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わが国の長期失業者の現状

永沼早央梨、宇野洋輔(日本銀行)

Research LAB No.16-J-2, 2016年3月1日

キーワード:
長期失業、ミスマッチ、賃金変動

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yousuke.uno@boj.or.jp(宇野洋輔)

要旨

わが国の失業率は、歴史的にみても低い水準まで低下しているものの、長期失業者の減少テンポは緩やかである。わが国の長期失業者は、米国と違い、「若年層」(20〜40歳代)の「男性」に偏っている。これは、90年代以降、バブル経済の崩壊やリーマン・ショックなど負のショックが生じるなかで労働需要が産業間や就業形態間でシフトしたことを背景に、製造業で失職した若年男性が同じ製造業での就業機会を得られず、長期失業者となったことが一因と考えられる。さらに、2000年代半ばにかけての「就職氷河期」に正規雇用での就業が難しかった世代を中心に、同居家族からの援助もあって、職探しが長期化している可能性もある。こうした長期失業者がマクロの賃金変動に与える影響は限定的であると考えられるものの、所得水準が先行きも長期にわたって低位に止まる可能性や、人的資本が蓄積しないことによる成長率への影響については留意する必要がある。

はじめに

わが国の失業率は3%程度と、歴史的にみても低い水準にあり、企業の人手不足感もかなり高まっている(図1)。もっとも、失業者の中身をみると、失業期間が1年未満の短期失業者が大幅に減少していることに比べると、失業期間が1年以上の長期失業者の減少ペースは、非常に緩慢である(図2)。この結果、長期失業者が失業者全体に占める割合は、90年代以降、上昇傾向を辿っており、最近では米国や英国を上回っている(図3)。加えて、失業期間が2年を超える失業者の割合が2014年には2割を超えており、平均的な失業期間が長期化している。

図1:失業率と雇用人員判断DI

失業率と雇用人員判断DIの推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

図2:短期と長期の失業者数

短期失業者数と長期失業者数の推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

図3:各国における長期失業者の割合

日米英独における、長期失業者が失業者全体に占める割合の推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

米国や英国でも、2008年のリーマン・ショックを契機に長期失業者の割合が急激に高まったことから(前掲図3)、失業期間の長期化が就業や賃金・物価にどのような影響を及ぼすか、中央銀行関係者を中心に高い関心が寄せられている1。たとえば、Krueger et al.(2014)は、米国の場合について、長期失業者は短期失業者に比べて就業確率が低く、景気感応的でないとし、リーマン・ショック後の長期失業率の高まりは構造的な要因によるものと指摘している。また、Kumar and Orrenius(2015)は、米国の州別データに基づいて、長期失業率は短期失業率ほどには実質賃金の変動に影響を与えていないとしているほか、Linder et al.(2014)も、長期失業率に比べて短期失業率の方が名目賃金の予測力が高いと主張している。これらはいずれも、長期失業率の変動が短期的な労働市場の需給に大きく影響しないことを示唆している。他方、Dent et al.(2014)は、長・短失業者の基本的な属性(年齢分布など)に大きな違いがないことを示し、長期失業者の変動は、短期失業者と同様に、景気循環の影響を強く受けると主張している。こうした見方と整合的に、Kiley(2014)は、物価に対する圧力は長期失業率と短期失業率で大きく異ならないと主張している。

本稿では、これら米国での先行研究を踏まえつつ、わが国の失業者の約4割を占めるに至った長期失業者について、その特徴や増加の背景、そして、マクロの賃金変動に及ぼす影響を整理する。

  1.  1  米国では、リーマン・ショック後の失業期間の長期化を巡って、一時的に行われた失業保険の給付期間延長がその一因となった可能性についても、定量的な評価には幅があるものの、活発な議論が行われている(Fujita(2011)、Farber and Valletta(2013)など)。

わが国の長期失業者の特徴

まず、わが国における長期失業者の基本的な特徴を、短期失業者と比較するかたちで確認しておく。2014年時点の失業者の属性をみると、短期失業者がいずれの性別・年齢階層別にも偏りなく分布しているのに対し、長期失業者は、「25〜44歳」の「男性」に大きく偏っている(図4)。こうした姿は、長期失業者が性別・年齢階層別に概ね偏りなく分布している米国と大きく異なっている。

