鮮明だけど不正確 ~フラッシュバルブ記憶~

認知心理

リンカーン暗殺,ジョン・F・ケネディ暗殺,チャレンジャー号爆発,サッチャー解任‥

世界史の復習でもしてるんですか?

いや,フラッシュバルブ記憶が報告されている歴史的事件をピックアップしていたんです。

どうりでショッキングな出来事ばかりだと…。

フラッシュバルブ記憶は,そういった強烈な出来事に結びついた記憶のことをいいます。そのニュースをどこで誰と聞いたかなど,細かいところまで鮮明に長期間覚えているのが特徴です。

東日本大震災とかもあてはまりそう。

日本人にとっては確かにあの震災が該当しそうですね。
まあ,今回はアメリカの研究を取り上げるので,彼らにとって21世紀最大の衝撃を与えたあの事件を取り上げます。

レディー・ガガの生肉ドレス?

違います笑

2001年9月11日,ササキ少年の場合

私が寝室に入ると,母親と妹がテレビを見ていました。花柄のカバーがかかったベッドに2人が座っています。昼下がりの明るい光が差し込んでいて,気温は快適でした。テレビ画面を見ると,高いビルに飛行機が突っ込んでいます。右側から,静かに躊躇することなく突撃していく様は,映画やアニメにしては演出不足です。まだ小学校にも上がっていなかった私にその重大性はわかりませんが,母親のリアクションから,これがありふれたニュースではなさそうだということは察しました。

その後,ニューヨークに住んでいる従妹が生で事件の瞬間を目撃したらしく,かなりショックを受けているという知らせが入ってきました。皆がソワソワしている中,なんとなくその緊張感に乗り切れないなと思いながら,廊下をてくてく歩いてリビングに向かいました。

これが,史上最悪の同時多発テロとして知られる9・11事件に関する私の思い出です。遠い国の現実離れした映像が,従妹たちの存在によって少しだけ私の日常に侵入したときの感覚は,非常にはっきり覚えています。

しかし,この記事を書くにあたって9・11について軽く調べなおしてみたところ,この事件は日本時間の午後9時45分だったということが分かりました。

「昼下がりの明るい光が差し込んでいて,気温は快適でした。」

先ほど自分で書いた文章ですが,既にこれは事実ではなさそうです。それにも関わらず,私の記憶の生々しさは変わりません。理屈では揺らいでも,それがあったという実感は少しも揺らぐことがないのです。

さて,困ったことになりました。私があの事件の記憶に対してもっている自信は,その正確性をどれだけ反映しているのでしょうか

論文紹介

Talarico, J. M., & Rubin, D. C. (2003). Confidence, not consistency, characterizes flashbulb memories. Psychological science, 14(5), 455-461.

問題の所在

以前からフラッシュバルブ記憶の正確性については議論がありましたが,十分な統制下での実験は行われていませんでした。歴史的な大事件は突発的に発生するため,それに合わせて準備するのが難しかったからです。

本研究では,9・11事件の翌日に第1回目の質問紙調査を行い,それとその後の結果を比較することで,フラッシュバルブ記憶の正確性について明確な結論を得ようとしています。

手続き

2001年9月12日(事件の翌日)の朝,デューク大学の学生54名に質問紙調査を行いました。
そして,彼らを18名ずつの3群に分けて,それぞれ7日後,42日後,224日後に同様の調査を行いました。

主な項目は以下です。

  • 9・11事件のニュースを聞いた時にどうしていたか(どこで,誰と,どうしていたかetc.)
  • 9・11事件以前の3日以内にあった,日常的な出来事についての記憶
  • 記憶内容への自信
  • 記憶内容の鮮明さ
  • その他(感情面でのインパクトなど)

結果・考察

【記憶の一貫性】
・事件翌日のアンケートとその後の記憶内容を比べると,9・11事件に関するものも,日常に関するものも同じように低下していた。
フラッシュバルブ記憶が特に正確であるということはできなさそうです。

【記憶に対する自信】
●9・11事件の記憶に関する自信は,時間が経っても高い水準のまま変化しなかった。
●日常の記憶では,時間経過と共に低下していた。
フラッシュバルブ記憶は,通常の記憶に比べて強い自信が長続きする傾向がみられました。

【感情面でのインパクト】
●事件によって受けたインパクトと,その後の記憶の一貫性の間に,有意な関係はみられず。
●一部の感情に関する項目は,記憶への自信と相関関係があった。
ショッキングだったからといって,正確な記憶が残るとは言えなさそうです。

周到な準備と瞬発力

この実験の最大の価値は,やはり事件の直後にデータを取ったことでしょう。そのスピード感には脱帽です。

しかも,ここではかなり省略してしまっていますが,質問紙にはよく考え抜かれた約40問の項目が含まれています。これは一晩なんかで作れるものではないので,事前に用意したものでしょう。いつ来るとも知れないチャンスの為に行っていた周到な準備が功を奏したというわけです。

日本で最近会った国民的な大事件と言えば,文句なしに東日本大震災でしょう。軽く探した範囲では,これを題材にしてフラッシュバルブ記憶を検討した研究は見当たりませんでした(あったらすみません)。本当にないとしたら,結構残念なことです。

皆さんは大震災の時の記憶がどれくらい残っているでしょうか?
私は卒業旅行で九州に来ていて,ニュースを聞いたのは宿へ向かうバスの中で‥。

この論文によれば,この記憶の正確性も推して知るべしです。しかし,それでもなお,自分の記憶に対する自信が揺るぎません。どうせなら,日記でも書いておけばよかったです。後の祭りではありますが。

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