「モア・フロム・レス」の時代:アトムの枯渇から、ビットが人類を救う

「成長の限界」は起こらない── 。人口爆発と環境破壊で食糧や資源が逼迫するといった将来予測に真っ向から挑むのが、デジタル経済の専門家アンドリュー・マカフィーだ。身の回りのモノがアトムからビットへとますます置き換わるにつれ、人類は地球資源の消費をいまよりも抑えながら、食料やあらゆるプロダクトの生産量を増やしていくだろう。潤沢さと非物質化が進む「MORE FROM LESS」の時代が到来したのだと、マカフィーは説く。(雑誌『WIRED』日本版VOL.35より転載)
「モア・フロム・レス」の時代:アトムの枯渇から、ビットが人類を救う
ILLUSTRATIONS BY YUNOSUKE

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これから30年の間に、わたしたちは食料や服、家屋、そしてそのほかあらゆるものを、20億人分よけいに確保しなければならない。人間が引き起こした地球温暖化が砂漠化や干ばつ、熱波といったさまざまなストレスを生み出すにつれ、そのタスクはますます難しくなっていく。

だがたとえそうだとしても、わたしたちはこの困難をたやすく克服し、未来の世界に暮らす人々は食料やほかの重要な資源が不足し続けるといった経験などせずに、いま以上の暮らしを実現できるとわたしは信じている。

誰もがこの考え方に賛同しているわけではない。2019年2月、世界経済フォーラム(WEF)は次のように警告した。「食料システムは目下のところ赤信号:持続不可能なほどに収奪され、自然を危機的状況に追いやっている」

同年8月、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は今後数十年における土壌劣化とそれに伴う食料危機について予測する広範囲にわたるレポートを発表した。政策立案者たちに向けたそのヘッドラインはゾッとさせられるもので、執筆者のひとりはこう表現している。

「食の安全保障はますます将来の気候変動に影響される。生産量は減り(特に熱帯地域で)、価格は上がり、栄養価は下がり、サプライチェーンは破壊されている」

これは食料に限ったことではない。重要な鉱物も枯渇するかもしれないと考える人々もいる。欧州化学協会は90の天然資源について、今後100年における需要と供給の予想をこのほど修正して発表した。そこでは、実に半数の資源が「入手困難」となり、12の資源に至っては枯渇の危機を迎えるという。

信頼できるソースからの、こうした目を覆いたくなるような警告を前にして、なぜ楽観的でいられるのかといえば、わたし(やほかの“エコモダニスト”たち)は、資本主義とテクノロジーの進歩というふたつの力が、わたしたちの欲求やニーズを満たすという偉業を引き続き引き受けてくれることに多大なる信頼を置いているからだ。

かつてアブラハム・リンカーンは特許制度について、「新規で有用なものの発見と生産のために、天才の火に、利益という油を注いだ」と語っている。「天才の火」とは、テクノロジーの進歩を示す素晴らしい表現だ。そして「利益という油」も同様に、資本主義を簡潔に要約する言葉だろう。このふたつは互いに自己強化しながら飽くなき拡張のサイクルを続けていくのだ。

ではこのサイクルはこれまでどう働いてきただろうか? ふたつの事例を見てみよう。1968年にスタンフォード大学生物科学部教授のポール・エーリックはベストセラーとなった『人口が爆発する!』を刊行し、将来における食糧危機を詳細に警告した。

その初期の版の書き出しはこうだ。「人類にあまねく食料を供給するという闘いは終わった。いまからどんな集中的プログラムを始めようとも、来る1970年代には何億人もの人々が餓死するだろう。もはやいまとなっては、世界の死亡率が増えることを防ぐことはできない」

急激な人口増加を予測したエーリックは正しかった。世界人口は59年から74年の間に30億から40億に増え、その後は15年で次の10億、12年でさらに10億、11年でまた次の10億人が増えていった。だが、集団飢餓はおおむね起こることはなく、それどころか、事態はその反対となった。世界中で人々の栄養状態が改善されたのだ。

