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インタビュー

倉橋ヨエコ

被害妄想とこんがらがる特異なラヴソングを歌い続けたシンガー・ソングライターが廃業を宣言! 充実のラスト・アルバムが登場

  凛とした叙情性を感じさせるピアノとハード・エッジなロック・サウンドがひとつになった“鳴らないピアノ”、獰猛なジャングル・ビート~エレガントなジャズ・ピアノ~〈シャバダバ〉なコーラスがガッチリと結合した“依存症~レッツゴー! ハイヒール~”、80年代に坂本龍一がプロデュースしていた頃の矢野顕子を想起させるエレクトリック・ポップ・チューン“春待ちガール”、昭和歌謡の匂いをプンプンと撒き散らす“雨の羽生橋”。シンガー・ソングライター、倉橋ヨエコのニュー・アルバムには、カラフルなサウンドがこれでもかと狂い咲いている。タイトルは『解体ピアノ』。〈被害妄想とネガティヴにこんがらがる特異なラヴソング〉という印象が強い彼女だが(そして、そのイメージはまったく正しいのだが)、ジャズ~ロック~昭和歌謡をベースにした豊かなソング・ライティングも彼女の魅力であることを、このアルバムは強く訴えかけてくる。

  「〈アーティスト・倉橋ヨエコ〉っていう、会社みたいな感じだったんですよ。私は作詞・作曲と歌を担当して、あとはアレンジ部門にお渡しして〈おねがいします!〉って。そうやって分担してる感じが、よりハッキリしたんだと思いますね。(シングルとしてリリースされた)“友達のうた”も、そう。nobodyknows+のDJ MITSUさんにアレンジにしていただいたんですけど、歌詞の歌い方はまったく変えずにステキなダンス・ミュージックにしていただいて。ありがたいことです」。

 また、堂島孝平が作詞・作曲を手がけた“バルンの不思議な旅”、「〈これ、私が書きたかった〉って嫉妬してしまう」という小坂明子“あなた”のカヴァーからは、彼女の歌い手としてのセンス、凄みがはっきりと伝わってくる。

 「高い音を思い切り歌うのって、動物的な気持ち良さがあるんですよね。昔から憧れていた堂島さんと一緒にやれたのもいい思い出だし、“あなた”には私のメルヘン的な部分がすごく詰まってると思います。作詞・作曲だけじゃなくて、〈歌う人〉としての自分もすごく出てると思いますね、このアルバムには」。


  もちろん、彼女の独自性を保証する〈言葉〉も、さらに凄みを増している。〈あなたと私は繋がっていますか〉とすがりつく“電話”、〈良かれと思って愛すたび/みんな逃げる準備〉と自己を卑下する“裏目の女”などの情念系ラヴソングも健在だが、“鳴らないピアノ”における〈人を思わずに逃げられるなら/どんなに身軽だろう〉、そして“輪舞曲(ロンド)”の〈痛いよ 暖かいよ/出会いはそれの繰り返し/だからいいんじゃないって思います〉という言葉の連なりには、彼女がたどり着いたひとつの〈答え〉が示されているようで、ひどく惹き付けられる。

 「人を傷つけて、自分も傷ついて、反省して、何が正しいのかわからなくなって。そのまま人生は終わっていくんだろうなって。ずっと笑ってるのは無理だけど、それでいいんだろうって思ったんです。〈ミニ結論〉が出た、っていう感じですかね」。

 シンガー、ピアニスト、ソングライター。アーティストとしての奥行きを見事に結晶化した『解体ピアノ』。実は彼女、このアルバムと今夏に行われるツアーを最後に音楽活動の〈廃業〉を宣言している。

 「アルバムの制作中から、〈これ以上のものは出来ないだろう〉っていう幸福な予感があって。いま言いたいことは言い切ってしまったし、このまま続けて音楽(の質)が薄まってしまうのもイヤなんですよね。ツアーの最終日に死んでもいい、って思うくらい、後悔はまったくないです。特に私の歌に対して〈共感してます〉って言ってもらったり、ライヴに来たお客さんが泣いてくれたりするっていうのは、奇跡のような体験でした。こんな私が、人様の役に立ってるっていう……棚からボタ餅が1億個くらい降ってくるような感動でしたね、あれは」。

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掲載: 2008年05月29日 19:00

文/森 朋之