体重の増加を抑える腸内細菌 日本人の腸内研究で発見 糖尿病の改善にも期待 カギは産生する物質

マイクロバイオータ研究最前線(3)

2023.05.12

 私たちの身体に共生する、星の数ほど多いマイクロバイオータ(微生物叢<そう>)に関する研究の最前線を紹介する連載の第3回。日本人の腸内研究で見つかった、体重の増加を抑え、糖尿病を改善する可能性のある腸内細菌について紹介します。

ブラウティア菌
体重の増加を抑え、糖尿病の改善にも役立つ可能性があるブラウティア菌(医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤純ヘルス・メディカル微生物研究センター長提供)

 健康な人と肥満や糖尿病の人の腸内細菌を比べたところ、腸内に「ブラウティア菌」と呼ばれる細菌が多くいる人は、肥満や糖尿病になりにくい傾向のあることがわかりました。モデル動物などによる基礎実験から、ブラウティア菌が産生する物質が重要だとみられています。今後、肥満や糖尿病を防ぐ方法の開発につながると期待されています。

 ブラウティア菌の有用性を見つけたのは、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN:ニビオン)や早稲田大学などの研究チームです。この研究の詳細は2022年、科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」で発表されました。

 NIBIOHNは全国各地の医療機関や自治体の協力を得て、日本人約9000人の腸内細菌に関するデータベースを構築しています。腸内細菌の種類や構成だけでなく、血液検査の結果なども含めた健康状態、肥満度、服用している薬の種類、食生活や運動習慣、睡眠状況といった様々な健康データや生活習慣のデータも一緒に登録されたデータベースです。

 データベース構築の一環として、山口県周南市と同市新南陽市民病院の健康な147人と、2型糖尿病患者45人の腸内細菌や健康状態を調べ、比較しました。その結果、2型糖尿病ではない人の腸内にはブラウティア菌やフィーカリバクテリウム菌の多いことがわかりました。また、肥満ではない人の腸内にもブラウティア菌や、フィーカリバクテリウム菌の多いことがわかりました。この2種類の腸内細菌と、2型糖尿病や肥満は、逆相関関係があると言えます。

147
(NIBIOHNの國澤純ヘルス・メディカル微生物研究センター長提供)

 フィーカリバクテリウム菌は、酪酸を産生する菌です。これまでにも糖尿病との逆相関関係について複数の研究で報告されていました。

  ブラウティア菌は酸素を嫌う嫌気性の細菌です。ヒトの腸内細菌に占める比率は、人種差があるらしいとわかっています。多くの欧米人の腸内では、1%未満しかいない少数派の菌ですが、NIBIOHNの腸内細菌データベースによれば、約9割の日本人では、腸内細菌の1%以上を占めています。

 肥満や糖尿病とブラウティア菌の関係については、従来、「内臓脂肪の量と逆相関する」という研究や、逆に「糖尿病の人の腸内に多い」という研究があり、詳しいことはわかっていませんでした。そこで研究チームは、動物実験で詳しく調べることにしました。

 通常の餌を食べさせるマウスと、脂肪分の多い餌を食べさせるマウスを比べると、高脂肪食のマウスは通常食のマウスよりも内臓脂肪が蓄積して肥満になり、糖尿病も発症しやすくなります。しかし、高脂肪食と同時にブラウティア菌を経口摂取させると、太りにくく、しかも、血糖値や血中のインスリン濃度が上がりにくく、糖尿病を発症しにくいことがわかりました。つまり、周南市におけるヒトでの比較調査の、ブラウティア菌と糖尿病や肥満には逆相関関係があるという結果が、動物実験から正しいと考えられることがわかりました。

「体重増加の抑制」と「糖尿病症状の抑制」
HFD=高脂肪食/Bw=ブラウティア菌/CD=通常食 國澤純/NIBIOHNヘルス・メディカル微生物研究センター長提供

 研究チームは次に、ブラウティア菌が肥満や糖尿病を抑制するメカニズムについて調べるために、ブラウティア菌からどのような物質が産生されているのかを調べました。その結果、脂肪の蓄積を抑制する働きや炎症を抑える働きのあるオルニチンやアセチルコリン、Sアデノシルメチオニンなどが産生されていることがわかりました。また、乳酸や酢酸、コハク酸なども産生されていました。

 ブラウティア菌を経口摂取したマウスの便を調べると、菌を摂取していないマウスに比べて、酪酸やプロピオン酸が多く見つかりました。ただし、ブラウティア菌が産生しているわけではありません。これらの酸の生成経路に照らし合わせると、ブラウティア菌の産生した乳酸や酢酸、コハク酸を使って、周辺の腸内細菌が酪酸やプロピオン酸を産生していると考えられることもわかりました。さらには、難消化性デンプンとして知られ、食物繊維と同じような働きをするアミロペクチンも多く含まれていることも分かりました。