図4:長期失業者の性別・年齢階層別の特徴

日本と米国における短期失業者と長期失業者の性別・年齢階層別の分布を表したレーダーチャート。詳細は本文の通り。

また、こうした属性の偏りは、90年代以降の長期的なトレンドとして観察することができる。すなわち、長期失業者に占める男性の割合は、90年代以降一貫して7割程度で推移しており、短期失業者の男性割合(5割程度)を大きく上回るほか、男性の長期失業者に占める25〜44歳の割合も長期失業者全体の3割程度と、90年代以降一貫して高い。これと整合的に、わが国男性の就業確率(失業者が翌月に職を得る確率)は、90年代以降、趨勢的に低下してきた(図5)。なお、男性で25〜44歳の長期失業者は、90年代初めには6万人程度であったが、90年代および2000年代を通じて増加を続け、ピークの2010年には43万人、2014年時点でも31万人存在している。

図5:失業者の就業確率

失業者が翌月に職を得る確率の推移を、男性、女性の別に示したグラフ。詳細は本文の通り。

長期失業者に男性が多い背景

なぜ長期失業者に男性が多くなるのだろうか。背景のひとつとして、労働市場における需給のミスマッチが挙げられる。わが国の労働需要は、製造業で低迷する一方、医療福祉業をはじめとするサービス業で増加傾向にあり、経済全体では、産業間での需要シフトが生じてきた(図6)。失業者が前職に近い職種を希望する傾向があることを踏まえると、かつて製造業に従事していた失業者が再び製造業で職を見つけることは、年々難しくなったと考えられる。実際、2014年時点では長期失業者の25%が製造業出身者となっている。製造業で男性労働者の比率が高いことを踏まえると、こうした需給のミスマッチは、女性に比べて男性の失業期間を長期化させた可能性がある。求人数と求職者数の産業別シェアの差から作成した産業間ミスマッチ指標をみても、長期失業者は、失業者全体に比べてミスマッチの程度がより深刻である様子がうかがえる(図7)。

図6:産業別の新規求人

製造業と医療福祉について、新規求人数の推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

図7:産業別の雇用ミスマッチ

産業別の求人シェアと求職(失業者)シェアの差の合計に0.5を乗じて算出した産業間ミスマッチ指標について、長期失業者と失業者全体の推移を示したグラフ。詳細は本文の通り。

また、製造業に比べてサービス業の非正規雇用比率が高い点を踏まえると、製造業からサービス業への労働需要のシフトは、正規雇用から非正規雇用への需要シフトも伴っていると考えられる。男性は、女性に比べて正規雇用を希望する割合が高いため2、正規雇用から非正規雇用への労働需要のシフトも男性の長期失業につながっている可能性がある。このように、長期失業者に占める男性割合の高さは、産業間あるいは就業形態間のミスマッチを映じたものである可能性が高い。

  1.  2  総務省「就業構造基本調査」(2012年)によると、求職者のうち正規の職員での就業を希望する割合は、女性26%に対して、男性は54%である。

長期失業者に若年層が多い背景

わが国の長期失業者は男性に偏ると同時に、20〜40歳代の比較的若年層が多い。この背景のひとつには、多くの若年失業者は同居している親から経済援助を受けており、比較的長い時間をかけて職を探すことが可能である点が挙げられる。実際、失業者に占める「世帯主の子」の割合をみると、2014年時点では短期失業者が40%程度にとどまる一方、長期失業者は50%を上回っている。また、独立行政法人労働政策研究・研修機構が2013年に行った長期失業者を対象としたアンケート調査によれば、39歳以下の長期失業者のおよそ半数が同居家族から生活費の援助を得ている。こうした同居者からの経済援助は、失業者の留保賃金(=これ以上になれば働いても良いと失業者が考える賃金の水準)を高め、失業期間の長期化に作用している可能性がある。

