「貯蓄から投資へ」は進むのか?

~資金循環統計からみた家計部門の金融資産(ストック・フロー)の動き~

佐久間 啓

- ポイント -

*資金循環統計によれば2023/3月期の家計の金融資産残高は過去最高の2,042.8兆円

*うち現金・預金が占率54.2%、保険が18.5%、株式等が同11.1%、投信が同4.4%

*家計の現金保有は106.8兆円、計算では一人当たり86万円、1世帯当たり223万

*株式等+投信ストックは316兆円と過去最高、占率は15.5%と1980年以降の平均レベル

*「貯蓄から投資へ」を進めるためには家計のリスク許容度を上げることが必要

*新しい投資家層も育つなか政策の後押しもあり今回は「貯蓄から投資へ」動き出す予感

日銀の資金循環統計は金融機関、非金融法人、家計、海外といった各部門の金融資産、負債の動きを預金、有価証券といった金融商品ごとに記録した統計である。データは四半期ごとに公表されている。日本全体の金融資産の動きが包括的に把握できる非常に有用な統計であり、内容は多岐にわたるが、身近なところでは報道等でよく耳にする“個人金融資産が○○兆円、前年比×.×%増加”という時の“個人金融資産残高”はこの資金循環統計の家計部門のデータだ。

そこで家計部門のデータについて少し詳しく見てみる。直近データは6月に公表された2023年3月期のもの。この中で個人金融資産残高は2,042.8兆円、前年比+21.4兆円、+1.1%となっている。一方、負債残高は383.1兆円で差し引き純金資産残高は1,659.7兆円となる。金融資産は、現金・預金が1,106.7兆円(占率54.2%)、株式等225.7兆円(同11.1%)、投信90.3兆円(同4.4%)、保険378.1兆円(同18.5%)、年金154.5兆円(同7.6%)、その他87.6兆円(同4.3%)という構成だ。金融負債では住宅ローンが226.3兆円(同61.7%)を占めている。現金・預金残高は現行資金循環統計で遡れる1980年3月末の58.7%から1980年代後半の平成バブル期の数年と2000年代半ばのいざなみ景気期に2年ほど50%を割れた時期もあったがそれ以外は50%台を維持している。

資金循環/家計/金融資産(グロス、ネット)、資金循環/家計/金融資産(2023年3月末)
資金循環/家計/金融資産(グロス、ネット)、資金循環/家計/金融資産(2023年3月末)

兆円 資金循環/家計/金融資産(グロス、ネット)
兆円 資金循環/家計/金融資産(グロス、ネット)

資金循環/家計/金融資産(2023年3月末)
資金循環/家計/金融資産(2023年3月末)

平成バブル崩壊以降、金融証券市場改革とともに「貯蓄から投資へ」という方針のもと、政府も証券優遇税制、NISAの導入等の様々な手を打ってきたが“家計”の現金・預金選好にはあまり大きな変化は見られていないというのが多くの方々の感想だろう。そうしたなか岸田政権は「資産所得倍増プラン」で再度「貯蓄から投資へ」の流れを強く、太くしようとしている。そのために用意された器もかなり強力だ。日本株も動き出した。そこで今回は資金循環統計から家計の金融資産保有動向、特に現預金、株式、投資信託のデータを眺めながら「貯蓄から投資へ」について考えていきたい。

資金循環/家計/金融資産
資金循環/家計/金融資産

現金・預金は更に現金、流動性預金、定期性預金、外貨預金等に分かれるが、このうち現金は106.8兆円。資金循環統計では日銀券と貨幣合わせて中央銀行の負債に計上しているが、その金額が126.8兆円なので“家計”は実に全体の84.3%を保有していることになる。因みに机上の計算でしかないが、家計の保有する現金を日本の人口で割ると一人当たり86万円程度。1世帯当たり2.6人とすれば1世帯当たり223万円にもなる…所謂「タンス預金」の大きさには改めて驚いてしまう。

流動性預金、定期性預金については 皆さんご想像の通りで長らく定期性預金の方が圧倒的な残高であったが、1990年代後半から2000年にかけて定期性預金がピークを付け残高が減少するなか流動性預金は増加ペースが高まり2018年後半には残高が逆転、2023年3月期では流動性預金621.2兆円、定期性預金372.1兆円となっている。これは急速に流動性選好が高まってきたというよりゼロ金利、量的金融緩和などの非伝統的金融政策が採用された時期でもあり金利水準の問題が大きいと考えられる。一方で定期性預金がピークを付けた1997年から1998年にかけては大手金融機関の経営破綻が相次ぎ、“常識がひっくり返った時代”でもある。預入先を固定することをリスクと考える向きが出てきたことも定期性預金の減少に繋がったと言えるだろう。更に言えば現金・預金のうちの現金占率も1980年以降4%以下で推移していたが、1997年、1998年の金融危機以降4%を超え足元9.7%まで右肩上がりの上昇が続いている。今後、預金金利が相当立った状態になれば大規模な定期性預金シフトが起きる可能性はあるが、古い常識の世界に戻るようなことはないだろう。

