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魅力の本質と正体。

更新日:2020年3月25日



あなたは魅力という言葉を普段どう使っていますか。

「魅力的な地域をつくたい」「うちの魅力は○○です」


こういう表現は日々色んなところで聞きますし、違和感を持たずに自分も使うこともありますが、どこかもやっとすることがあります。


そもそも魅力とは何なのか、と。

疑問を持って本質について考え始めると、調べたくなるのが性(さが)なもので、使っている言葉の成り立ちや意味、その性質を考察し言語化して話したところ、思っている以上に反応が良かったので、今回自分の備忘録的にまとめてみました。



地域づくりやマーケティングにも繋がる話なので、よろしければお付き合いください。



 


1.はじめに:もやっとする理由を究明する

これは普遍的に定義された言葉ではなく、流動的な定義の言葉だからではないでしょうか。

流動的な定義の言葉とは、 ①使っている言葉は一緒でも使い手によって範囲や対象が異なる言葉

②使い手が同じでも使い手の変化や状態に伴って定義が変動する言葉 の2つの性質があると考えられます。


①の性質として挙げられるのが、普通・当たり前・常識・一般的といったもの。


一人ひとりその言葉を使う目的や意図は一緒ですが、裏付けられているものは人の価値観そのものであり、これらの言葉の対象となっている範囲や対象はまさに十人十色。


「ここまで行ったら非常識」「ここまでできて当たり前」「これがくらいは普通」…といった基準やカバーする範囲は、これまでの経験が色濃く表れます。

自分の基準や範囲とずれた他者の言動に直面すると、私たちは相手を異質なものと捉え、著しく逸脱していたりすると嫌悪感を抱いたりします。


ともすると、私たちは相手が自分と同じ言葉を使っていると、自分と相手の言葉の基準や範囲は一致していると錯覚してはいないでしょうか いや、そうであってほしいと期待しているのかもしれません。


一緒にいて無理なく過ごせるような相手ならある程度重なっている部分もありますが、完全一致するということはまずあり得ないでしょう。


自分が築き上げてきたもの。取り分けそれが成功体験であれば、その体験によってつくられた基準は簡単には変わらない強固なものになります。


こうした基準が、たとえば親という立場になったとき、子どもの頃に自分が厳しくしつけられ、勉強を強いられてきたからこそ今の自分の成功があると思い込んでいると、自らの子どもにも「これが成功のためには必要だ」と無意識のうちに同じように振舞ってしまったりするような現象を引き起こします。 (熊本大学教育学部の苫野一徳先生は、こうした自分の経験が他者にも同じように通用すると思い込んでしまうことを、一般化の罠と呼んでいます)


①は自分と他者との間によって起こるものでしたが、続く②は自分のなかで起こる定義のズレです。

これはシンプルなもので、人は年齢を重ね、何かを経験し学ぶと変わっていく生き物です。


ずっと数十年も同じものを同じように好きで居続けること。同じ価値観を持ち続けることは簡単ではありません。

この性質は①の言葉にも当てはまりますが、私がピンと来たのは形容詞です。

カッコいい、面白い、楽しい、美味しい、美しいといった主観に基づく感性的な形容詞は、生まれて言葉を話すようになってからずっと使っていますが、その言葉の対象や使う範囲、感じとる基準は変わってきているはず。


また、自身の経験はそれほど変わっていない時でも、状態によっても変わると考えます。

例えば丸1日間ご飯を食べられてない空腹状態の時なら、普段それほど美味しそうと思わない食べものでも見せられたら食べたいという気持ちは湧き上がってくるでしょうし、満腹な時なら大好きな物を見せられても食べたいとは思いません。 女性であれば、普段さほど自分にとってカッコいいと思えない男性がいたとしても、山で遭難したり無人島に漂流するといった非常事態に陥った時、その人に支えられたりすると素敵と思ってしまうようなことは起こり得るかもしれません。俗にいう吊り橋効果というやつです。

付き合う人、過ごす環境、置かれた状況、コミュニティの文化との相互作用で私たちの規準は絶えず動いています。同じ人が使う同じ言葉であっても、その人自身と取り巻く社会の変化で揺れ動いている。

以上を整理すると、①②の性質は魅力という言葉にも当てはまるといえるのではないでしょうか。

あなたにとっての魅力と、私にとっての魅力は違う。 1年前まで魅力を感じたけど今は当時ほど魅力を感じない。


書いてしまうと至極当然なこと。それなのに、

「もっと○○の魅力を高めて外から人を呼び込むために…」

「うちの商品の魅力は○○だから、これを上手く伝えるは…」


と、あまり考えられもせず魅力という言葉が独り歩きしていく。


ああ、そうか。

世の中の魅力という言葉の使い方を見ていると、このことがごっそり抜け落ちていて普遍的な定義の言葉のように使われているような気がするから、もやもやするのかと一人で納得しました。

2.魅力の意味と成り立ちについて考える

魅力という言葉を考えるとき、まず魅とは何かという前提の意味とその成り立ちを探ってみます。


部首:おに、きにょう

音読み:み

訓読み:もののけ・すだま

【意味】

1 化け物。妖精。もののけ。「鬼魅・魔魅・魑魅魍魎 (ちみもうりょう) 」

2 心をひきつけて迷わす。「魅了・魅力・魅惑」

[難読]魑魅 (すだま) 


