【スポーツマンシップを考える】 なぜ、いまさらスポーツマンシップなのか(後編)

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尊重・勇気・覚悟

 スポーツマンシップは、スポーツを愉しむ上で重要な概念で、スポーツを通して育むべき大事な心構えであることは共通了解になっているものの、一義的な定義がなされているわけでも、世界中で統一された見解が示されているとわけでもない。時代の中で変化するスポーツの価値やあり方、スポーツマンの意義やあり方によって変化していくものだといえる。

 「リーダーシップ」がリーダーとして必要な能力・技能・気概などをさすように、「スポーツマンシップ」もスポーツマンに求められる能力・技能・気概であるといえる。ではスポーツマンとはどのような人をさすのだろうか。

 日本の国語辞典『広辞苑』で「スポーツマン」を引くと「運動競技の選手。またスポーツの得意な人」と書かれている。一方、英英辞典『POCKET OXFORD DICTIONARY(1969年版)』では「sportsman」は「good fellow」と訳されている。「よき仲間」「いいやつ」というわけである。運動にかかわる要素が全く含まれていないことに驚かされるが、どちらの訳がスポーツマンシップを考える上でのスポーツマンの意味としてふさわしいだろうか。運動能力、運動頻度、スポーツ愛好度などといった身体活動としての要素以上に、内面や精神に関わる倫理的意味合いが重視されているほうがしっくりくるように感じる方も多いだろう。

 私たち日本スポーツマンシップ協会では、以下の3つのキモチを備えている人をスポーツマンと定義している。


・尊重(Respect)
プレーヤー(対戦相手、仲間)、ルール、審判に対する尊重。スポーツを愉しむために欠かすことのできない、自分ではコントロール不可能な他者やものを大切にする精神。

・勇気(Challenge)
ミスやリスクを恐れず、自ら責任を持ち決断・行動・挑戦する勇気。自分自身を研鑽し、克己するために欠かせない、自分を行動・挑戦させるためのアクセルとしての精神。

・覚悟(Enjoy)
勝利をめざして自ら全力を尽くし、立ちはだかる苦難・困難をも受け止め、最後まであきらめずに愉しむ覚悟。他者と自分、勝利とGood Gameなどの複雑な課題の両立をめざしながらすべての結果を受け止める精神。


 「sportsman」は元来「信頼される人物」に対する称号として使われていた言葉である。スポーツの構造を深く理解し、愉しむことができる人。自らを律することができる、他人から信頼されるかっこいい人。そんなふうに、スポーツ本来の意味や価値を理解し、スポーツマンシップの意義を理解し実践できるGood Fellowこそが「スポーツマン」だといえるのである。だからこそ、スポーツマンシップの本質を考えていく上では、男女やその他のさまざまなジェンダーにかかわらず、信頼に足る人物のことを「スポーツマン」という一語で表現するこの称号の意味合いを大切にすべきであると考える。

人格的な総合力を身につける

 日本スポーツマンシップ協会では、スポーツマンシップは「Good Gameを実現しようとする心構え」と定義している。Good Gameを実現するための条件とは、スポーツに参加するすべてのプレーヤーが、先に述べた3つの気持ち「尊重(Respect)」「勇気(Challenge)」「覚悟(Enjoy)」の精神を発揮し、スポーツマンらしく振る舞うことである。

 相手、仲間などのプレーヤー、ルール、審判に対する「尊重」は「フェアプレー(Fair play)」と結びつく。失敗を恐れず挑戦する「勇気」は自己成長・自己研鑽に導く。そして、勝利をめざしてすべてを愉しみ抜く「覚悟」は他者と自己を結ぶ友情や、スポーツそのものの構造を理解することへとつながっていく。これらは、プレーヤー、アスリートが競技を通じて身につける人格的な総合力、すなわち人間力向上へと大切な要素だといえよう。

 スポーツマンシップはゲームの中だけに限定した概念ではない。真のGood Gameを実現するために、そして、Good Fellowとして信頼されるためには、ゲームのときにだけよき振る舞いをしているだけでは十分とはいえない。ゲームに臨む過程でもいいプレーができるように、知性・精神・肉体を磨き上げることが求められ、また、ゲーム終了後には結果を問わず人格者としてふるまいが求められる。ひいては、スポーツに関わらない日常生活のすべてを愉しみながら、人間力を鍛えることが重要になる。

