トレンチコートは冬から春や秋から冬など、移り変わりの季節にぴったりのコートです。ですがそれだけでなく、今や多くの方のワードローブの中に定番的に存在する不滅のアウターの1つと言っていいでしょう。レインコートとして活躍するために誕生して以来、デニムジャケットや白いスニーカーと同様に、紳士服の伝統的アイテムの1つとして確固たる地位を確立してきたのです。

 そしてその起源は、他の多くの男性用衣服やアクセサリーと同様に軍事的背景のもと、純粋な実用主義からこのトレンチコートも誕生したのです。

トーマス・バーバリーが生み出した雨の奇跡

トーマス・バーバリー氏
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トーマス・バーバリー氏

 19世紀の終わりには、防水服として存在していましたが、ゴム引きまたはワックスが施されていたため、重くて着心地が悪いものばかりでした。一方で若きトーマス・バーバリーは、綿とウールの撚糸を別々に防水してから生地をつくるという、革新的な防水生地を思いつきます。それが「ギャバジン」です。

 これによって耐水性ばかりでなく、耐寒性と軽量性にも優れ、動きやすさを向上させたのでした。それは第一次世界大戦より前の1879年のこと。そうして1895年のボーア戦争の際に、イギリス人士官用のタイロッケンコートをこのギャバジン素材で製造しました。そこで「Burberry(バーバリー)」の未来が確立されたというわけです。

歴史に残るトレンチコート

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第一次世界大戦に「バーバリー」が兵士につくったトレンチコート

 そして第一次世界大戦が間近に迫りはじめた頃、英国政府は「バーバリー」に兵士が塹壕(ざんごう)内でさらされる風や湿度など厳しい環境から兵士を保護するための軽量の衣服をつくるよう依頼しました。これによって英語で「塹壕」を意味する「trench(トレンチ)」がこのアイテムの名称となります。

 つまり「バーバリー」のトレンチコートが登場したのは、1910年代になります。1915年の雑誌で、「ニュー・ミリタリー・トレンチコート」と紹介されている記録もあります。なので、この時点で「トレンチコート」という言葉が新しい言葉であったこともうかがえます。

 当時つくられたトレンチコートは、地図や必要な道具を掛けるためのベルトとリングが付いた長くて軽いコートでした。肩から胸と背中にかけて、生地が二重構造になっており、これによって雨が降ったときに雨が滑り落ちるように設計されていたわけです。

 しかし、兵士たちにこの衣服をつくったのは「バーバリー」だけではありませんでした。同じ英国の「アクアスキュータム」も…。創業者ジョン・エマリーは「アクアスキュータムこそが最初である」と主張しています。

いずれにせよ、第一次世界大戦後にこのアイテムは普及し、バーバリーは一般向けのトレンチコートの作成に着手しました。

レインコート、戦争から映画まで

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映画『カサブランカ』でトレンチコートを着用している、ハンフリー・ボガード。右は、イングリッド・バーグマン。

 第二次世界大戦中、レインコートは再び注目を集めていました。ですがこのときは、塹壕から遠く離れた銀幕でした。ハンフリー・ボガートが1942年公開の映画『カサブランカ』でこの衣服を着用したことは、トレンチコートをハリウッドで最も魅力的な衣服の1つに変えるのに十分なきっかけでした。

 そのシーンは歴史に残るイメージであり、彼はこの衣服を自らのアイコンとしても確立します。またレインコートは、ギャング映画にとっても切っても切れない存在でした。また1950年代初頭には、別の名作映画である『雨に唄えば』の中心的なアイテムとして活躍し続けました。さらには1968年から約10年間にわたって放送された大ヒット連続ドラマ『刑事コロンボ』によって、テレビというさらに小さな画面でありばがらも影響は大きく、80年代もその人気の根強さは引き継がれていったのです。

キャットウォークからストリートまで

ルイ・ヴィトン2021awコレクション
PASCAL LE SEGRETAIN//Getty Images
「ルイ・ヴィトン」2021年秋冬コレクション

 もはや、トレンチコートのない秋や春は考えられません。コレクションには必ずと言っていいほど、登場するアイテムの1つです。各ブランドのクリエイティブディレクターたちは、常にその本質を維持しながら、何度もこのアイテムをよみがえらせ、新しい自分色に染めたりシルエットを変えながら、私たちのワードローブの中に組み込むよう提案し続けています。

Source / ESQUIRE ES