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テック例外主義が終焉、規制当局がテクノロジーを抑止する──特集「THE WORLD IN 2024」

「テクノロジーの進化は法の枠に縛られない」という幻想がようやく終わりを告げ、裁判所、規制当局が既存の法律によってビッグテック抑制の動きを加速することになるだろう。
テック例外主義が終焉、規制当局がテクノロジーを抑止する──特集「THE WORLD IN 2024」
ILLUSTRATION: ANA YAEL

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世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2024年の最重要パラダイムを網羅した恒例の総力特集「THE WORLD IN 2024」。国際的に活躍する人権弁護士スージー・アレグレは、新しい法律や規制が定着することで、ビッグテックが長年享受してきた規制の空白時代が終わりを告げると考えている。


2024年、革新的テクノロジーには法規制が適用されないという「テック例外主義」が単なる思い込みに過ぎなかったことを世界各国の裁判所、規制当局が実証する瞬間を、わたしたちは目の当たりにすることになる。実際、法律や規制が技術革新のスピードに追いつけないという考え方には、すでに懐疑の目が向けられている。24年には、新しい規制ではなく古い規制を真新しい問題に積極的に適用することで、大きな変化が世界中で巻き起こるはずだ。

大手テック企業が個人データを好き勝手に抽出し、わたしたちの権利を踏みにじった悪質な事例に対処するため、米国の規制当局は、(連邦政府のプライバシー法不在のなか)自分たちが自由に使える法律や規則の再解釈・再利用を始めている。実際、23年を通じて連邦取引委員会(FTC)は、消費者保護規制に関する積極的な政策提案や法的執行を続けてきた。

例えば、ダークパターン(アプリやウェブサイトがユーザーを騙して意図しない購入や申込みをさせるために使う詐欺的手法)の問題に取り組み、オンラインゲーム「フォートナイト」の開発メーカーであるエピックゲームズに罰金5億ドル(約700億円)の支払いを命じた。またFTCは、音声アシスタント「Alexa」とドアベルデバイス「Ring」を通じてプライバシーを著しく侵害したとして、アマゾンに巨額の罰金を科している。

さらに商業的監視およびデジタルセキュリティに関する規制の制定に向けても精力的に動いており、24年もその勢いが衰える気配は全く見えない。これにより世界各地域の規制当局も、FTCの成功に後押しされてこの流れに追随すると考えられる。

またフランスでは22年にデータ保護機関(CNIL)が、顔認識技術のClearview AIに対し、フランス領内の個人データの収集と使用の停止を命じた21年の裁定に従わなかったとして、過去最高額となる2,000万ユーロ(約30億円)の制裁金を科した。23年に関しては、さらに数百万ユーロの罰金が科されることになるだろう。CNILのような規制当局は、このようにより急進的な法的措置を取って、どんな企業も法の上に立つ存在ではないことを示すようになるだろう。

生成AIは激動の年を迎える

会話型人工知能(AI)ChatGPTを開発したOpenAIの最高経営責任者(CEO)サム・アルトマンは、グローバルなAI規制の呼びかけで23年をスタートさせたが、欧州連合(EU)のAI規制法には難色を示していた。また、AIによる人類滅亡を危惧する悲観的識者たちが規制が追いつくまでの間、イノベーションの一時停止を求めたのに対し、イタリアのデータ保護当局(DPA)を含む規制当局は、既存の規制を適用して制限を課す方法を見つけ出し、一時的とはいえ自国の領土でChatGPTをブロックした。さらにマイクロソフトが第三者のコードを違法に使用したとされる訴訟をはじめ現在進行中の知的財産権に関する訴訟が続くことで、生成AIの中核となるビジネスモデルは激動の24年を迎えることになると考えられる。

裁判所や規制当局が視野に入れているのは、テクノロジーがもたらす個々の影響だけではない。24年には、社会、市場、ビジネスへの影響も検証の対象になる。例えば23年に米国とEUで始まった反トラスト法違反訴訟は、アドテク市場におけるグーグルの優位性に疑問を投げかけ、今日のインターネットをつくり上げてきたプログラマティック広告モデルという強固な論理を揺るがす可能性を秘めている。

つまり、ビッグテックが長年享受してきた規制の空白時代が終わりを告げるのだ。AI法、デジタルサービス法、EUのデジタル市場法などの新しい法律や規制が定着し始める一方で、裁判所や規制当局は、わたしたちの日常生活に影響を与える新たなテクノロジーに対し、今後も既存の法律や規制を適用していくだろう。

この目的を達成するため、あらゆる法的手段が駆使されることになる。AIを含むテクノロジーが実際に引き起こしている被害を食い止めるためには、人権法、市民の自由に関する法律、競争法、消費者権利法、知的財産権、名誉毀損、不法行為、雇用法、その他多くの分野の協力が欠かせなくなるだろう。

スージー・アレグレ|SUSIE ALEGRE
国際的に活躍する人権弁護士であり作家、スピーカー。国際人権法と国際公法を専門とし、欧州連合(EU)、欧州安全保障協力機構(OSCE)、国連などで人権と法の支配にかかわる業務に20年以上携わる。ローハンプトン大学シニアリサーチフェロー。

TRANSLATION BY OVAL INC./EDIT BY MICHIAKI MATSUSHIMA


雑誌『WIRED』日本版VOL.51
「THE WORLD IN 2024」

アイデアとイノベーションの源泉であり、常に未来を実装するメディアである『WIRED』のエッセンスが詰まった年末恒例の「THE WORLD IN」シリーズ。加速し続けるAIの能力がわたしたちのカルチャーやビジネス、セキュリティから政治まで広範に及ぼすインパクトのゆくえを探るほか、環境危機に対峙するテクノロジーの現在地、サイエンスや医療でいよいよ訪れる注目のブレイクスルーなど、全10分野にわたり、2024年の最重要パラダイムを読み解く総力特集!詳細はこちら


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