68年当時、1日に平均して最低2,500kcal(活動的な成人男性が体重を維持するのに必要なカロリー)を国民に供給できたのは、北アメリカとヨーロッパ、そしてオセアニア諸国だけだった。80年になっても、世界平均はこの数字を下回っていた。2005年になってようやく、世界中の地域がこの基準を満たすことができたのだ。

1972年にドネラ・メドウズ率いるMITのコンピューターモデルの専門家チームが発表した『成長の限界』も大変話題になった。彼らによるシミュレーションは、人口と経済の歯止めの利かない指数級数的成長が、大規模な資源枯渇という地球規模の危機を21世紀中のどこかで引き起こすというものだった。

最も楽観的なシナリオにおいても、金の埋蔵量は72年当時から29年以内に枯渇し、銀は42年以内、銅と石油は50年以内、アルミニウムは55年以内に枯渇するとされた。

こうした予測はまったく正しくなかった。金や銀は事実として、いまだに多くの埋蔵量がある。約半世紀が経ってさらに消費されたにもかかわらず、72年当時よりも多いのだ。

いまわかっている金の世界的埋蔵量は72年当時の約400パーセントに上る。銀は200パーセント多い。銅やアルミニウム、それに石油についても、『成長の限界』で見積もられたようにすぐさま枯渇するといったことはないと言っていいだろう。どれも、当時よりも多くの埋蔵量があることがわかっている。アルミニウムにいたっては、70年代初頭に比べて25倍にも上る。

『人口が爆発する!』も『成長の限界』もこれまで予測を外しているのは、彼らが「天才の火」についても「利益という油」についても完全に理解できていなかったからだ。

つまり、食料や金属、その他の資源が不足していると見るや否や、世界規模の集中的な探査が行なわれ、同時にその代替物の探求も同じような規模で始まることを、概して彼らは見過ごしていた。いずれかまたは両方で成果が生まれたことで、不足が緩和され価格は急落して落ち着くことになったのだ。

経済学者のジュリアン・サイモンはこの力学を理解していた。81年の著書『The Ultimate Resource(究極の資源)』(いまだに正当な評価がなされていない)において彼は、なぜ資源不足は真の問題ではありえないのかを説明している。そして90年には、エーリックとの間の資源価格を巡る長年にわたる賭けについに勝利した。エーリックは、恒常的な不足により資源価格は高止まりするという彼の持論に賭け、敗れたのだ。

研究者のゲイル・プーレイとマリアン・タピーは“サイモン潤沢指数(SimonAbundance Index)” をつくりあげた。これは、世界の人口と人間の福祉に重要な50のコモディティの価格の両方を考慮に入れた指数で、砂糖や鮭、鉄から天然ガスまであらゆるものがそこには含まれる。ふたりはそれらを計算し、それぞれを1単位購入するために世界の平均的な人間がどれだけの時間働かなければいけないかを計算した。

その結果、80年に比べて世界の人口は爆発的に増えたにもかかわらず、50品目のすべてにおいて当時より安価になり、多くは半分以下の価格になっていた。総合的な潤沢指数としては、1980年を100とすると、2019年は620にまで上がっていたのだ。

WEFやIPCCのレポート、あるいは将来的な資源元素の利用可能性についての周期表やそのほか、自らの供給能力に悲観的な予想をする多くの人々は、明らかにサイモンの洞察を考慮していないか、それらがいまだに有効であることを信じていない。

実際には有効なのだ。気候変動は現実に起こっており、もし対処しないままだとさらなる危害を引き起こすだろう。だが、それによって、わたしたちが次の数十年にわたって食料供給能力を失っていくことになるとは信じ難い。世界の平均気温は1980年から約0.6℃上がっている。

だがご覧の通り、世界のどの地域においても、その期間において食料供給能力は大きく上がっている。もし予測されているようにこれから2050年までの間に気温が0.75℃から1℃上がったとしても、それによってこのトレンドが逆転し、世界中の人々を適切に養う能力が失われることはほぼありえない。

栄養不良の割合が世界的に15年から0.2パーセント増加したのは事実だ。だがそれも今後数年のうちに、市場とテクノロジーが拡大を続けることで逆転するとわたしは確信している。みなさんはいかがだろうか?

