キッチンの通路幅は広すぎても狭すぎても使いにくいもの。キッチンの使い方や家族構成に応じて最適な通路幅にするのが理想です。ここでは住まいのアトリエ 井上一級建築士事務所の井上恵子さんにお話を伺い、キッチンの通路幅が重要な理由や、幅を決めるときの目安とポイント、後悔しないための注意点などをまとめました。
「キッチンの通路幅は調理のしやすさにかかわります。キッチンでは料理以外にも、物を取り出す、シンクで食器を洗う、ゴミを分別するなどさまざまな動作をします。通路幅が狭すぎる、または広すぎるなど、適切でないと効率のよい作業ができなかったり、家電や収納家具が使いにくいといった問題が発生します。また、複数人で作業をする場合は通路が狭いと体がぶつかってしまうこともあります。このような問題を防ぐためにも、住まいの設計段階で適切な通路幅を決めることが重要です」(井上さん、以下同)
「キッチンは火や刃物を使う場所であるため、安全性を確保する必要があります。通路幅が狭いことで動作がとりにくくなったり視界が狭くなったりして、思いがけぬ事故や怪我が発生することもあります。安全に作業するために、適切な通路幅を設けることが大切です」
キッチンの通路幅は調理家電や収納家具の使いやすさも左右します。通路幅が狭いため、冷蔵庫やオーブンの扉の開閉がしにくいといった失敗談も。また、通路幅が広すぎるために移動の歩数が多くなり、背面収納が使いにくくなってしまうケースもあります。適切な通路幅にすることで、こういった問題を防ぐことができます。
ここからは、インテリア産業協会が発行した「キッチンスペシャリストハンドブック」に掲載されているデータをもとに、通路幅の最適解を紹介します。
「キッチンで1人で作業をする場合の通路幅は90cm以上とされています。作業空間は、人が正面を向いて立って調理をするだけなら30cm程度あれば可能ですが、実際には横を向いたり、しゃがんだり、調理する人の後ろを別の人が通ったりします。例えばキッチン下部の収納を開ける際など、しゃがむ動作をするときには90cm程度の通路幅が必要になります。また、実際には通路幅が80cm しか取れていないキッチンもよく見かけます。しかし、理想的な幅は90cm以上ということを覚えておいていただければと思います」
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「2~3人でキッチンを使用する場合は、作業をしている人の後ろを別の人が通ることをイメージして通路幅を決めましょう。常に複数人で調理するとしても、それぞれが持ち場の前に立ち、後ろを人が通れればよいので最低90cm~120cm程度が最適解となります」
「車椅子で作業をする場合は、車椅子の可動範囲を考慮して広めに通路幅を設計する必要があります。一般的な車椅子が通行するには100cm、回転するには150cm程度の幅が必要です。車椅子でも利用しやすいバリアフリーのキッチンにしたいときは、通路幅を150cm以上に設計するとよいでしょう」
また、松葉杖を使用している人がキッチンを使用する場合は、通路幅が120cmあると無理なく通行できます。
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「動作ごとに必要な幅は異なるため、その人がキッチンをどのように使いたいかによって最適解は変わります。冷蔵庫を開けるときにその前面に必要な幅は90~100cm程度、トレイを持って歩くときの通路幅は80cm程度、食器棚を開けるとき、その前方に必要な空間は75cm程度です。これらの数値を目安として、ちょうどよい通路幅を考えてみるとよいでしょう」
「キッチンの通路幅は広ければ便利というわけではありません。通路幅が150cmを超えると、移動するための歩数が多くなり使いにくいキッチンになってしまうおそれがあります。シンク、コンロ、冷蔵庫、背面収納などキッチン内では移動しながら作業をするため、動線をなるべくコンパクトにすることも使いやすさのポイントです」
また、2列型(II列型)キッチンは特に注意が必要です。