 ゲームも勝敗も、スポーツを愉しむための手段にすぎない。スポーツ本来の魅力は、こうした手段を通じて「よき人格者に必要な要素を身につけること」だといっても過言ではない。ただただ、勝った、負けた、成功した、上達した、といって一喜一憂するのではなく、人生を歩んでいく上でも応用できる汎用的な知見を手に入れることができるスポーツの価値に着目しながら、総合的な人間力を磨くことの大切さを理解して、プレーヤーたちを導けるようにコーチングに邁進したいもの。

 「Good Gameを実現しようとする心構え」がスポーツマンシップだが、それは「スポーツをする上での心構え」であり、「スポーツの原理を理解し実践する覚悟」のことであるともいえよう。

広がるスポーツマンシップの輪

 2018年6月に誕生した日本スポーツマンシップ協会だが、創立5年半が経過した。創立直後と比較しても、スポーツマンシップ教育のニーズが確実に広がりつつあることを実感している。

 先述のように、慶應義塾高校野球部・森林貴彦監督にスポーツマンシップについて伝えて以降、彼らはこの概念を核にしながらチームづくりを進めてきた。昨夏、同校は第105回全国高等学校野球選手権大会を制したが、彼らが大会を勝ち進むことで、チームの核に据えたスポーツマンシップについても着目していただくことになった。

 スポーツマンシップの学びは、 「 Liga Agresiva(リーガアグレシーバ) 」 と名付けられた高校野球におけるリーグ戦形式の取り組みの中でも広がりを見せている。主宰するのは、ドミニカ共和国における野球指導のあり方に刺激を受け、現在、堺ビッグボーイズで指導にも当たる阪長友仁氏だ。

 負けてもその学びを活かして、再びチャレンジできるリーグ戦形式の利点に着目し、春夏秋に開催されるトーナメントの大会とは別に全国各地で行われる秋の練習試合を地域ごとにリーグ戦化。選手の安全性を守りながら、よりチャレンジしやすい独自のルールや用具を導入したり、ラグビーでは当然の文化となっているアフターマッチファンクション(試合後にプレーヤー同士が感想を語り合い交流する)を実施したりすることに加え、全チームがオンラインミーティングツールを活用してスポーツマンシップを学ぶというのが大きな特徴となっている。試合そのものを目的とせず、リーグ戦を通じて、選手及び指導者の成長や可能性を引き出すことで、日本における野球の社会的価値の向上をめざしているという。

 2023年夏の甲子園では、Liga Agresiva参加校の中から、優勝した慶應義塾高校をはじめ、ベスト8進出を果たしたおかやま山陽高校、そして、東京学館新潟高校、立命館宇治高校の4校が躍動した。2015年大阪6校で始まった取り組みだが、2020年のスポーツマンシップ授業導入後も参加校が増え、全国150校を超える取り組みへと進化しつつある(2023年末現在)。

 また、もうひとつ紹介したいのが、日本スポーツマンシップ協会が展開する資格認定講習会 「 JSA Sportsmanship Coach Academy 」 である。2020年7月にスタートして以来、この講習会を履修し、資格取得してくださった「スポーツマンシップコーチ」の数も2023年末現在で360人超となった。この中には、先にご紹介した森林氏、阪長氏、元・プロ野球選手など多くの野球関係者も含まれている。

 これまでに、さまざまな競技に携わる指導者やプレーヤー、教員、保護者など多岐にわたる立場の方々が受講してくださっているが、オンライン講習を中心として展開してきたことから、全国各地(一部は海外)から参加してくださっているのも特徴だ。指導者講習の制度はどうしても競技ごとの縦割りになってしまいがちだが、スポーツの垣根を超えて、あるいは保護者やプレーヤーなどといった立場を超えて学びを深める気持ちいい仲間たちに出逢えることも、魅力のひとつになっている。

 スポーツマンシップは、イングランド発祥の伝統と歴史ある古い言葉であることはたしかだが、現代におけるスポーツコーチングにおいて不可欠な新しい概念でもあるといえる。本連載を通して、野球というスポーツを通して学び実践すべきスポーツマンシップについて、みなさんとともに考えていきたいと思う。

中村聡宏(なかむら・あきひろ) 一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長 立教大学スポーツウエルネス学部 准教授 1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。 【一般社団法人日本スポーツマンシップ協会】

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著者プロフィール

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