労働条件明示ルールが2024年4月変更!弁護士が対応を解説
人事労務2023年3月30日、労働基準法施行規則(以下「労基則」といいます)等の改正を内容とする「労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令」(厚生労働省令第39号)が交付・告示されました(以下「本改正」または「改正省令」といいます)。本改正により、2024年4月1日以降、使用者に要求される労働契約の締結・更新時における労働条件の明示事項が追加されます。
本稿では、労働条件明示義務の基本事項を説明したうえで、改正点について解説します。
労働条件の明示義務とは
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して、賃金、労働時間その他一定の労働条件を明示しなければなりません(労働基準法(以下「労基法」といいます)15条1項)。
また、使用者は、これらの労働条件の明示について、事実と異なるものとしてはならないことが定められています(労基則5条2項)。明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は、即時に労働契約を解除することができます(労基法15条2項)。
1 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
明示をすべきタイミング
上記のとおり、労働条件の明示は、労働契約の締結に際し行うことが求められます(労基法15条1項)。ここにいう「労働契約の締結に際し」には、期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」といいます)の契約期間満了後の契約更新や、定年後の再雇用の場合も含まれます 1。したがって、有期労働契約の場合、労働契約締結時のみならず、契約更新のタイミングでも労働条件の明示が必要となることに留意が必要です。
改正で追加された明示事項
本改正により、労基則5条により明示を要する事項が追加されました。下表のとおり、追加された明示事項は、全労働者を対象とするものと、有期労働契約を締結した労働者(有期契約労働者)を対象とするものに分類できます。
明示を要する対象者 | 追加された明示事項 |
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全労働者 |
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有期契約労働者 |
|
「全労働者」を対象とする明示事項
改正前の労基則では、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」の明示、つまり雇入れ直後の就業場所・業務の内容を明示すれば足りるとされていました。本改正では、労働者の予見可能性の向上等の観点から、「(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)」という文言が付加されました(改正労基則5条1項1の3号)。
これにより、2024年4月1日以降は、就業場所・業務の内容につき、雇入れ後の変更の範囲も明示が必要になります。「変更の範囲」とは、具体的には、将来の配置転換等によって変わり得る就業場所・業務の内容の範囲をいうものとされています。
明示の方法については、厚生労働省から以下のモデル労働条件通知書の改正イメージが公表されています。
モデル労働条件通知書の改正イメージ(一部抜粋)
「有期契約労働者」を対象とする明示事項
続いて、有機労働契約者を対象に明示すべき労働条件について説明します。なお、無期転換ルールに関する事項については、下記の関連記事をご覧ください。
(1)更新上限の明示
実務上、有期契約労働者の契約期間が長期間になることを避けるために、使用者が有期労働契約の通算契約期間または更新回数の上限(以下「更新上限」といいます)を設定することがあります。このような更新上限の設定は、それ自体が違法となるものではないと解されています。ただし、上限の有無が不明確な場合には、労働者が契約更新や無期転換の期待を抱く可能性が高まり、労使の認識の相違からトラブルが生じやすくなるというリスクにつながります 2。
本改正では、使用者に対し、有期労働契約締結時の明示事項として、更新上限の有無と内容を追加しました(改正労基則5条1項1の2)。具体的な記載内容については、上記のモデル労働条件通知書をご参照ください。
なお、本改正が定める労働条件明示義務と、更新上限到達時に当然に更新拒絶(雇止め)が認められるかという私法上の効力は、それぞれ別個の問題です。そのため、本改正に従って更新条項を設定したことをもって、それまでに生じた契約更新に対する合理的期待が消滅したものとして、当然に雇止めが認められることにはならない点には留意が必要です。
雇止めが否定された例としては、カンタス航空事件(東京高裁平成13年6月27日判決・労判810号21頁)などがあります。
(2)更新上限の新設・引下げの場合の説明義務
実務上、契約更新のタイミング等で、使用者が労働者に対し、更新上限を定めた労働契約を提示し、同意を求めることがあります。最初の契約締結よりも後に更新上限を新たに設定する場合には、その時点で更新の期待を有する労働者に不利益をもたらすことから、紛争の原因となりやすいと指摘されていました 3。
紛争の未然防止や解決促進の観点から、本改正に伴い、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(いわゆる「雇止め告示」)も改正され(厚生労働省告示第114号)、使用者が次の措置を取る場合には、あらかじめ、その理由を労働者に説明しなければならないことが定められました(1条)。
- 当初の労働契約の締結後に、更新上限を新たに設ける場合
- 当初の契約締結の際に設けていた更新上限を引き下げようとする場合
なお、契約更新のタイミングで更新上限が設定された場合、労働者はそれに同意しなければ契約が更新されないという点で、実際上は同意を余儀なくされ得るという懸念から、労使間で係争になった場合、裁判所は、当該同意が自由意思に基づいてなされたのかを慎重に検討する傾向があります。
たとえば、報徳学園(雇止め)事件(神戸地裁尼崎支部平成20年10月14日判決・労判974号25頁)、博報堂(雇止め)事件(福岡地裁令和2年3月17日判決・労判1226号23頁)、地方独立行政法人山口県立病院機構事件(山口地裁令和2年2月19日判決・労判1225号91頁)などはその一例です。
明示義務違反の罰則
上述した労働条件の明示義務違反があった場合、当該違法行為をした者および事業主は30万円以下の罰金を科せられます(労基法120条1号、121条)。
施行日までに必要な対応
本改正は、2024年4月1日から施行されます(改正省令附則1条)。
労働条件通知書の具体的な記載内容については、厚生労働省から公表されたパンフレット 4 に詳細な記載例が紹介されており、これらの記載例を参照しつつ、記載方法を検討することが想定されます。
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厚生労働省労働基準局(編)『令和3年版 労働基準法〔上〕』(労務行政、2021)237頁 ↩︎
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本改正の契機となった、厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会 報告書」(令和4年3月30日)13頁 ↩︎
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厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会 報告書」(令和4年3月30日)13頁 ↩︎
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厚生労働省パンフレット「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」 ↩︎
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