編集部へのお問い合わせはこちら

賞味期限の表示 少し書き足して食品ロス防ごう

賞味期限の表示 少し書き足して食品ロス防ごう
食品ロス問題ジャーナリスト/井出留美

井出留美さん
井出留美(いで・るみ)
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学)、修士(農学)。ライオン、青年海外協力隊、日本ケロッグ広報室長などを経る。東日本大震災で支援食料の廃棄に衝撃を受け、自身の誕生日でもある日付を冠した(株)office3.11設立。第2回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門、Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018、令和2年度 食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。近著に『食料危機』『捨てられる食べものたち』など多数。

「消費期限」との違いは知っているのに

よくある消費者意識調査のアンケートに「賞味期限と消費期限の違いを知っていますか?」というのがある。回答をみると、たいてい多くの人が「知っている」と答えている。たとえば、消費者庁が2022年3月に全国の18歳以上の男女5000人を対象に実施した消費者意識調査では、71.9%が「知っていた」と答えている。

では、違いを知っていることが日常の消費行動に結びついているだろうか。

賞味期限と消費期限の違いの認知度

認知度グラフ

筆者は、大学での講義や講演会場で、「買い物の時、商品棚の奥へ手を伸ばして賞味期限が先のものを取りますか?」とアンケートを取ってきた。さまざまな年齢と性別の2730名のうち、88%が「食品棚の奥から取る」と回答している。

牛乳棚
奥にある賞味期限が先の牛乳から抜き取られた食品棚(筆者撮影)

期限表示で第一に気をつけなければいけないのは「消費期限」のほうだ。これは日持ちしないお弁当やサンドイッチ、生クリームのケーキなどに表示される「食べても安全な」期限で、品質が急激に劣化するため、印字された期限をしっかり守る必要がある。

「消費期限」であれば、食品棚の手前にある期限の迫った食品は「鮮度が落ちていそう」「期限内に使い切れないかもしれない」と心配になり、食品棚の奥に手を伸ばすという消費者心理は理解できなくもない。

賞味期限と消費期限の違いのイメージ

違いのイメージ

しかし、「賞味期限」はおいしさのめやすに過ぎない。

食品メーカーは国のガイドラインに沿って「微生物試験」「理化学試験」「官能検査」から算出した実際に品質を保持できる日数に、1より小さい「安全係数」を掛けて賞味期限を設定している。

安全係数は各メーカーが決めるが、国のガイドラインでは0.8以上が推奨されている。実際は10カ月品質を保持できる食品であっても、安全係数0.8を掛けた賞味期限は8カ月となり、2カ月短くなる。ひとたび出荷されると、食品はさまざまな条件下に置かれるため、メーカーはあらゆるリスクを考慮して「ここまでなら大丈夫」という期限を短めに設定している。保管方法を間違えない限り、賞味期限を過ぎても食べられるのは、そういうわけだ。

参考になるデンマークの挑戦

それでは消費者の7割以上が「賞味期限と消費期限の違い」を知っているのに、9割弱が食品棚の奥に手を伸ばして少しでも賞味期限の長い食品を取ろうとするのはなぜなのか。

棚の手前で売れ残ると、撤去され廃棄されてしまう。食品ロスを防ぐ方法を、「賞味期限の啓発」から考えてみよう。

2022年のSDGs達成度ランキングが2位のデンマークでは、2019年に政府公認の「賞味期限の書き方」キャンペーンがおこなわれ、賞味期限の横に「過ぎてもたいていおいしくいただけます」とつけ加えられた。ある牛乳メーカーは、牛乳パックの側面一面を使い、賞味期限とはどんなものか、期限が切れても自分の五感を使って飲めるかどうかを判断しましょうと啓発した。デンマークではこうした一連の食品ロス削減の取り組みを通して、5年間で25%も食品ロスを減らすことができたという。

デンマークの表示
デンマークでの賞味期限の啓発活動(Too Good To Go提供)

日本でもこのような表示はできないだろうか。

消費者庁の「加工食品の表示に関するQ&A」を見てみよう。これは食品メーカーが食品パッケージの表示を作成する時、あるいは消費者からの質問に回答する際、参考にするものだ。

Q:消費期限や賞味期限の用語の意味が、必ずしも消費者にとってわかりやすくないので説明を付記してもいいか。

A:わかりやすく表示することは消費者への情報提供の観点から適切である。

つまり、メーカーは食品パッケージに「賞味期限」だけでなく、その補足情報をつけ加えていいのだ。

実際、日本でもハムや焼き豚などには賞味期限の下に「おいしく召し上がりいただくための期限です」と書き添えられたものがある。こういった工夫がもっと多くの食品に広がると、食品棚の奥に手を伸ばす、賞味期限が過ぎた食品をすぐに捨てるという消費行動も変わっていくのではないだろうか。

表示に補足情報
ハムの賞味期限表示と補足情報(筆者撮影)

「おいしいめやす」自分の五感で判断を

消費者庁は、2020年に賞味期限の愛称・通称コンテストをおこない、「おいしいめやす」を最優秀賞に選んだ。確かにこれなら子どもにもわかりやすいが、いまのところ愛称と言えるほど一般的にはなっていない。

せっかくなので、「賞味期限(おいしいめやす):○○○」を期限表示の模範例にして国のガイドラインに書き加えてはどうだろう。ついでにデンマークにならい、「賞味期限:○○○ 過ぎてもたいていおいしくいただけます」や「賞味期限:○○○ 過ぎたら五感で判断しましょう」も模範例に加えてもらいたい。こうした補足があれば、食品メーカーも、より食品ロスを防ぐ表示へと踏み出せるはずだ。

食品メーカーが自社の利益を追求するのは当然だが、消費者を啓発することもまた企業としての責務である。今から10年前の2012年、「消費者教育推進法」が施行され、事業者には「消費生活の知識の提供」が努力義務として課せられた。消費者に賞味期限の意味や、消費期限との違いをわかりやすく啓発することは、この法律の基本理念である「消費生活に関する知識を習得し、適切な行動に結びつける実践的能力の育成」につながる。

では、どうやって啓発するのか。もっとも目につきやすい食品パッケージこそ、最適な場所とは言えないだろうか。

賞味期限の啓発で食品ロスを防ぐことは気候危機対策にもなる。なんといっても食品ロスは中国、米国に次いで世界第3位の温室効果ガスの排出源なのだ。

消費者は、自分で料理したものであれば食べ残しても、まだ食べられるかどうかを自分で判断しているのに、企業が工業生産したものになると、とたんに人任せになり「思考停止」状態になりがちだ。もし、いま大災害が起きて、手元に賞味期限切れの食品しかなかったらどうするか。五感を駆使して食べられるかどうかを判断するのではないだろうか。

「賞味期限」はおいしさのめやすである。食料価格が高騰し家計を圧迫している今こそ、賞味期限が切れても自分の五感を使って判断することを心がけたい。

この記事をシェア
関連記事