 酪酸やプロピオン酸は、連載(2)でも紹介したように、短鎖脂肪酸と呼ばれ、免疫が過剰に働かずに、適度に働くよう制御する免疫細胞の1種、「制御性T細胞」を増やしたり活性化させたりする作用があるとされています。

 糖尿病は、慢性的に全身で炎症が生じている状態だと捉えられています。過剰な栄養摂取が続いて脂肪細胞に脂肪が蓄積すると、マクロファージといった免疫細胞が集まってきて炎症を起こすだけでなく、脂肪細胞から炎症を引き起こす生理活性物質が分泌され、全身に炎症状態が広がります。そしてインスリンの働きが悪くなるなどして、糖尿病を引き起こします。炎症状態は免疫が過剰に働いている状態です。ですから、ブラウティア菌によって周囲の腸内細菌から免疫を適切にコントロールする物質が産生されれば、炎症が鎮まり、糖尿病の症状も改善するのではないかと考えられます。

 ブラウティア菌をカプセル製剤にして飲めば、糖尿病患者の症状が改善する、糖尿病予備軍の人が糖尿病になるのを防ぐ、あるいは高脂肪食を食べても太るのを防ぐ、といったことは可能なのでしょうか。

 研究チームの代表をつとめるNIBIOHNヘルス・メディカル微生物研究センターの國澤純センター長は、「ブラウティア菌は酸素に触れると死んでしまう嫌気性細菌なので、それを直接、摂取できるようにするのはなかなかハードルが高いと言わざるを得ません。ただ、多くの日本人はブラウティア菌を持っていますので、自前のブラウティア菌を増やす食材などが見つかれば、すぐに利用可能だと思います」と指摘します。

 國澤センター長によると、腸内細菌を活用して健康を改善するアプローチには大きくわけて3種類あります。▽プロバイオティクス▽プレバイオティクス▽ポストバイオティクス、です。

 プロバイオティクスは、ビフィズス菌や乳酸菌など、有用な働きをする菌を直接、食べたり飲んだりする方法です。プレバイオティクスは、有用な働きをする腸内細菌の栄養源となるような食品を食べることで、有用な腸内細菌を増やしたり活性化したりするというアプローチです。ポストバイオティクスは、短鎖脂肪酸など、健康状態を改善するのに役立つ腸内細菌が産生する物質そのものを食べるというアプローチです。この場合は、必ずしもどの腸内細菌が産生しているのか分かっていなくても働きかけが可能です。

腸内環境改善のために
(NIBIOHNの國澤純ヘルス・メディカル微生物研究センター長提供)

 ブラウティア菌の場合、酸素に触れると死んでしまうので、プロバイオティクスとして実現するには、難しい培養を容易にする方法の開発や、酸素に触れないカプセルなどの利用が必要です。一方、ブラウティア菌を増やすには、大麦を食べると良いことや、ビフィズス菌が腸内に一緒にいると良いことが最近分かってきましたので、これらをプレバイオティクスとして利用することは比較的簡単な方法だとみられます。また、ブラウティア菌が産生する脂肪の蓄積や炎症の抑制効果のあるオルニチンやアセチルコリン、Sアデノシルメチオニン、さらには周辺の腸内細菌によって免疫反応を適正化する働きがある酪酸やプロピオン酸が産生される基となる乳酸や酢酸、コハク酸、アミロペクチンなどは、ポストバイオティクスとして利用することも可能です。

 國澤センター長は「今回の研究から、ブラウティア菌は単独で良い効果をもたらすだけではなく、周囲の腸内細菌と協調しあって有用な働きをしていると言えます。今後は、糖尿病を改善したり、防いだりする方向に腸内細菌が協調的に働くような環境を作るにはどうすればいいかを解明し、具体的な健康増進方法の開発につなげていきたい」と話しています。 

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  • 大岩 ゆり
  • 大岩 ゆり(おおいわ・ゆり)

    科学医療ジャーナリスト・翻訳家

    朝日新聞社科学医療部専門記者(医療担当)などとして医療と生命科学を中心に取材・執筆し、2020年4月からフリーランスに。同社在籍中には英オックスフォード大学客員研究員や京都大学非常勤講師、早稲田大学非常勤講師を兼任。主な著書に『最後の砦となれ~新型コロナから災害医療へ』、主な訳書にエリック・カンデル著『芸術・無意識・脳』(共訳)がある。

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