目次

  1. 権限委譲とは 「デリゲーション」とも
    1. 権限委譲の目的
    2. 権限移譲と権限委譲の違い
  2. 権限委譲のメリット
    1. 部下の成長が促進される
    2. 社員の個性が発揮されやすくなる
    3. 上司が本来の業務に集中できる
  3. 権限委譲のデメリット
    1. 準備不足の部下に実施すると逆効果となる
    2. 準備不足の上司が実施すると部下の成長が阻害される
  4. 権限委譲の事例
    1. 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    2. 株式会社リクルートスタッフィング
    3. 権限委譲を成功させるためのポイント
    4. 委譲する内容の範囲を決めて両者の合意のもとで実施する
    5. 指揮命令系統のルールを定義して社内周知を徹底する
    6. 組織内の心理的安全性を確保する
  5. 権限委譲を導入する際のプロセス
    1. 目標の決定
    2. 環境の整備
    3. 適任者の選定と目標の共有
    4. 実行とサポート
  6. 用意周到な準備による権限委譲が組織の成長を促す

 権限委譲(けんげんいじょう)とは、組織内で上位にある立場の人が持っている権限の一部を、下位の立場にある人に委ねることです。

 具体的には、上司が自分の権限の一部を部下に委ねて業務を任せることを指します。英語では、一般的に「delegation of authority」と表現され、日本のビジネスシーンでも「デリゲーション」と表現されることがあります。

 権限委譲の例としては、「上司が主催する会議で、本来、上司自身が議長となって行う議題の設定や議論の進行に関する権限を部下に与える」や「上司が担当している特定の案件について、本来は上司自身が取引先との交渉を行うが、一部の取引先のみとの交渉を部下に任せる」などが挙げられます。

 同じような意味で使われる言葉に「エンパワーメント(empowerment)」というビジネス用語がありますが、エンパワーメントにはさまざまな実践方法があり、権限委譲はエンパワーメントを実践する方法の一つです。

 権限委譲の一番の目的は、組織力の強化を図ることです。人手不足が慢性化した状態にある多くの企業では、社員一人ひとりが持てる能力を最大限に発揮してもらうことが求められます。

 権限委譲は、部下の当事者意識を持って自ら主体的に考え、決断し、業務を遂行していく能力を養うのに有効な手段です。

 また、上司は権限委譲を行うことで、部下の育成に取り組みながら、より重要度の高い意思決定事項についての時間を確保することができます。

 類語に「権限移譲」という用語がありますが、権限移譲は文字通り権限を「移す」という意味であり、通常は上司と部下のような上下関係ではない「対等な立場にある社員同士」の間で権限を移行させることを指します。この場合、移譲された権限に基づく業務に対する責任も合わせて移譲されるのが一般的な認識です。 

 一方、「権限委譲」は上司が部下に権限の一部を「委任する」という形が取られますが、委任された業務を遂行した結果に対する責任自体は、委任した上司に残ります。

権限委譲 権限移譲
上位にある立場の人が下位にある立場の人に対して行う 対等な立場にある社員同士で行う
責任は上位にある立場の人に残るのが一般的 責任も合わせて移譲される

 したがって、権限委譲された部下が業務にあたった結果、望ましい成果を挙げられなかったとしても、その結果に対する責任は上司が負うのが一般的です。

 ここでは、権限委譲の主なメリットを三つ紹介します。

 権限委譲を行ったら、部下は上司に相談しながらも自身で意思決定を行い、業務を遂行していきます。自分が与えられた権限の範囲で意思決定を行って仕事を進めていくことは、部下にとって実践に基づいた気づきや学びが多く得られるメリットがあります。

 また、権限委譲は、結果が望ましいものでなかった場合でも、その責任は上司が負うという前提で行うのが基本です。そのため、部下は失敗を恐れずにチャレンジできます。

 部下はチャレンジの結果、何が上手くいって何が上手くいかなかったのかを冷静に振り返ることができ、経験の一つひとつが成長につながっていきます。

 権限委譲を行うことで、部下は上司とは異なるやり方での業務遂行が可能になります。

 業務の内容によってはそれまでのやり方を踏襲することが前提の場合もありますが、新しいテクノロジーやツールを活用するなど、新しい方法を試す機会を得られる可能性もあるでしょう。 

 例えば、従来は手作業が中心で行われていた業務フローに対して、部下に業務遂行の権限を委譲したことにより、部下が新しいツールを導入して業務の半自動化を実現することもあるかもしれません。その例をヒントに、社内の他の部署でも新しいツールの活用について積極的に取り組む意識が生まれる可能性があります。

 このように、権限委譲により部下の個性を活かした方法で業務に取り組めるようになると、それが組織全体にも新しいアプローチへの可能性を示すことになります。

 現代の上司は人手不足の組織の中にあって、その役職や立場の事情から多くの担当業務を抱えています。

 管理職として業務過多になりがちな業務の一部を部下に権限委譲すると、上司は重要な意思決定を効果的かつ効率的に行うための時間を確保可能です。

 結果として、上司自身の生産性が向上し、組織全体へのメリットにつながります。

 次に、権限委譲の主なデメリットを二つ紹介します。

 権限委譲は、適切に実施できれば組織にとって大きなメリットが期待できるものですが、どんな部下にも機能するわけではありません。

 部下の準備状況に配慮せずに権限委譲が行われると、以下の事態を引き起こすリスクがあります。

  • 業務を適切に進められない可能性が高くなる
  • 成果を挙げられないことで自信を無くす
  • モチベーションが下がってしまう

 そのため、委譲を行う際には、部下がその業務の本質と重要性について正しく理解しているか見極める必要があります。

 逆に、部下の準備状況が整っている場合にも、権限を委譲する上司の準備が不足していることで、権限委譲のデメリットとなる可能性があります。例えば、表面的に権限を部下に委譲すると社内に宣言し、その後のフォローもせずに一方的に業務を部下に押し付けてしまうようなケースです。