「シンクとコンロが前後に分かれている2列型キッチンの場合、通路幅が広すぎるとかえって使い勝手が悪くなることも。シンクで洗った食材をコンロに置いた鍋で調理するときなど、シンクからコンロへあまり歩かずに移動できることが理想です。移動の歩数が多いと、移動の際に通路に水滴が垂れてしまい掃除が大変という声もあります。キッチンのレイアウトと通路幅は実際の使い方をイメージして決めることをおすすめします」
「通路幅を決める際は、家電製品の扉を開けたときの寸法も考慮しましょう。一般的には90~100cmの通路幅があれば問題なく使用できますが、海外製のオーブンや食洗機などには大きなタイプも多いので事前にサイズをよく確認したほうがよいでしょう。目安としては、かがんでオーブンの扉を開けてものを取り出すには最低100cmは必要です。食洗機はフロントオープンかスライドオープン(引き出し)かもチェックしましょう」
家が完成してから家電を設置し、「想像より通路幅が狭い」と気付くケースも。購入したい家電が決まったら、扉の出幅まで寸法をチェックしましょう。
「キッチンの壁全面を収納にする場合や背の高いカップボードを設置する場合、通路幅が狭いと空間に圧迫感が生まれます。ややゆとりのある通路幅を設計したほうが開放感のあるキッチンになります」
キッチンの圧迫感を減らしたい場合は、キッチン内に小窓を設けることも有効です。
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「実際にショールームやモデルハウスを訪れてキッチンの実物を見ることで、通路幅やキッチンのレイアウトのイメージを掴むことができます。図面だけでは分からない、空間の広さや開放感、実際の動線などを知ることができるのでおすすめです」
「キッチンの通路幅や広さを決めるときは、ぜひ住まい全体に視野を広げて考えてみてください。キッチンは住まいの一部分です。家全体の面積の何%をキッチンにあてられるのか、家族のライフスタイルや価値観に合わせて決めていく必要があります。キッチンよりもリビングの広さを優先したい人もいれば、料理が好きなので広々としたキッチンにしたいと考える人もいるでしょう。家族と話し合いながら、どんなキッチンにしたいかを決めていきましょう」
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「理想のキッチンのイメージがある場合は、建築会社の設計者に積極的に伝えることが大切です。夫婦で料理をするのでゆとりのある通路幅にしたい、海外製の大きなオーブンを置きたいなど、具体的な使い方を設計者と共有することで理想のキッチンに近づくはずです。要望を伝えないまま建築会社にお任せすると、標準プラン内の一般的なキッチンをすすめられることが多いです」
「使いやすいキッチンの通路幅はライフスタイルの変化によっても変わっていきます。例えば、元々は一人で使用することが多かったキッチンも、コロナ禍に自宅で過ごす時間が多くなった夫が料理をするようになり、キッチンに夫婦で立つことが増えたという話もよく耳にします。また、子どもが大きくなって、親と一緒にキッチンに立つようになる家庭も珍しくありません。
このように、建築時には1人で調理をする想定で通路幅を決めていたけれど、ライフスタイルの変化に伴いキッチンの使い方も変わります。もう少し通路幅が広かったら……と後悔しないためにも、少しゆとりを加味して通路幅を決めることをおすすめします」
最後に、まとめとしてキッチンの通路幅を決める際のポイントを井上さんに伺いました。
「キッチンの通路幅は広すぎても狭すぎてもいけません。使いやすい通路幅を決めるために、まずはキッチンの中で誰がどのような動作をするのかを整理してみてください。注文住宅の良いところは、使う人の特性に合わせてキッチンをつくることができることです。実際の暮らしのイメージを明確にすることで、その家で暮らす人たちにとって使いやすい通路幅が見えてくると思います」
キッチンの通路幅は作業のしやすさと安全性にかかわる
使いやすいキッチンの通路幅は90~120cm程度。ゆとりを加味して決める
設計時にはライフスタイルの変化も想像してみよう