こうした若年層は、いわゆる「就職氷河期」(1993年から2005年までを指すことが多い)と呼ばれる時期に新卒として労働市場に参入した者が多い。太田・玄田・近藤(2007)によれば、この世代は、新卒で正規雇用として就業できなかった者が多く、オン・ザ・ジョブトレーニングによって人的資本が蓄積されなかったほか、新卒での就業経験の無いことが負のシグナルとして企業に認識されるなど、就業の障害となるような負の影響(履歴効果)を今なお受け続けている可能性がある。この点、長期失業者の年齢別割合をみると、90年代半ばに「25〜34歳」の割合が上昇し始めたあと、2000年代に入ってから「35〜44歳」の割合が上昇し始めている。こうしたラグは、この世代に固有の失業長期化要因が存在している可能性を示唆している。

長期失業が賃金変動に及ぼす影響

長期失業者の増加は、賃金に対してどのような影響を及ぼすだろうか。ここでは、賃金変動と長短失業率との関係(フィリップス曲線)を推計する。推計に際しては、短期失業率と長期失業率との間の強い共線性に対処するため(前掲図2)、性別・年齢階層別のパネルデータを用いることで変数間のバリエーションをある程度確保している3

推計結果をみると、短期失業率にかかる係数が有意に負となる一方、長期失業率については負の係数が推計されるものの、統計的には有意にゼロと異ならない(表1)。こうした結果は、前節までの議論と整合的である。すなわち、わが国の長期失業者は、労働市場の需給ミスマッチや「就職氷河期」からの履歴効果などによって就業が困難になっていることから、労働需要の循環的な回復に伴う就業機会の拡大が見込みにくい。これにより、長期失業率は、短期失業率に比べて、賃金変動に及ぼす影響が限定的となっているとの解釈が考えられる。

  1.  3  Kiley(2014)やKumar and Orrenius(2015)も、長短失業率の共線性に対処するために、パネルデータ(地域別)を用いてフィリップス曲線を推計している。

表1:フィリップス曲線の推計結果

被説明変数:名目資金(前年比)
定数項 短期失業率 長期失業率 Adj-R2
0.02 *** -3.53 ** -0.82   0.78
(0.00) (1.46) (1.88)
  • (注1)**、***は、有意水準5%、1%で有意であることを示す。括弧内は標準誤差。
  • (注2)横断面方向は性別・年齢階層(10歳刻み)別の10区分。固定効果モデル。推計期間は1982年~2014年。
  • (注3)名目資金は、現金給与総額。

ただし、マクロの賃金変動に及ぼす影響が限定的であったとしても、長期失業者の所得水準が先行きも長期にわたって低位に止まる可能性4や、人的資本が蓄積しないことによる成長率への影響については留意する必要がある。

  1.  4  たとえば、独立行政法人労働政策研究・研修機構が行ったアンケート調査では、長期失業者の平均年収は、離職前には360万円程度だが、再就職後には240万円程度に減少するとの結果もみられている。

おわりに

本稿では、わが国の長期失業者の現状を整理したうえで、賃金変動に及ぼす影響について分析した。本稿の事実整理に基づくと、わが国の長期失業者は、若年男性に大きく偏っており、この傾向は、90年代以降一貫してみられている。こうした長期失業者の属性の偏りは、(1)産業間や就業形態間の構造的な需給ミスマッチ、(2)同居する親からの経済援助による留保賃金の高止まり、(3)「就職氷河期」から続く履歴効果などによって生じているとみられる。これらを踏まえると、わが国の長期失業者は、労働需要が循環的に回復したとしても、短期失業者と同程度に就業機会が拡大するとは考えにくい。このことは、長期失業者が短期失業者に比べて、労働市場の循環的な需給変化を反映しにくいことを示唆しており、実際、単純なフィリップス曲線の推計結果をみても、長期失業率は、短期失業率に比べて、賃金変動に及ぼす影響が限定的であった。ただし、賃金変動に及ぼす影響が限定的であったとしても、長期失業者の所得水準が先行きも長期にわたって低位に止まる可能性や、人的資本が蓄積しないことによる成長率への影響については留意する必要がある。

参考文献

日本銀行から

本稿の内容と意見は筆者ら個人に属するものであり、日本銀行の公式見解を示すものではありません。