捕手を「女房役」や「正妻」と表記。夏の高校野球を報じる新聞記事に感じたこと

夏の高校野球(甲子園)で、新聞社が「捕手」のことを「女房役」や「正妻」と表記するのはどうなのか。コラムを書きました。
日々熱戦が繰り広げられている夏の高校野球(8月21日、甲子園)
日々熱戦が繰り広げられている夏の高校野球(8月21日、甲子園)
時事通信

全国高校野球選手権大会は8月23日、阪神甲子園球場で決勝戦が行われる。

昨年夏に東北勢として初めて頂点に立った仙台育英(宮城)と、107年ぶりの優勝を目指す慶應(神奈川)が戦う。

メディアも連日、選手のはつらつとしたプレーやスタンドの応援、サイドストーリーなどの記事を大きく展開してきた。

私もテレビや新聞を欠かさずチェックしていた1人だが、この高校野球に関する報道に接していて、気になる言葉をたびたび見かけた。

それは、捕手のことを「女房役」と表現している新聞記事だ。なかには、正捕手のことを「正妻」と書いた新聞社もあった。

野球界では、古くから捕手を「女房役」と呼んでいる。

しかし、ジェンダー平等を訴える新聞社が、男女の役割分担を示すような表現を堂々と用いることに問題はないのか。

調べてみると、実際に「女房役」という表現を使わないよう周知している新聞社もあることがわかった。

女房役とは?「妻が夫を助ける」

まず、国語辞典「大辞泉」で「女房役」の意味を調べてみた。

妻が夫を助けるように、傍らから補佐する役目。また、その人」と書いてある。

そもそも、なぜ捕手は「女房役」と呼ばれているのか。

詳しく解説した文献は見つからなかったが、学生時代は野球部に所属し、小学2年から高校3年まで捕手だった私は、監督やコーチからこう言われてきた。

ピッチャーは夫で、キャッチャーは女房。常に夫のそばにいて、その日の調子や機嫌を観察し、試合で良いところを引き出さないといけない

夫は大黒柱。女房は縁の下の力持ち。女房は夫に気持ちよく仕事(投球)をさせないといけない

捕手経験者であれば、おそらくこのようなことを言われたことがあるのではないだろうか。

実際、捕手は投手をリードし、相手の攻撃を封じなければならない。ポジションの役割として、捕手は「投手を助ける役目」を担っている。

おそらく、この役割を当時の価値観に当てはめて、捕手は「女房役」と呼ばれてきたのだろう。

イメージ写真
イメージ写真
RBFried via Getty Images

女房役と書いた新聞社はどこ?

しかし、古くから使われている言葉だからといって、言葉のプロである新聞社が令和の時代に「女房役」と表記することに問題はないのか。

辞書で調べた通り、女房役そのものの意味は、「妻=夫を支える」という性別による役割分担を意味している。

内閣府男女共同参画局のウェブサイトにも、「男女共同参画社会を実現するためには、性別による役割分担意識の解消が求められる」と書いてある。

以上のことを踏まえると、あえて記事に「女房役」と表記する必要性はないように思える。

ただ、今年の夏の高校野球を取り上げた記事でも、複数の新聞社が「女房役」という表現を使っていた。

新聞・雑誌の記事を中心としたデータベースサービス「日経テレコン」で、全国紙と通信社、NHK、地方紙を対象に「野球 女房役」と検索をかけたところ、次の6紙がヒットした(甲子園が開幕した8月6日から取材時点の19日まで)。

