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最初に思い出す人、最後に思い出す人、そして忘れ去られる人

ちょっと、「自分の売り込み」の歴史について、書き残しておこう。

ボクの経営コンサルっぽいキャリアは、2003年に始まったらしいので、おおよそ15年くらいたった。

初めは、「最初に思い出す人」戦略をとった。

つまり、いろんな人の脳裏に、「オレ」を焼き付けてもらって、何かあれば、真っ先に思い出し、そして、「オレ」に連絡をくれるようにする、というもの。

具体的には、こんな感じだ。

なので、たくさんのクライアントから、「こんな案件あるんだけど、やってもらえる?」的相談を、かなり早い段階でもらうことができるようになった。

そして、おおよそ、2008年くらいには、経営は安定した。つまり、コンスタントに仕事が舞い込んでくる感じになった。そしたら、次のスッテプへ行く時だ。なので、

次に、「最後に思い出す人」戦略へ移行した。

つまり、いろんな人の脳裏に、「オレの実績」を焼き付けてもらって、何か問題が炎上して、困り果てたとき、ふと思い出し、そして、「オレ」に連絡をくれるようにする、というもの。

具体的には、こんな感じだ。

なので、いくらかのクライアントから、「もう二進も三進も行かなくなってるんだが、どうにかしてもらえる?」的相談を、かなり手遅れな段階でもらうことができるようになった。

こんなギャンブル案件ばっかりだと、自分の人生までギャンブル化してしまうが、すでに、経営基盤は安定してるわけだから、2~3割、ギャンブル案件が舞い込んでこようが、生きていく上で困らない。しかも、なかなかエキサイティングなんだ、こういう案件は。

日々、こんな感じだ。

そして、おおよそ、2016年くらいには、冒険の人生も充実した。つまり、コンスタントに生きていく上での仕事をこなしつつ、ときどき、心臓バクバクさせながら激闘に身を投じる感じになった。そしたら、次のスッテプへ行く時だ。なので、

最後に、「忘れ去られる人」戦略へ突入した。

つまり、いろんな人の脳裏から、「オレ」も「オレの実績」も忘れてもらって、なんかの拍子にふと思い出し、そして、「オレ」に連絡をくれるようにする、というもの。

具体的には、こんな感じだ。

学校の先生は、生徒にいろんなことを教えたり、相談にのったりするけれど、その生徒の代わりに生きてあげるこったーできねー。経営コンサルだってぇ、おんなじで、経営上の諸問題の相談相手になってあげたり、場合によっては、難問解決を代行したりすることはできるが、それはスポットでの話だ。あとは、自分でやっていけ、というのが基本スタンス。

なので、全クライアントから、「本当に引退しちゃうんですか?」的質問を、冷やかしではなく、かなり真実味をもってしてもらうことができるようになった。

ってなわけで、今は、引退後の戦後処理でゴタゴタしてるけど、それもあと数年だ。数年後には、跡形もなく、みんなの意識から消え去っていて、ある日突然、同窓会のお誘いでも来るんだろう、と思う。そん時は、当然、欠席だ。

オレは、縁側から離れない。

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