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円の実力レートが53年ぶり低水準、固定相場時代に戻った日本の購買力

  • 8月の実質実効為替レートは73.19-BIS
  • 名目の円安に加え賃金格差とそれに伴う価格設定行動の差が影響

円の総合的な実力を示す「実質実効為替レート」が1970年以来、53年ぶりの低水準となった。円が1ドル=360円の固定相場制だった時代と同水準で、日本の対外的な購買力の低下が鮮明になっている。

Japanese Yen and U.S. Dollar Banknotes Ahead of US-Japan Trade Talks
円とドルの紙幣
Photographer: Keith Bedford/Bloomberg

  国際決済銀行(BIS)が発表した8月の円の実質実効為替レートは73.19(2020年=100)で、さかのぼれる1970年以来の最低の水準となった。同レートはドルやユーロなどさまざまな外国通貨と比べた円の実力を示し、内外の物価格差を考慮した対外的な購買力を表す。名目為替レートを貿易額に応じてウエート付けし、物価変動分を除いて算出する。

  実質実効為替レートの低下は本来、日本企業の輸出競争力の向上を意味するが、海外への生産移転が進み、その効果は薄れている。一方、円の購買力低下は海外からのモノやサービスの購入コスト増を意味する。輸入企業にとって収益悪化要因となり、商品への価格転嫁が進めば物価上昇による実質賃金の低下を通じて家計を圧迫する要因となる。

BIS. Note: Chart shows BIS broad index for yen REER
BIS公表のBroadべース。1993年以前はNarrowベースの実効為替レートの前月比伸び率を用いて日銀が推計                                             
 

  21日の円の対ドル相場は1ドル=148円台。2011年10月に75円30銭台の史上最高値を付けた後、安倍晋三元首相の経済対策「アベノミクス」と日本銀行の黒田東彦前総裁の異次元緩和の下で円安が進み、その流れは今も止まっていない。名目ベースの円安に加え、物価や賃金が諸外国に比べ低い伸びを続けてきたことが実質実効為替レート低迷の背景にある。

円安の背景

  名目ベースの円安進行の理由として、物価高を受けて金融を引き締める米欧と、2%物価目標が未達として超金融緩和を続ける日銀との違いを指摘する声は強い。東短リサーチの加藤出チーフエコノミストは、日本のインフレ率は他国と比べて圧倒的に低いわけではないのに政策金利はマイナスで、「日銀と他の中銀のスタンスの差は極めて明瞭だ」と語る。 

  もっとも、日本の金融政策については正常化に向けた動きも意識され始めている。日銀は7月、イールドカーブコントロール(長短金利操作)の上限を事実上0.5%から1%に引き上げた。植田和男総裁は政策修正の理由として、長期金利の上限を厳格に抑えることで為替を含め金融市場のボラティリティーに影響が生じる恐れがあると指摘。円安進行が金融政策に影響するとの見方が強まり、市場は来年1-3月のマイナス金利政策解除を織り込みつつある。

  一方、日本の賃金の伸びは成長率や生産性の低さを背景に米欧を大きく下回る。8月の米民間部門の平均時給は前年同月比4.3%増。日本は春闘で約30年ぶりの大幅賃上げが実現したとはいえ、一般労働者の所定内給与(7月の毎月勤労統計)は1.9%増にとどまる。加藤氏は「日本はこんなにも為替レートを減価させてきたのに、それが経済成長に全然結び付いていない」と指摘する。

広がる内外価格差

  みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケットエコノミストは、最近シンガポールに出張した際、コーヒーや飲料水といった日常生活に近い財で内外格差が広がっており、日本の物価情勢との差が大きいことを感じたという。

  同氏は、内外価格差の拡大には名目ベースの円安だけではなく、賃金格差とそれに伴う価格設定行動の差が大きく影響しているとみる。その上で、円安が続く背景には金融政策の違いだけでなく、貿易収支の赤字拡大、円買い圧力に直結しない第1次所得収支の黒字、デジタルなどを中心としたサービス収支赤字など「明らかに構造的な要素」があると指摘している。

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