▽読売▽富山▽福島民友▽佐賀▽北國▽東奥日報

全国紙は読売のみで、通信社とNHKはヒットしなかった。

イメージ写真
イメージ写真
Image Source via Getty Images/Image Source

「女房役の…」「女房役として」

読売新聞は8月13日、聖光学院(福島)と仙台育英(宮城)の試合で、ホームランを打った聖光学院の捕手を取り上げた。

その記事の中で、「福島大会では女房役として4人の投手をもりたて」と書いた。

福島民友も同日、同じ捕手について書いており、「女房役の(捕手の名前)が構えるミットは」と記載した。

東奥日報、富山、北國の3紙も、同じようなニュアンスで「女房役」と書いた。

一方、佐賀新聞は8月15日の記事で、鳥栖工(佐賀)の捕手を「攻守の要としてチームを導き続けた」や「守備の司令塔となる捕手」と紹介。

「(高校で)捕手に転向したことで」と、記事途中まで「捕手」を用いたが、後半で「ピンチになれば投手に駆け寄り、女房役を務めあげた」と記載した。

「正妻」と書いた新聞社も

日経テレコンでは引っかからなかったが、ネット上をリサーチしていると、正捕手を「正妻」と表記した新聞社も見つけた。

福島民報は8月7日に配信した記事で、地元・聖光学院の正捕手を取り合げた際、見出しを「“正妻”杉山 足で得点機」とした。

私はこれまでの野球人生で、「正妻」と呼ばれたことはない。また、そう呼んでいる指導者も見かけたことがない。

メディア側が作り出した表現の可能性もあるが、もし高校生が「正妻」と書かれた記事を目にしたらどう感じるだろうか。

そもそも、正捕手のことを「正妻」とするのであれば、控えの捕手は「側妻」と書くのだろうか。

なお、今大会で「正妻」と書いた全国紙や地方紙は、私が日経テレコンやネット上で検索した限り、福島民報以外に見つからなかった。

イメージ写真
イメージ写真
Keiko Iwabuchi via Getty Images

夫婦のあり方の決めつけにつながる

このような新聞社がある中、朝日新聞では「女房役」という表現を使わないよう現場に周知しているという。

実際、過去記事を調べられる「朝日新聞クロスサーチ」で「野球 女房役」と検索したところ、結果は次のようになった。

1995〜99年 :112件、2000〜04件:58件、05〜09年:10件、10〜14年:14件、15〜19件:3件、20〜23年:0件

2010年以降はほとんど使われておらず、20年以降は全く用いられていない。

同社広報部によると、性別の差にとらわれない表現を考えるための社内資料「ジェンダーガイドブック」には、次のようなことが記載されている。

「『女房役』について、補佐役などへの言い換えのほか、文脈上、使う必要があるかも考える」

「『夫が主体で妻はそれを支える役目』という役割分担を例えに使った表現で、夫妻のあり方の決めつけにつながる表現は避けたい」

それでは、朝日新聞では捕手のことをどう表記しているのか。

広報部は、「『扇の要』などの比喩表現を用いている例もありますが、多くは単に『捕手』や『正捕手』と表現しています」と回答した。

そして、女房役といった表現を使わないことは、「日々の記事執筆の過程で、筆者とデスクでの共通認識となっていると思われます」とした。

イメージ写真
イメージ写真
SetsukoN via Getty Images

パートナーは「女房役」ではない

ジェンダーの観点から「女房役」という表現を控える新聞社がある中で、堂々と紙面に掲載している新聞社では、指摘する人が誰もいなかったのだろうか。

何気なく書いたのかもしれないが、新聞社であるならば、その言葉は男女の優劣・主従関係を決めてしまうものではないか、と想像してもいい。

私は2022年3月、子育てをきっかけに新聞社を退社した

パートナーに子育てや家事を任せている男性の上司や同僚が多い環境で、働き続けることが困難だった。

私だけでなく、このような環境に疑問を持つ同僚もいたが、そのほかの多くは当時、男性社会の常識の中で生きていた。

会社によっては「女房役」という表現に疑問を持ち、掲載することに異を唱える人も少ないのではないか、と感じている。

なお、SNSで「女房役」という表現に対して疑問を投げかけたところ、次のような反応が集まった。

「高校球児だった20年前も違和感があると感じていた」「そのまんま捕手じゃダメなの?と不思議に思う」「令和なのに未だにこの言葉使ってる他の報道や球団公式にも届いてほしい」ーー。

パートナーは決して、「女房役」ではない。

ジェンダー平等を発信する新聞社だからこそ

特に、全国紙や地方紙は、ジェンダー平等に関する記事を日々発信している。

それにもかかわらず、性別の役割分担を表す「女房役」という言葉を使うことに違和感はないのだろうか。

単に「捕手」や「正捕手」と表記してはいけないのだろうか。

言葉を扱うプロであるならば、古くから言われてきた表現を疑問なく使い続けるのではなく、感覚をアップデートしていく必要がある。

そして、紙面は現場の若い記者だけで作っているのではなく、キャップやデスク、部長なども関わっている。

ジェンダーというテーマをいつも女性や若手の記者に任せるのではなく、男性幹部自らがより理解を深め、共通認識の底上げを図ってほしい。

メディアが率先して取り組むことで、性別で差別されず、皆が生きやすい環境に変わっていくのではないかと感じている。

注目記事