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第93回 ─ 倉橋ヨエコ @東京キネマ倶楽部 2008年7月20日(日)

連載
ライヴ&イベントレポ 
公開
2008/07/23   18:00
更新
2008/07/31   20:57
テキスト
文/桑原 シロー

 4月に突然の廃業宣言を行った倉橋ヨエコ。ラスト・アルバム『解体ピアノ』を引っ提げて開催された全国ツアー〈感謝的解体ヨエコツアー〉の最終日の模様をbounce.comでは詳細にレポート。果たして、彼女が音楽家としての終止符を打った現場はどんな空気に包まれていたのか?

  泣いても笑っても、倉橋ヨエコが倉橋ヨエコであるのは今日で最後――解体最終日の東京キネマ倶楽部は、開演前から一種独特な空気が漂っていた。どうにもまだ実感が湧かず、彼女の登場を待って、〈廃業〉の事実を確認しようという観客がほとんどだったのでは? そんな半信半疑な気分は確かに筆者の側にもあった。ただ、きっと良いライヴになるという予感だけははっきりと持っていた。とにかく、泣いたり笑ったりしながら、この大事なひと時を過ごそう。そんな思いを噛み締めながら倉橋の登場を待った。

 ステージに颯爽と登場した倉橋は、なんと真っ白なウエディング・ドレス姿であった。頭にはティアラを乗っけて、黒いタスキをかけている。目を凝らして良く見ると、タスキには〈廃〉の一文字。気が利いているというか何というか、彼女のエンターテイナーとしての根性を見る思いがして、嬉しくなる。オープニングは厳かに“白い旗”で幕開け。〈私には明日なんてもうないのでしょう〉という歌詞がやけに痛い。そしてハードなバックの演奏に乗せて、“鳴らないピアノ”へ。いつもどおりに、鮮やかに舞い立つ歌声。迫力満点だ。

  MCに入り「タイム・リミットが迫ってまいりました。今日で倉橋ヨエコは居なくなりますが、8年分を歌って帰ろうと思います!」と力強い一声。“卵とじ”“あいあい”とポップなナンバーが続いて、湿っぽさはふっとび、会場はハッピー・ムードに包まれる。何だろう、今日は不思議と各楽曲のメロディーに意識が向く。倉橋は本当に素晴らしいメロディーメイカーだったよな、と実感しつつ、メロディーラインに耳を凝らす。

 「2008年ミス廃業クイーン」なんて茶化しながら、今日の出で立ちについての解説。そこに客席から「かわい~」という声が飛ぶ。いや、今晩の倉橋はマジで可愛い。いやいや、思えば彼女はいつも可愛かった。倉橋らしさとはなにか?って考えると聴き手ひとりひとりそれぞれのイメージがあるのだろうけれど、筆者のなかではずっと可愛い女性ってイメージが常に存在し続けていたなぁ、なんてことを再認識。そしてライヴは“盗られ系”“過保護”と得意のシャッフル・ナンバーの連発タイムへ。会場であるキネマ倶楽部が漂わす昭和な雰囲気と音楽が緩やかに合致していく。もちろん、会場全体もヒートアップ。


  MCでピアノの話に。「このピアノがあわてんぼうで……誰に似たんだろうね(笑)。大阪のライヴが終わって、ラの音が鳴らなくなって、次にミの音が鳴らなくなって……」。ピアノもまた彼女と共に解体への道を歩んでいる、そんな話であった。つまりピアノも、彼女の気持ちを理解して持っている力を振り絞りながら、ライヴをこなしている……すごく切なくていい話。また「8年間、今日がいちばんドキドキしてます。いちばん幸せな瞬間」と心境を語り出した。やがて引き篭もっていた頃の話になり、弱かった自分を振り返りながら、彼女は涙を流していた。「今日は奇跡の集まり」と倉橋。その一言は、今日という日を迎えさせてくれたすべての人々に向けて放たれた一言でもあった。

 倉橋の姿は見えなくなっても、倉橋の歌は残る。あの場に居た誰もがそう言い聞かせて、自分を納得させようとしていたはず。“人間辞めても”“恋の大捜査”とエンディングに向かって曲が進んでいくにつれて、観客たちも気迫の湯気のようなものを頭から発しているのが確かに見えた。そしてラスト・アルバムの終幕曲“輪舞曲”へ。ここでの倉橋の歌はまさに絶唱。〈ミュージシャンを辞めても、人間であることは辞められないよね〉という呟きでできたこの曲は、彼女のこれからの道を僕らにうっすらと見せてくれるようだった。

  アンコールは倉橋がひとりっきりで登場。“おべんとうばこのうた”を客席のキッズに向けて歌ってから、大学生時代に作った歌をメドレーで披露。「六畳一間のグランド・ピアノで歌っていた頃は〈倉橋ヨエコ〉じゃなかった」。過去に微笑み返しする倉橋がここにいる。この弾き語りタイムでは、“沈める街”と「倉橋ヨエコとしていちばん最後に作った曲」だという“ジュエリー”も披露。去り際「ありがとう!」という声が飛ぶ。それに対して「こちらこそ! 100万倍返しで、ありがとうございます!」と声を張る彼女に会場全体が大いに湧く。

  まだまだ解体の夜は終わらない。2回目のアンコールにはメガネレンチの古城康行も登場し(シルクハットを被ったフォーマルなファッションで)、「解体するぜ!」と客席を煽る。そしてジャングル・ビートの“依存症~レッツゴー! ハイヒール~”へ突入。そして「ここはどこですか~?」という問いかけと共に“東京”がスタート。ゆれまくるフロア。カッコヨイヨエコが華々しく飛翔した。そしてラスト・タイムがやってきた。「あと一曲でご冥福になるんです。この曲を残して倉橋ヨエコは去ります。この曲は〈うらみ帳〉から出てきた曲じゃない。倉橋ヨエコを辞めたから言います。この曲はお母さんのために書きました」というMCに続いて“楯”が歌われた。

  すべての曲が終わった。履いていた靴を会場に投げ、バンド・メンバーと手を繋ぎ、会場に深々とお辞儀をする倉橋。拍手は鳴り止まない。メンバーが袖に引っ込み、ひとりになって、いっそう高まる拍手。すると……ペタンと床にしゃがみこんでしまった彼女。拍手の渦が大きくなる。少しして起き上がった彼女の顔は涙でくしゃくしゃだった。最後に彼女は、幕の間から会場に向かって手だけを差し出し、ピース・サインを作った。力強く伸びた2本の指。そのまっすぐな指が語るメッセージを、その場に居たすべての人間はしっかりと受け取ったはずだと思う。

倉橋ヨエコ 感謝的解体ヨエコツアー セットリスト

1. 白い旗
2. 鳴らないピアノ
3. 感謝的生活
4. 卵とじ
5. あいあい
6. 盗られ系
7. 過保護
8. 白の世界
9. マネキン人間
10. 友達のうた
11. 損と嘘
12. 夜な夜な夜な
13. 春の歌
14. 夏
15. 人間辞めても
16. 恋の大捜査
17. はないちもんめ
18. 輪舞曲

―アンコール1―
19. メドレー
20. 沈める街
21. ジュエリー(新曲)

―アンコール2―
22.依存症~レッツゴー! ハイヒール~
23.東京
24.楯

▼倉橋ヨエコの作品を紹介

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・倉橋ヨエコ(インタヴュー/2008年5月 bounce.com掲載)
・倉橋ヨエコ(インタヴュー/2007年3月 bounce3月号より転載)