「真央ちゃんと一緒に滑れるのは幸せ」今井遥が取り戻したフィギュアスケートの楽しさとアイスショー「BEYOND」の魅力

今回お話を伺ったのは、フィギュアスケート元日本代表の今井遥(いまい・はるか)さん。2018年に、約15年間のフィギュアスケート人生の幕を閉じた今井さんは、現在インストラクターとして選手育成に励む傍ら、浅田真央さん主宰のアイスショーに参加するなど、新しいステージで活躍されています。

多くのフィギュアスケート選手が3歳頃から英才教育を受ける中、今井さんが競技を始めたのは小学3年生のときでした。少し遅めのスタートを切ったものの、中学生で全日本ジュニア選手権で優勝し、異例のスピードで日本代表に選出。さらに初出場のジュニアグランプリシリーズにて優勝——。華々しいスケート人生の幕開けにも見えました。しかし今井さんの眼前に拡がっていた世界は、それとはまったく異なるものだったのです。

(聞き手・文: 花城 みなみ/フィギュア元ドイツ代表)

フィギュアとの出逢いは9歳。異例のスピードで日本代表選出

花城
最初に、フィギュアスケートを始めたきっかけや日本代表選手に選ばれるまでの道のりについて教えていただきたいです。
今井
私がフィギュアスケートに出逢ったのは9歳のときでした。きっかけは、仲良しの従姉妹と遊びに行った近所のスケートリンクです。二人で遊ぶ時間を増やしたくて、私たちはスケート教室に通い始めたんです。

体験教室に通い始めた私たちでしたが、だんだんと練習量が増えて小学校高学年になると練習漬けの毎日に。中学生になると、ジャンプを跳べる達成感やスピンなど氷上特有の動きに魅力を感じて、益々のめり込んでいきました。

でも、私はフィギュアを始めた時期が他の選手に比べて遅かったので、成長する喜びもありましたが、同時に「早くみんなに追いつかなくては」という焦りも感じていました。
2回転ジャンプまでしか跳べなかった小学生の私の横で、同世代の選手たちが3回転ジャンプを跳んでいるのを見て、「もっと早くスケートを習い始められていたら」と思うこともありました。なぜなら、その1回転の差がとても大きく感じられたからです。

それから、中学3年生で全日本ジュニア選手権と初出場のジュニアグランプリシリーズで優勝してメディアからの取材が一気に増えると、今度は周囲からの期待と大きなプレッシャーを感じるようになりました。

メディアからの注目、周囲からの期待、そして怪我の連鎖

花城
メディアの注目を浴びるようになったときに、どのような心境の変化があったのでしょうか。
今井
全日本ジュニア選手権とジュニアグランプリシリーズで優勝したとき、「実力よりも先に成績がついてしまった」感覚がありました。周りにレベルが高い選手が多かったため、私には、実力が備わっているとは到底思えなかったからです。

でも二つの優勝を経験したことで、状況は一変しました。もともとは一人でウォーミングアップをして試合に臨んでいたのが、メディアの方々に囲まれる機会が増えたり、「強化選手として派遣して頂いた大会で上位に行くためには、ジャンプを成功させて結果を出していかなくてはならない」という考えが常に頭をよぎり、強いプレッシャーを感じるようにもなっていました。立場が変われば当然のことですが、気がつけば私にとってのスケートは「従姉妹と楽しく滑っていた頃のスケート」とは別のものになっていたのです。

花城
周囲から注目されると、精神的な負担に加えて身体への影響も出てきますよね。今井さんも、怪我に苦しんだ選手時代だったと記憶しています。
今井
そうですね。どの競技も怪我がつきものですが、フィギュアも怪我をする選手が多く、私自身も度重なる怪我に悩まされてきました。中学3年生の時に初めて大きな怪我をして、高校生になってからも怪我の連続。腰や膝など身体の至るところを負傷して、選手生活の後半は思うように練習ができませんでした。

上を目指すためにもっと練習したい、でも練習量を増やせば怪我が悪化する。そうしたジレンマに悩む日々でしたね。毎日練習していたスピンも、腰を痛めるので本番一発勝負で臨んだりと、量とタイミングを調整しながら細心の注意を払って練習していましたが、中々現実は厳しく、成績が伸び悩んでいました。

花城
怪我の主な原因はなんだったのでしょうか?
今井
今思うと、身体に対しての練習量が合っていませんでした。注目され始めてから、自分の中の焦る気持ちを落ち着かせるために、自主練習をしすぎていたのだと思います。

アスリートに怪我はつきものです。特に疲労骨折等のオーバーワークによる怪我が多いので、小さい頃から身体にあった練習量とそれに耐えられる身体を作るトレーニングのメニューが必要です。そして身体を作るための日々の食生活を、周りのスペシャリストやご両親が支えることも大事だなと思います。

試合前の不眠対策とフィギュア界の体重管理

花城
身体的なコントロールだけでなく、精神的なコントロールも大変だったかと思います。
今井
試合前は緊張で眠れない夜も多かったです。翌日の試合を考えると横になっても目が冴えてしまって、朝まで寝られないこともよくありました。

