The Great Escape Part Two

「大脱走」(後編)──あの映画をもう一度

子供たちの心を鷲づかみにした理由はキャラクターたちの魅力にあり! フジTVの敏腕プロデューサーが傑作の構造を語る。
「大脱走」(後編)──あの映画をもう一度

子供たちの心を鷲づかみにした理由はキャラクターたちの魅力にあり! フジTVの敏腕プロデューサーが傑作の構造を語る。

文:石原 隆(フジテレビジョン・ドラマ制作担当局長)

TVアニメの名作「ど根性ガエル」のエピソードの中に、ヒロシが前の夜テレビで「大脱走」を見て、完全にハマッてしまい、翌朝学校に行ってみんなに「大脱走」がいかに素晴らしい映画であるか熱弁をふるう、というものがありました。

実名だと差し障りがあったのか、ヒロシは主演の俳優を「ストーブ・マックイーン」と呼んでました(ちなみに映画のタイトルも「大脱出」と言ってましたね)。「そこで追い詰められたストーブ・マックイーンは、ドイツ軍のバイクを奪い……」なんて得意気に語っていました。かように「大脱走」は子供たちの心を鷲づかみにしました。かく言う僕も鷲づかみにされた子供の一人でした。ヒロシの気持ちが実によくわかったのです。

子供たちの心をとらえた理由はたくさんあるのですが、やはり一番は巧妙に描き分けられたキャラクターたちの魅力でしょう。「情報屋」「トンネル王」「偽造屋」などなど、まるで野球のポジションのようにそれぞれの人物に役割が与えられています。ジョン・スタージェスという監督は「荒野の七人」も「大脱走」の3年前に撮っており、集団劇にはすでに実績のある監督です。ご存じ、黒澤明監督の「七人の侍」のリメイクです。「荒野の七人」からはスティーブ・マックイーン、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソンらがそのまま大脱走でもキャスティングされてます。それにしてもジョン・スタージェスの作品は「OK牧場の決斗」「老人と海」「荒野の七人」「大脱走」となんと男臭い映画ばっかりなのでしょうか。

僕が最も好きなキャラクターはジェームズ・ガーナー演じるアンソニー・ヘンドリーです。収容所のなかでの役割は「調達屋」。原語では「The Scrounger」と標記されています。辞書を引くと「せびったり、ねだったりする人、たかり屋」となっています。「調達屋」とは素晴らしい訳ではありませんか。

文字通り不自由な収容所の中でなんでも手に入れてしまう。バターやクッキーなど食料品、洋服の生地(脱走後、一般市民に化けなければならない)、パスポートやビザ、そしてフォーカルプレーンシャッターの35ミリ、F2.8のカメラ。

こんなモノ絶対手に入らない、と思われるモノを驚くべき方法で手に入れる男のなんとカッコイイことか。「トンネル王(The Tunnel King)」も「独房王(The Cooler King)」ももちろんカッコイイのだけど、「調達屋」のカッコよさは他とちょっと違う。看守や敵国の兵士たちと取引きや交渉をして(あるいはゆすりまがいのことをして)必要なものを手に入れる。他のシーンが緊張感にあふれているのに対し、「調達屋」のシーンは妙に笑える、というかトボケている。そこに、ヘンドリーのプロとしての余裕を感じるんですね。その辺りがなんともカッコイイのです。ルパン3世のカッコよさに通じる感じもあります。

そんないつもふざけているヘンドリーが、同室で友人になったコリン(ドナルド・プレザンス)が盲目になってしまい、脱走のリーダーのビッグX(リチャード・アッテンボロー)から足手まといになるから連れていけない、と言われたとき、「俺が連れて行く」ときっぱり宣言するところなんか、泣けてくるんですよね。おいしい役です。

この映画の名セリフは沢山ありますが、僕が個人的に好きなセリフはこのヘンドリーのセリフ。目の見えないコリンを連れて苦労をかさねた後、軽飛行機を盗み、飛行場から離陸した直後コリンに向かって言うセリフです。

「お次はスイスでござい!(The next stop, Switzerland!)」

ついにドイツから脱出したヘンドリーがコリンに冗談を言うわけです。コリンの表情にも安堵とヘンドリーへの感謝が浮かんでいました。

集団劇の難しいところは、しばしば主役の主役感が薄れるところかもしれません。トップクレジットはもちろんスティーブ・マックイーンですが、抜きん出た主役感があるわけではありません。彼もこの映画ではチームの一員であり、彼を「立てよう」として脚本を直していたら、陳腐な作品になっていたことでしょう。実話の脱走劇のメンバーがきっとそうであったように。