(フォーラム)性別欄に思うこと

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 ■ThinkGender ジェンダーを考える

 書類や調査などで性別の記入を求められることは多いものです。でも生活上と戸籍上の性別が違うことや、性で分類されることにより、苦しみ、困る人がいます。不要な場合はなくす、男女の2択をやめるなどの取り組みも進んでいます。性別欄のこれからを考えました。

 ■入試願書や問診票から…各地で廃止の動き

 さまざまな書類から性別欄をなくす動きは各地で広がっている。

 都道府県立高校の中で最後まで願書に性別欄が残っていた都立高校では、2023年度入試から性別欄がなくなった。北海道では21年、道議の指摘をきっかけに道立病院の泌尿器科の問診票から性別を問う欄をなくした。これにより全診療科でなくなったが、支障は起きていないという。

 富山県は、県に提出を求める書類や県民に交付する書類の性別欄の削除と書き方を工夫する取り組みを進め、21年には県内の市町村やさまざまな組織に「その性別欄、必要ですか?」と見直しを呼びかける啓発リーフレットを配った。性別欄の見直しを求めてきたレインボーハート富山の共同代表・佐脇宏史さんは「県が率先して動いてくれたことが県内への啓発になっている」と話す。

 就職時の履歴書は、性別欄が壁になる場面の一つだ。

 厚生労働省が20年に発表した調査では、トランスジェンダーの当事者の20.8%が就職活動時に困ったこととして「エントリーシート、履歴書などに性別を記載する必要があったこと」を挙げた。同省は翌年、性別欄に男女といった選択肢のない履歴書の様式例を示した。

 文具大手のコクヨは20年、性別欄のない履歴書を発売。「選択肢が広がったことに対して前向きな反響をいただいています」という。

 フォーラム面のアンケートに回答した独協大埼玉県草加市)の安間一雄教授は、同大の教員採用時の履歴書と、学生用の大学名入り履歴書から性別欄が撤廃されたと紹介してくれた。金澤一央・人事課長によると、支援が必要な学生へのサポート体制を検討する中で性別欄の見直しが挙がり、20年に両履歴書からの撤廃を決めた。「ジェンダーの問題を解消する決め手になるかはわかりませんが、我々が困っている人のことを考えている意思表示になる」

 教員採用の履歴書には氏名や写真が載るため性別の推測はできるが、安間さんは「性別による予断を廃して審査をするというポリシーを示すシンボル的な意味がある」と話す。

 性別欄の廃止が進む一方、管理職比率や賃金などの男女間格差は依然大きく、その解消には男女の置かれている状況を客観的に把握するための統計が必要なこともある。内閣府が昨年設けた有識者によるワーキンググループは、性別欄の有無について「拙速な対応は慎むべきだ」という提言をまとめた。独協大も、採用が決まった教員には性別を確認している。(高重治香)

 ■公的書類記入のたび、突きつけられる現実

 性的少数者への差別を禁止する法律制定をめざす「LGBT法連合会」のサイトには、実生活での差別、いじめの実例が多く載る。

 とりわけトランスジェンダーの人たち、つまり戸籍上の性別へ違和感があり、それと異なる性自認を持つ人たちが、職場や学校でどれほど困難を強いられているかがわかる。

 「宿泊研修の部屋割りが戸籍性別ごとの3人部屋で、性自認上では異性の同僚にプライベートな部分を見られそうになり苦痛を感じた」

 「男女別の職場のトイレが使えない。職場から離れた駅のトイレを利用している」

 では、日々差別のリスクに囲まれている人たちにとって、「性別欄」への記入はどんな意味をもつのか。

 同連合会事務局長の神谷悠一さんに聞いた際、「意外と理解されていないことなのですが、まず第1に」と語ったのは、以下の内容だった。

 外見や行動などから、常に「男か、女か」と問われ続ける人たちにとって、性別欄を選ばないといけない状況は、自分の尊厳を自分で傷つけるよう仕向ける装置になる。意に反して性別欄に記入しなければいけない瞬間は、当事者には「決定的な瞬間」になってしまうのです、と。

 「決定的な瞬間」という言い方が記憶に残り、ずっと気になった。

 というのも、自分はたぶん、千を超える性別欄の「男性」に何十年もチェックしてきたけれど、それは条件反射的に作業をするだけの、同じ表現で言えば、「非決定的」な瞬間だったように思えるから。

 生活の中での差別は目に見える形で表れることが多いのに対し、「性別欄」への記入はただの書類仕事にしか見えない。だからこそ「まず第1に」、「性別欄」に向き合うことで当事者の心や魂に突きつけられる、見えない刃(やいば)の鋭さを想像してほしい、ということだと受け止めた。

 今回アンケートに投稿してくれたトランスジェンダーの女性に連絡し、性別欄を前にした気持ちについて聞いた。大学を出て就職するまでは男性として生活し、その後、女性として25年ほど生きているという。