実際のところ多くの国において、これからの数十年で、食料やそのほかのプロダクトの総生産量を増やすことができると自信をもって言える。しかも、より少ない金属、鉱物、肥料、水、耕作地、材木、化石燃料、その他の地球資源でそれを成し遂げるのだ。

なぜ自信があるかといえば、すでに米国ではそうなっているからだ。世界経済の25パーセントを占める米国では、毎年、より多くの有形財を消費しながら、上に挙げた資源の消費量は減り続けている。さらに、電気や一般エネルギーの消費量は基本的にこの10年、変化がなくフラットなままなのだ。

米国はいかにして、「モア・フロム・レス(より少ないものから、より豊かに)」を実現しているのか? デジタル時代のツール──ハードウェア、ソフトウェア、そしてネットワーク──を使うことでわたしたちの消費を次々に非物質化しているからだ。言い換えれば、より多くのビット(情報)を使うことで、アトム(原子)の消費をより少なくするやり方を探し続けているのだと言える。

アルミ缶は数十年前に比べて75パーセント軽くなった。エンジニアたちがコンピューターを使うことによって、強度を犠牲にせずに軽くするデザインを見つけてきたからだ。大量のセンサーと計算によって支えられる精密農業(precision agriculture)によって、農家たちは水や肥料、殺虫剤を農場全体にばらまくのではなく、より少量を選択的に使えるようになった。

1991年に家電量販店レディオシャックの広告で取り上げられていた15のデヴァイスのうち13個は、いまやスマートフォンの中のひとつの機能となって姿を消している。スマートフォンのおかげでわたしたちは、CDや辞典、フィルムやヴィデオテープ、それにそのほか多くのメディアをほとんど買わなくて済むようになっている。

こうした例は経済のあらゆる側面で見受けられる。その累積効果はわたしたち人間と地球の関係に大転換をもたらすものだ。これまでは、毎年より多くのものを地球からもらうことでわたしたちは富を増やしてきた。いまや、より少ないものからわたしたちは成長し繁栄することができるのだ。

これは何も米国だけのことではない。英国もまた非物質化していることは多くのエヴィデンスが示している。またそのほかの先進国においても、重要な資源の消費はフラットかあるいは減少している。これは驚くべきことではない。

というのもいまやどの先進国でも良好に機能する市場経済をもち多くの現代的テクノロジーを備えている。わたしたちが知る資本主義とテクノロジーの進歩の力があれば、それらの国もより少ないものでより豊かになれると期待するべきだろう。

さらに重要なのは、将来的に何が欠乏するかを調査することに時間や労力を割くことをやめるべきだということだ。潤沢さや非物質化がますます拡がる世界において、それらはまったく意味をなさない。

一方で、資本主義やテクノロジーの進歩それ自体では解決しない問題に取り組むことはとてつもなく重要だ。汚染の問題、特に温室効果ガスについてや、絶滅危惧種や土地の保護、それに、資本主義や技術の進展に取り残されてきたコミュニティにその機会を取り戻してあげることなどだ。

こうした問題はどれも、いますぐに注意を払い、これから何年もかけて取り組んでいかなくてはならない。しかし、重要な資源について今後数十年の間、それが枯渇したり不足したりすることを心配する必要はない。それは皆に充分なほどあるからだ。

アンドリュー・マカフィー|ANDREW MCAFEE
MITデジタル経済イニシアチヴ(Initiative on the Digital Economy)共同所長。著書に『機械との競争』『ザ・セカンド・マシン・エイジ』『プラットフォームの経済学』〈すべて共著、日経BP社刊〉。新刊『More from Less: The SurprisingStory of How We Learned to Prosper Using Fewer Resources ──and What Happens Next』が2019年10月に刊行された。


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TEXT BY ANDREW MCAFEE

TRANSLATION BY MICHIAKI MATSUSHIMA

ILLUSTRATIONS BY YUNOSUKE