睡眠不足が続くと演技にも支障をきたしかねないので、眠るために色々と工夫をしました。ハーブティーを淹れてみたり、アロマの香りを嗅いでみたり、寝ること自体を諦めたり。「寝られなくても横になるだけで体は休まるよ」とアドバイスされてからは、「寝なければいけない」という思いを捨てるようにしました。

花城
フィギュアは体重管理が厳しい世界ですが、今井さんご自身は体重管理や体型変化について悩まれましたか。
今井
私の場合はスケートを始めたのが遅かったので、️体型変化にすごく苦労したという経験は無かったです。元々️食が細いので、太りやすい体質でもありませんでした。それでも怪我防止のために、太らないように気をつけていました。ジャンプの着氷時には、体重の約4倍の負荷が足腰にかかるとされています。そのため、体重が増加すれば怪我のリスクが高くなるのです。

また栄養士さんからのアドバイスを受けて、15時以降に甘いものは食べないようにしたり、野菜を多く摂取して炭水化物を少なくするなどの配慮をしていました。特にアメリカへの遠征期間中は、いつも以上に食事に気をつけていましたね。

ただ、好きな食べ物を我慢するのは難しいじゃないですか。私は甘いものが大好きなので、「甘いものを一切食べない」ということはできませんでした(笑)。

甘いものが欲しくなったときは、洋菓子ではなく和菓子を選ぶなど「太りづらい甘いもの」を食べたり、どうしても洋菓子を食べたい時は量を少なくしたり。他にも、食べる時間や️運動量で調節することで、甘いものを我慢し過ぎないようにしていました。

花城
炭水化物を全面的に禁止されている選手もいますよね。
今井
どうしても痩せている選手たちが難しいジャンプを軽々と跳んでいるのを見かけると、親や先生など周囲の関係者たちが選手に痩せることを要求してしまうんです。だからといってお菓子を全面的に禁止すると、そういう子に限って隠れて食べちゃうんです。それに加えて、フィギュアのトップ選手たちは注目される場面が多く、テレビの視聴者さんから体型を指摘されたり、「もうちょっと絞った方がいい」と書かれた手紙が送られてきたりもします。

有難いことにフィギュアは影響力の大きいスポーツですが、その分選手のストレスにもなりかねません。難しい問題ですが、カロリーの高いものを禁止するよりも、摂取する量を減らしたり噛む回数を増やすなどして、無理をしないことが大事だと思います。

花城
食事管理によって、皮肉にも食事に取り憑かれてしまうんですよね。教え子たちにも体重管理のコツなどを伝えていますか?
今井
伝える必要がある子には伝えますが、アドバイスの必要がない子もいるので、選手によります。あとはトップを目指しているかどうかですね。趣味で楽しく続けたい子もいるので、指導内容は一人ひとり異なります。

浅田真央主宰のアイスショーへの参加を決めた理由

花城
引退後、プロ転向を決めたきっかけを教えてください。
今井
最後の舞台と決めていたエキシビションの前日、インスタグラムで引退を表明しました。自分が滑るのはここで終わりにしようと決断したんです。

私は演技をしながら、「ジャンプするのもこの一回が最後。人前に立って演技をするのも、これが最後。この演技を以って引退しよう」という気持ちで滑っていました。引退への強い意志を持って最後のスケーティングをして、その後はインストラクターに専念するつもりでいました。滑る立場から教える立場に切り替えようと考えていたんです。

しばらく経ってから、真央ちゃんのショーにメンバーとして参加してみないかとお話をいただきました。覚悟を決めて引退したばかりだったので、迷いもありました。それでも参加を決めたのは、私自身が演技力を磨くことで指導の幅を広げることができるのではという思い、そして選手時代から憧れの真央ちゃんのショーだったからです。

そんな真央ちゃんとアイスショーで一緒に滑れるのはとても幸せなことだと思いました。練習をしていない状態からのスタートで迷いもありましたが、それでも今こうして再びスケートリンクに立ち、素晴らしい経験ができていることは、ひとえに真央ちゃんのお陰です。

花城
アイスショーに向けて再びコンディショニングはされましたか?
今井
現役引退後に体重が増えてしまうアスリートの方もいますが、私の場合は逆でした。食事にほとんど気を遣わなくなり、️筋力が落ちたこともあり、今の方が痩せているんです。

もちろん最低限の配慮はしていますが、現役時代のようにストイックな食事管理はしていません。それにもかかわらず、ショー開始まで残り1ヶ月を切ったとき、現役時代よりも絞れていたんです。ストレスを感じない程度に気をつける方が太らないのかもしれませんね。それよりも、落ちてしまった筋力と️体力、スケーティング技術を取り戻す方が大変でした。

花城
再び舞台に立つまでどのように過ごされていましたか?
今井
アイスショーへの出演が決まったとき、私は既にインストラクターとしての活動を始めていました。教え子の試合に付き添うため名古屋に行ったり、教え子の振り付けのためにアメリカに帯同したりと、多忙な日々を過ごしていたんです。