資金循環/家計/資産・現預金、資金循環/家計/預金
資金循環/家計/資産・現預金、資金循環/家計/預金

資金循環/家計/資産・現預金
資金循環/家計/資産・現預金

資金循環/家計/預金
資金循環/家計/預金

次に株式と投資信託についてだが、2023年3月期で株式等225.7兆円(占率11.1%)、投信90.3兆円(同4.4%)、合わせて316兆円(同15.5%)。資金循環統計は時価評価ベースなのでブレは大きいが、ストックは平成バブル期の1989年3月期に254.8兆円(同27.5%)を付けた後、バブル崩壊から長く低迷が続いたが、いざなみ景気のなか2007年3月期に275.6兆円(同16.8%)まで拡大。その後グローバル金融危機を受けて大きく落ち込んだもののアベノミクス下で順調に時価の回復が続き、2018年3月期には292.5兆円と既往最高を更新。コロナ禍による落ち込みはあったものの足元316兆円まで積み上がっている。

ストックの動きには時価変動の影響が色濃く出てしまうが、フローの動きを見ると家計の投資行動が明確になる。1980年以降のデータを見ると80年代後半から90年の平成バブル期、2000年前後のITバブル期、2004年から2007年のいざなみ景気時と株式相場の上昇時に大きく投資を進めたことが分かる。一方、アベノミクス景気の2012年以降は基本右肩上がりの相場が続くなかで売り越しが続いている。これは相場上昇により、これまで含み損を抱えたままで売ることを躊躇していた人たちの“やれやれ売り”が続いたためと考えられる。

資金循環/家計/株式等+投資信託
資金循環/家計/株式等+投資信託

そして足元、2020年からは3年連続で株式等+投信への投資を増加させている。この動きが続くかが焦点だ。これまでの動きを見ると買い越しが続くためには相場環境が良いことがまず絶対条件だろう。中長期の期待リターンがマイナスの商品に自らの金融資産を振り向ける人はいない。

加えてここから更に株式、投信への投資を進めるためには家計がリスク許容度を高めることも必要だ。これまでは平成バブル期を除けば家計の株式等+投信の占率は10%半ばであまり大きな変化は見られない。資金循環統計のデータを見ても現預金比率50%超を維持して金融資産全体のリスクを抑えてきたのが実態だ。つまり突然家計がリスク許容度を引き上げて資金シフトを進めることは期待できないだろう。それでも2023年3月期の現預金占率は54.2%だから50%まで落とすなら4.2%分、86兆円ほどシフト資金は用意できるとも言えるが。リスク許容度が変わらないなかではこの程度が限界だろう。

2012年以降の株式マーケットは意外に思われるかもしれないが、典型的な上昇相場だ。一旦高値を付けた後、調整するものの前回の安値を下回ることなく、ボトムアウトし前回高値を超えて新高値を付ける。その後も同じリズムで高値を更新していく…結果足元で日経平均株価は33,000円台、TOPIXは2300ポイント台と1989年12月末の史上最高値に近づいてきている。1980年代からずっと見ている人には“ようやく戻ってきたな、でもまだまだだ…”という感覚で話をされる方が多いが、2012年以降見ている人には“総じて企業業績、金利に見合った合理的な株価で右肩上がりの相場が続いている”という肌感覚を持っている方が多いように感じる。つまり“株は怖い”という肌感覚を持たない新しい投資家層が確実に育ちつつあるような気がしている。

先に見たように家計のリスク許容度が一気に高まり現預金から株式、投信へのシフトが起きるとは思えないが、今は新しい投資家層の広がりをバックに着実にそうした資産への選好が高まり金融資産に占める比率も高まっていく時代の入り口にいるように感じる。

2024年からは「所得倍増プラン」が本格的に動き出す。このプランではNISAの抜本的拡充、恒久化が大きく取り上げられることが多いが、金融経済教育推進機構(仮称)設立による中立で信頼できるアドバイス提供の仕組みの創設や同機構を中心とした金融経済教育の充実を図ること、金融事業者による顧客本位の業務運営の確保、もプランの重要な柱とされている。新しい投資家層も育ちつつあるタイミングでこうした政策が実施されることは「貯蓄から投資へ」の実効性をより高めると考える。

「貯蓄から投資へ」という方針が初めて公式に政府方針に取り込まれたのは小泉政権の2001年骨太の方針と言われている。それ以降様々な取り組みが行われてきたがこれまで目立った進展は見られなかった。“今回は違う”結果になるだろうか。時間はかかるだろうが筆者は今回は違う結果が見られるような気がしている。

以上

佐久間 啓


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。