 書類自体は形式的な問題で、より重要なのは職場や学校、病院でどう扱われるか、差別を受けないか、ということだと強調したうえで、記入する瞬間についてこう表現した。

 「他の人々と同じように暮らしているのに、性別欄に記入する際には自分が彼らと違うことを意識させられ、記入後に何が起こるのかという不安とリスクに対処しなければならない。それが煩わしくて自分の行動を制限してしまうことも」

 仮に「男性」を選ばざるを得ない状況だとしたら。職場でも家族、友人との関係でも女性と認識されているのに、自分の人生がその瞬間、否定される感じがある、という。

 「自分が普段意識しなくても、公的な書類に記入させることで、制度の側が『あなたはトランスジェンダーだ』というメッセージを突き付けてくる。他の人々と同じような、スムーズな社会参加が許されていない、という現実を嫌でも考える」(中島鉄郎)

 ■どうしても必要?/なくすと差別見えにくく

 アンケートは10代から60代まで幅広い年齢層からまんべんなく回答が寄せられました。アンケートに回答した上で、記者の取材に思いを語ってくれたトランスジェンダーの方もいました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/171/で読むことができます。

 ●「男女」は短絡的な発想 身体的な違いだけで内面まで説明できるほど、人間は単純ではないはずです。男女の二元論で人を峻別(しゅんべつ)するのはあまりに短絡的な発想だと思います。(東京都、その他、20代)

 ●どうしても必要? どうしても性別欄が必要な場合ってどんな時でしょうか? 性別に限らず、年齢や既婚・未婚、職業とか、無神経な質問が多すぎると以前から不快でした。性別欄がなくなってほっとする方々がいらっしゃるなら、なくして構わないのでは?(東京都、女性、50代)

 ●性差別が見えなくなる 意識調査・実態調査などから性別欄をなくせば、差別の現状がつかみにくくなったり、意識や要望の男女差が見えなくなったりする。例えば選択的夫婦別姓に関わる意識調査など、9割以上が女性側が姓を変えている現状で、男女込みの回答結果で納得できるのだろうか。(三重県、女性、60代)

 ●子供が悲しい思いを 中3の子供が性別に違和感を持っています。受験高校を決める際に説明会の申し込みフォームに入力していたら、必須項目で性別を入力しなければならない所が何校かあり、いくつかの学校は行けませんでした。受験する学校は性別違和感のある生徒に対して寛容と聞きましたが、そこでも性別を入力する欄がありました。色々な所で性別を聞かれると子供は悲しい顔をしています。(大阪府、女性、50代)

 ●「その他」は避けて欲しい 「男性・女性・“その他”」の表記は避けていただければと思います。「その他」という表現だと、男女どちらかに属しているのが「標準」であるという考えを前提としてしまうためです。必要のない性別欄は無くし、必要な場合は自由に記述できるような欄を設けるのが最も包括的かと思います。(愛知県、その他、20代)

 ●当事者思うとやりきれない 性的指向や性自認に基づき、自由に生きていくことは基本的人権と考える。なぜなら生まれ持ったものだから。この国はそこに制限がありすぎる。LGBTQ+当事者の方たちを思うと、本当にやりきれない思いになる。共に社会を変えていきたい。(福岡県、男性、40代)

 ●なぜなくすのか なぜ「なくす」という方向の話になるのかがわからない。属性として絶対に必要な書類もある。医療、法といったものについては、絶対に残しておいてほしい。いざ対応する場面になって、結果的に手遅れになる可能性もある。(山形県、男性、50代)

 ■男女で分けるもの避けてきた 「望まない方選ぶ人、すぐ隣にいるかも」

 「問われるたびにどっちだろう?どうしよう?と自分自身のアイデンティティーを深く考えなければならない人がいます。本当にその分類必要ですか?」とアンケートにコメントしたのは、トランスジェンダーの千葉県の会社員男性(58)です。

 自分に割り当てられた女性という性別に違和感を抱いた幼い頃から、葛藤を抱えながら「女性」にマルをしてきたと言います。30代後半で転職する際には、すでに男性として生きることを決め、外見も男性と見られるようになっていましたが、戸籍は女性のまま。市販の履歴書にある性別欄にひっかかり、自作したものを持って面接を受けたそうです。

 男女に分けるのは性別欄だけではありません。歌が好きだったのに、中学では男女でパートが異なる合唱部には入りませんでした。「男子」「女子」が枕ことばのようについてまわる運動部も避けたといいます。

 男性は、会社の同僚から「最近『LGBT』って話題だけど、いないよね」と言われ、驚いたそうです。「性的マイノリティーは、マジョリティーの気付かない所で存在しています。『男/女』の境界線から遠い場所にいる人は『性別なんて男女だけ』と思っているかもしれないけれど、周囲の目を気にして望まない方を選んだりする人が、すぐ隣にいるかもしれない」と言います。

 男性は「男性・女性・その他()」という性別欄が望ましいと考えています。「その他の()の中には、色々な理由があるはずです。それだけ、性自認の形や性別の考え方が多様であることを、子どもの時から当たり前にして欲しい」(田中聡子)

 ◇アンケート「鉄道のローカル線問題、どう考えますか?」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇来週3月5日は「曲がり角の自治会町内会」を掲載します。

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