 これは明らかに上司側の準備不足であり、そのような権限委譲を行うと、以下のようなリスクを生み出す危険性があります。

  • 部下は上司や経営陣に対する信頼を失う
  • 部下の仕事へのモチベーションを大きく下げてしまう

 部下に権限委譲を行う場合、上司はその業務の範囲やそれまでに進めてきた関係各所との状況を部下に説明し、理解させたうえで実施しなければなりません。

 実際に、どのような企業が権限委譲を行っているのか紹介します。

 株式会社JR東日本テクノハートTESSEIは、JR東日本館内を走る新幹線車両の清掃整備事業を柱とする会社です。駅や車両を清掃スタッフ一人ひとりのパフォーマンスを発揮するステージと捉え、積極的に現場のリーダーを育成し、可能な限りの権限委譲を行ってきました。

 高い清掃の技術力とチームワークによって、最短7分間で最大17車両の清掃などを実現し、スタッフがそれぞれお客様のためにできることを現場で考えた結果、日本サービス大賞の国土交通大臣賞を受賞しています(参照:日本サービス大賞|サービス産業生産性協議会)。

 2004年頃から進めている「ユニット経営」では、40人前後で構成される一つのユニットを小さな会社に見立てて権限委譲を行っています。チーム単位で営業利益を確保することにコミットさせて、現場の社員の経営感覚を育てています。

 2022年には、年齢や性別、雇用形態に捉われず、従業員一人ひとりの多様なポテンシャルを最大限に活かす「多様な個のポテンシャルの開放~Unleash your potental~」というコンセプトの新しい人事制度を発表しました(参照:2022年10月より、全従業員1,875名を対象に新人事制度を導入|株式会社リクルートスタッフィング)。

 権限委譲の成功には、押さえておくべきポイントがあります。

 権限委譲を行う際は、業務のどの範囲についてどのレベルまでの権限を委譲するのかを明確にし、委譲する側とされる側が事前に合意しておくことが重要です。

 権限委譲では、部下が実施した業務の結果についての責任は上司に残るため、委譲対象の具体的な内容について、特に部下の認識があいまいな状態で進めてしまうと、上司との認識のずれによって大きな責任問題を引き起こす恐れもあります。

 権限委譲は、当事者である上司と部下だけが理解していればよいわけではありません。組織の中で誰の権限が誰に委譲されているのかについて正しく共有されていなければ、関係各所との協働や連携に支障をきたしてしまうからです。

 権限委譲を実施し成功させるには、組織内の指揮命令系統のルールを日頃から関係各所に周知し、変更が生じたら随意共有することを徹底する必要があります。

 権限委譲は部下の成長や上司の生産性向上などが期待できるものですが、組織内の心理的安全性が確保されていることが大前提です。

 部下が心理的安全性が確保されていないと感じている職場環境では、権限委譲されることによって心理的な負担が増える恐れがあります。その場合、仕事に対するモチベーションとパフォーマンスそのものを下げてしまう可能性が考えられます。

 権限委譲による部下の成長を促したい場合は、実施前に心理的安全性の確保ができているかを具体的に確認することが重要なポイントの一つです。

 権限委譲には、適切な準備が必要です。実際に導入するときは、次のようなプロセスで進めることができます。

  1. 目標の決定
  2. 環境の整備
  3. 適任者の選定と目標の共有
  4. 実行とサポート

 それぞれ解説します。

 はじめに、自社の組織で権限委譲をどのような目的で実施するのかを明確にし、その目的のために掲げる目標を決定します。

 どのような成果や結果を目標とするのかをあらかじめ明確にしておくことによって、実施した権限委譲が適切だったか、改善の余地はどこにあるかについて、より適切かつ具体的に判断できます。

 目標が決定されたら、その目標を達成するために必要な社内環境が整っているかを確認します。

 例えば、エンパワーメントの一環としての権限委譲により部下の成長を促す場合、社内の各職場において心理的安全性が確保されているか否かは、成功か失敗をわける大きな要因です。

 委譲された権限を行使して業務を行うことに対して、一人の人として敬意を払い、尊重するまなざしで上司をはじめとする周囲の同僚社員が応援する、心理的に安全な環境が整っているかを確認する必要があります。

 環境の整備が確認できたら、権限委譲を行う上司とそれを受ける部下の適任者のペア候補をそれぞれ絞ります。その候補者の中から、目的と目標に沿って最終的な実施対象者を選定し、実施に関する目標について、お互いがしっかり共有できる機会を設けます。

 プロセスの最後は、具体的な権限委譲の実行とその後のサポートの実践となります。実践が開始されたら、対象の部下の経験値、モチベーション、ポテンシャルなどを見つつ、上司は心理的安全性の確保に配慮しながら、基本的には部下の業務進行の様子を見守りましょう。

 その間、部下の相談に応じながら、委譲した権限を部下が適切に把握して学びと経験を得られるように、励ましながらサポートします。

 権限委譲は、適切に実践できれば部下だけでなく、上司の成長とパフォーマンスの向上に大きく貢献する可能性がある手法です。

 しかし、その適切な実践には十分な事前準備が欠かせません。安易に上司の権限を部下に丸投げするような権限委譲にならないようにすることが重要です。

 当事者となる上司と部下の状況をよくヒアリングして用意周到な準備をすれば、組織全体のパフォーマンス向上につながる権限委譲の実践が可能になります。

 この記事を参考に、権限委譲の導入に取り組んでみてはいかがでしょうか。