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宇宙最大の天体 銀河団のダイナミズム

銀河団は宇宙で最大の天体です。

大きさは約1千万光年、重さは太陽質量の10¹⁴倍から10¹⁵倍にもなり、我々が住む銀河系(天の川銀河)のような銀河が数十から数千含まれます。

すばる望遠鏡のような可視光の望遠鏡(光学望遠鏡)で銀河団を観測すると、銀河団は銀河の集団として見えます。一方、X線天文衛星で観測すると、銀河団は全体がぼんやりとした光のかたまりとして見えます。

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この光の正体は温度が1億度にもなる高温ガスです。銀河団ガスと呼ばれます。銀河団に充満するこのガスの質量は大変大きく、銀河団の中のすべての銀河の質量を足し合わせたものをはるかに上回ります。

しかし銀河団の質量全部を説明するのには足りません。

ダークマターと銀河団

高温のガスは、含まれる粒子の速度が大きく飛び散りやすい性質を持っています。それが飛び散らずにいるということは、銀河団には見えない重力源、つまりガスの質量を大きく上回るダークマター(暗黒物質)が分布し、ガスを引き留めていることを示しています。

そして、銀河団は現在も、周囲の物質(ダークマターやガス)を重力で引き付けながら成長しています。

ダークマターは直接観測することはできません。しかし、高温ガスはX線で観測できます。高温ガスの運動はダークマターの運動とよく関連していると考えられるため、その運動を明らかにすることで銀河団がダイナミックに成長する様子を調べられます。

とは言え、ガスの運動を観測するといっても、動いている様子を動画として記録することはできません。銀河団の進化は大変ゆっくりで、成長でその姿が大きく変わったのを認識できるようになるためには数億年はかかります。

そこでドップラー効果を使います。これは救急車のサイレンの音の高さ(音波の周波数)が、救急車が近づいてくるときと遠ざかるときとで変わる効果のことです。 

光も、音と同様に波なので、ドップラー効果があります。銀河団からのX線の中には、鉄のような重い元素が出すX線(X線輝線)が含まれます。各元素のX線輝線のエネルギー(X線天文学では周波数をエネルギーに対応させます)は決まっているのですが、元素を含むガスが運動しているとそのエネルギーが変わります。XRISM は輝線のエネルギーを精密に測定するので、ガスの運動を高精度で検出できます。

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図2はA2029銀河団からの鉄の輝線を XRISM で観測したらどう見えるかをシミュレーションしたものです。図で山として表されているのが輝線です。XRISM を使うと、輝線が出ているエネルギーを高い確度で測定できますし、この”山の形”もくっきりと見ることができます。そのため、高温ガスがどのように運動しているか、例えば渦巻いて乱流になっている様子まで 調べられます。

宇宙最大の加速器

図1で紹介したかみのけ座銀河団は、2つの銀河団が衝突・合体をしてさらに大きな銀河団に成長しているところだと考えられています。そして、この銀河団については、電波観測により全域に宇宙線が分布していることがわかっています。

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宇宙線は電子や原子核といった粒子がほぼ光速まで加速されているものです。地球では自然放射線として観測されています。銀河団で粒子が光速付近まで加速されるメカニズムはよくわかっていないのですが、銀河団衝突に伴って発生する銀河団ガスの乱流がその原因とする説が有力です。XRISM では、かみのけ座銀河団の乱流を観測し、宇宙最大の加速器として働く銀河団の姿を解明しようとしています。

ブラックホールと銀河団

多くの場合、銀河団の中心には太陽の質量の1億倍を超えるようなブラックホールが存在します。このブラックホールは周囲のガスを飲み込んで成長します。そのとき、ジェットと呼ばれる高速ガス流を射出して莫大なエネルギーを放出します。ジェットは銀河団ガスと衝突し、銀河団ガスを揺さぶったりかきまぜたりしながら銀河団ガスを加熱します。

ブラックホール付近の銀河団ガスは、強いX線を放出することでエネルギーを失って冷えているのですが、このジェットによる加熱のために、まるでエアコンのように冷えすぎないよう温度が保たれているという説があります。

でもこの説が十分検証されているわけではありません。そこでXRISM はブラックホール周囲のガスの運動を検出することで、このブラックホールが関わった宇宙の温度調節機構の解明も目指しています。

図3はペルセウス座銀河団の中心部の画像です。ジェットの活動で形成されたと思われる銀河団ガスの複雑な構造が見えます。XRISM は、打ち上げ後の早い時期に、このペルセウス座銀河団を観測する予定です。観測結果は、ガスの構造がどのようなガス運動と対応しているのを教えてくれるでしょう。

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私たちは星のかけら -元素の工場と流通ルート

宇宙の重い元素、特に皆さんの体を作る、炭素、窒素、酸素、鉄といった元素は銀河の中で生まれた星の中で合成されるのですが、現在は宇宙全体に広く分布しています。XRISM はそういった重い元素が具体的に宇宙空間に広がっていく様子も解明しようとしています。

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図4はおとめ座銀河団の中心部のX線画像です。ひものような構造が見えますが、おそらく重い元素を多く含んだガスが、中心の銀河のブラックホールの活動で生じたガスの流れに乗って、内側から外側に向かって広がっていくところだろうと予想されています。

XRISM はおとめ座銀河団のこのひもの部分を観測し、実際に重い元素がたくさん含まれていること、ひもの部分が外側に向かって動いていることを確認することで、この宇宙が様々な元素に満ちた世界になった過程を解き明かそうとしています。

(執筆:藤田 裕)

▼オンライン講演会 おうちで天文・宇宙2021、「銀河団」

▼XRISM公式ウェブサイト


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