数で割るとより元の数字より小さくなる」「確率は100%を超えることはない」など、算数・数学のあらゆる分野においてこうした理解すべき概念は存在します。

「本質的な理解」を積み重ねることで、自分の間違いに気付ける

留意点

紹介された出題傾向はアメリカの教科書に関するものです。
エビデンスレベル:観察研究、メタアナリシス

編集後記

数学・算数の得手不得手について話すときに、「センス」という言葉が使われることが多いですが、今まで学習してきた概念を本質的に理解し続けられてきたかどうかの蓄積が、こうした「センス」に寄与する要因の一つではないかと感じました。

文責:山根 寛

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過去記事のまとめはこちら

The Sleep of Reason Produces Monsters: How and When Biased Input Shapes Mathematics Learning
Robert S. Siegler, Soo-hyun Im, Lauren K. Schiller, Jing Tian, David W. Braithwaite
Annual Review of Developmental Psychology 2020 2:1, 413-435


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