そんな中、ショーの準備期間が1ヶ月しか残っておらず、合同練習に参加できたのは数回程度でした。短期間で振り付けを覚えたり衣装合わせをしたりと、本当に忙しない日々でした。

急に激しい動きをしたことで、練習中にぎっくり腰になるハプニングもありました。実はサンクスツアーの初回公演のときは、ぎっくり腰の状態で滑っていたんです。当日の朝もジャンプの練習ができず、ぶっつけ本番で挑みました。

様々なアクシデントはあったものの、メンバーみんなで一緒に滑る時間をとても幸せに感じました。「スケートって楽しかったんだな」と心から思えたんです。

花城
楽しかったスケートを取り戻すことができたのですね。フィギュアの競技寿命が短いことが度々議論されますが、才能のある若き選手たちが、スケートの楽しさをだんだんと忘れていってしまうのではないかと懸念しています。
今井
楽しくスケートできなくなってしまった選手も多いと感じますね。どうしても周囲の方々が選手に過度な期待を寄せてしまい、本人がそれを重圧として感じてしまいがちです。実力のあった選手がある日突然やめてしまうケースを、私も何度も目にしてきました。

競技が注目されることは恵まれている証でもあります。しかしながら、有望な選手たちは幼少期からメディアに取り沙汰される生活を送っているため、️一般の小学生に比べてプレッシャーの中で競技に取り組んでいると感じます。本気で世界レベルの舞台を目指すことを考えると中々難しい問題ではあるのですが、現在の小さなスケーターたちには気負わずにのびのびと、楽しくスケートを続けて貰えたらとも思います。

花城
スケートリンクの数が減ってしまい、気軽にアクセスできなくなった問題もありますよね。趣味で通うのは難しいし、選手ならご両親に送迎の負担がかかります。選手である以上、ご両親に多大なコストを強いることになりますから、当然背負うものも大きくなります。
今井
スケートリンクは膨大な維持費がかかるため、多くのリンクが経営難に陥るのが現状です。かつて都内には昭島や高田馬場にもリンクがありましたが、潰れてしまいました。でも、来年11月頃に「MAO RINK」が立川に完成する予定です。
花城
浅田真央さんは、セカンドキャリアの一つの選択肢となるアイスショーをつくられて、さらに「MAO RINK PROJECT」まで始動されて、私も本当に尊敬しています。
今井
普段アイスショーを通して真央ちゃんと共に行動している私も、真央ちゃんの実行力には頭が上がりません。想像を遥かに超える素晴らしいアイスショーをつくりあげるだけでなく、全国各地で開催することも含め本当に真央ちゃんにしかできないことだと思います。

前回の「浅田真央サンクスツアー」の時は「これ以上に最高なアイスショーはない」と思いながら滑っていましたが、いざ新しいアイスショー「BEYOND」が完成すると、️私たちの想像を遥かに超える素晴らしいものでした。さらにはスケートリンク開設の夢をこんなにも早く実現させ️ようとしています。本当に私達メンバーも含め、みんなの想像を超えてくるのがすごいなって。「さすが真央ちゃんだな」と思います。

アイスショー「BEYOND」の魅力、そして若きアスリートへのメッセージ

花城
ツアー最後の千秋楽公演を控えたいま、あらためてアイスショーの見所を教えていただけますか。
今井
試合だとジャンプを跳ばなきゃいけないとか、演技時間や技の要素、技の数や回転数まで色々な決まりがあります。振り付けで個性を出すことはできても、どうしても似通った要素になりがちです。

アイスショーは競技と違って、一切のルールがありません。何分滑ってもいいし、衣装のスカートが長くても良い。試合では、回転の邪魔になる長いスカートは避けられがちですが、アイスショーであれば問題なく着ることができます。

さらに、私は今タンバリンを持って演技をしているのですが、小道具の使用も自由です。照明も自分の好みに設定できるなど、基本的にはルールがありません。試合とはひと味違ったスケーティングと自由度の高い演出こそがアイスショーの見どころですね。


今井遥さんのInstagramより、タンバリンを持って演技する様子

花城
最後に、今井さんから若いアスリートたちに向けて伝えたいことはありますか?
今井
やっぱり一番は、小さな異変を感じたら周囲に相談することです。疲労骨折などの怪我をするときは、大きな痛みを感じる前に少し痛みがあったりするんです。ダイエットによるストレスの積み重ねが過食に繋がるように、怪我も小さな痛みが積み重なって最終的に悪化してしまいます。

もし少しでも身体の異変に気付いたら一度立ち止まってみて、自分の身体と向き合ってほしいです。そこで症状を抑えられたり悪化を防ぐことができます。

私は本番で無理をして怪我が悪化した経験があります。小さな異変を感じたら一旦練習を中断してすぐ周りに相談すれば、より良い方向へと向かっていけると思います。

花城
ありがとうございました。

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