貨物船の衝突による橋の崩落事故で、ネット上に渦巻く「陰謀論」の正体

米東部のボルティモアで港湾にかかる橋に貨物船が衝突して橋が崩落した事故をめぐって、ネット上で「陰謀論」が渦巻いている。特定の人物や組織などを名指しにしており、「ブラックスワン・イベント」という言葉までトレンド入りしたほどだ。
The Dali container vessel after striking the Francis Scott Key Bridge that collapsed into the Patapsco River in...
Photograph: Al Drago/Bloomberg/Getty Images

ボルティモアで3月26日未明(米国時間)に発生した橋の崩落事故について、陰謀論者や極右過激派たちは、さまざまな人物やものごとのせいであると糾弾している。

TelegramやXで「橋崩落の原因」とされた人物やものごとは、多岐にわたる。バイデン大統領、イスラム組織ハマス、過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)、P・ディディことショーン・コムズ、ニコロデオン、インド、バラク・オバマ前大統領、イスラム教、宇宙人、スリランカ、世界経済フォーラム、国連、社会問題への意識が高いことを意味する「woke」であること、ウクライナ、対外援助、米中央情報局(CIA)、ユダヤ人、イスラエル、ロシア、中国、イラン、新型コロナウイルスのワクチン、DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)、移民、黒人、ロックダウン──などなどだ。

事故現場となったフランシス・スコット・キー橋は、貨物船「ダリ」号が橋の支柱に衝突したことで崩壊した。事故発生当時に橋の車道で穴埋め工事をしていた建設作業員6名は、死亡したと推定されている。

貨物船の所有者はシンガポールを本拠地とするGrace Oceanで、22名の乗組員は全員がインド人だった。事故発生当時、この貨物船はスリランカのコロンボに向かう途中だった。

それでも、この事件について「疑問を呈する」人々は後を絶たなかった。重大事件が発生すると、「陰謀だ」という反応がよく起きるものだ。陰謀論者たちは、この崩壊がどのような陰謀によるものなのか正確な特定に苦労しているが、一致しているのはこの事件が「ブラックスワン・イベント」であるという意見だ。

一気にトレンドになった「ブラックスワン・イベント」

「ブラックスワン・イベント」という言葉は何十年も前から存在しており、通常は金融市場の混乱など、国家経済に大損害を与える可能性のある世界的大事件を指すために使われる。それが近年は熱心な陰謀論者たちによって、いわゆる「ディープステート(闇の政府)」による事件を説明する言葉として使われるるようにもなった。例えば、革命や第三次世界大戦、その他の終末的な大惨事が起きる予兆とされるのだ。

橋の崩壊事件を最初に「ブラックスワン・イベント」と呼んだ人物のひとりは、失脚した元米国家安全保障担当補佐官であるマイケル・フリンだった。彼はXに「これはブラックスワン・イベントだ」と書き込んだ。「ブラックスワンは通常、(軍事関連ではなく)金融業界で発生するもので…米国からの各経由地には安全な航行を保障する役割を担う港湾管理者がおり…そこから始まっている」。フリンのこの投稿は、720万回も閲覧された。

ルーマニアで性的暴行や人身売買の罪で起訴された女性差別主義者のインフルエンサーであるアンドリュー・テートも、26日早朝に「安全なものは何もない。まもなくブラックスワン・イベントが発生する」と、Xに書き込んだ。この投稿は約1,900万回も閲覧されている。

「ブラックスワン」という言葉はすぐにXでトレンドになり、陰謀論者、過激派、右翼の議員たちは今回の「ブラックスワン・イベント」の引き金となった人物やものごとについての考察を開始した。

橋の崩落と映画『終わらない週末』との関連性を主張した投稿は120万回以上も閲覧された。この投稿は、貨物船がスリランカに向かっており、スリランカ国旗にはライオンが描かれていることから、映画の冒頭で「ホワイトライオン」という船が航行する状況と関連性があると主張している。さらに、映画の製作者がオバマ前大統領であることを指摘した。

元フロリダ州議会議員のアンソニー・サバティーニは、投稿で根拠もなく「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)主義者がやった」と断言した。この投稿は220万回以上も閲覧されている。

一部の政治家も陰謀説をあおっている。共和党の有力者で陰謀論者であるマージョリー・テイラー・グリーン下院議員は、著名なQアノン陰謀論者がシェアした動画に「これは意図的な攻撃か、それとも事故か?」と書き込み、Xに投稿した。

以前のX(旧Twitter)であれば、信頼できるニュースソースや一次的な証拠をアルゴリズムが優先したことから、このような憶測はほとんど注目されなかったであろう。しかし、イーロン・マスクが統治者となったいまでは、青色の「公式」マークの料金さえ払えば、誰でもアルゴリズムによって投稿を人為的に増幅させることが可能だ。つまり、このような陰謀論が何百万もの人々のニュースフィードに届いてしまう。

ある著名な選挙否定論者はTelegramで、「この事件は橋の名称が米国国歌『星条旗』の作詞者であるフランシス・スコット・キーにちなんでいる事実に関連しており、米国を弱体化させようとする企みだ」と主張した。この陰謀論者は、「わたしたちの歴史を抹消させるな」とも書き込んでいる。

捜査当局はこの悲劇的な事件の原因を調べているが、担当のFBI特別捜査官であるウィリアム・デルバーニョは26日、「テロであるという確証は何もない」と語っている。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

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