なるほど。魅は日本に古来から伝承される鬼がルーツであり、正体不明な化け物という意味合いで使われている訳ですね。


また、魅という漢字の成り立ちは、奇怪な頭部を持つ人の象形(鬼)と、木に若い枝が伸びた象形(未)から出来ており、未という文字は「若い、まだ小さい、はっきりしない」といった意味を持つそう。魅とはこの2つから出来ているのが分かりました。

未は”み”であると同時に、微”び”という意味もあり、微には「数の少ない、希少」、「好みが分かれる、微妙」といった意味を持ちます。


魅という言葉の本質には「正体不明、はっきり見ることのできない、あやしい、よくわからない、心を惹きつける」と「数少ない、好みが分かれる」が隠れていました。


正体不明だから怪しんだり怖がったりすることもあれば、よく分からないからこそもっと知りたい。その惹きつけられるものの正体を、自分が好きかどうか確かめたい。それが魅。


日本の昔話にも鬼はよく出てきますし、現代もさまざまな作品のなかで形を変えて登場しています。


鬼は恐れる存在というより、むしろ愛される存在なように感じます。鬼は魅力的です。



正体不明の危うさと同時に、自分が好きかもしれないからもっと知りたいと心を惹きつける何かがブレンドされた性質が本質。

私たちは相対した人・もの・ことにそうした性質を感じとった時に「魅力」と呼んでいると言えるのではないでしょうか。


そして魅力的な規準はとても曖昧で一人ひとり異なり流動的。普遍的なものではないといえます。


3.近すぎると魅力を感じにくくなる訳を考える


ここまでの素人なりの知的探索を踏まえ立ち返ってみると、地域や企業で散見される「地域・組織に所属する人たち、自分たちの魅力に気づけない現象」も読み解くことができます。


長い間感じ続けているものを人は(実際は別としても)よく知っていると認識します。

生まれたまちの風景や、自社で長いこと当たり前にやってきたことは、それ自体の対象の価値は大きく変わりはしませんが、それを感じる私たちの感覚は日々変化していきます。


前段で言及したように魅力はよく分からなさから生まれています。知的好奇心とも言えますが、既知よりも未知、発見の余白があるほど人は惹かれる しかし知れば知るほど、身近になればなるほど当初のような魅力を感じなくなる。

(そして、既知は安心感に繋がっていくのではないでしょうか)


これらの性質から、魅力にも限界効用逓減の法則が起きているのではないかと仮説が立ちました。 限界効用逓減の法則とは、以下のように説明できます。


 

一定期間に消費される財の数量が増加するにつれて、その追加分から得られる限界効用は次第に減少するという法則。効用逓減の法則。ゴッセンの第一法則。

出典:精選版 日本国語大辞典


 

分かりやすく説明すると、喉がカラカラで飲む1杯目のビールは最高に美味しいですが、2杯目、3杯目と飲むにつれて1杯目のような感動は感じず、飲むほどに得られる感動は段々と薄くなっていきます。それは、ビール自体の品質や価値が下がったのではなく、消費する私たちの感じ方が変わったからです。


この法則で分かるように、よく分からない状態・発見の余白があるのは当然年代が上の人よりも新鮮に物事を受け取れる新人であり、地元の人よりも移住者やよそ者。経験によるバイアスもありませんし、フラットに対象を見ることも可能です。

地域や組織が魅力について検討する際に気を付けないといけないのは、自分たちは対象をありのままに見れられなくなっている恐れがあり、かつ残された価値の可能性も感じ取れなくなっているかもしれないということです。下手をすると、そうなっていること自体に気づけていないかもしれません


アインシュタインやスティーブ・ジョブズなど新たな発見や社会を変えるイノベーションというのも、振り返ってみるとやはりその時の異端な若者が成し遂げている傾向があります。知り過ぎること、近過ぎることは逆効果ということです。


前提となる才能や適性も無視はできませんが、企業の新サービスや新規事業の立案、自治体の移住施策や観光・広報戦略のような部署には、知り過ぎておらず、フラットに対象を見ることができる、発見の余白が残された人が手掛けることが重要かもしれません。皆さんの組織はいかがでしょうか。




4.広報・マーケティングにおける魅力を考える

ここまで魅力の正体と性質を私なりに考察し、言葉にし定義してきました。まだ議論の余地もあると思いますが、なんとなく自分なりのロジックを確立できました。


最後に、私の専門分野であるコミュニケーションや心理学的側面に照らし合わせながら、もう少し掘り下げ広報・マーケティングとの繋がりに言語化を試みてみたいと思います。

Ⅰ.魅力を感じてもらった”先”を描く


あなたがSNSを使っている際に広告を見て、魅力を感じる何かと出会ったとします。よく分からないからもっと知りたいと思いクリックするも、自分が求めている情報までに上手くたどり着けず、邪魔なバナーがポップアップしてきたら、そこで多くの人が「もういいや」と離脱していくでしょう。


あなたがマーケティング担当者であれば、知ってほしい情報を整理し魅力を感じやすいように伝えることに終始せず、その後に具体的にどう行動してほしいかを想像してその後のプロセスを設計し、その行動を起こす際の障壁となるもの。ストレッサー(ストレス原因)なものがないかを考える必要があります。

モノや情報が溢れた現代には、沢山の似たようなものがあります。唯一無二の商品サービス、地域と呼べるところはごく僅か。


他よりも抜きん出るほどの差別化は容易ではありませんから興味関心を持ち、もっと知りたいと感じ取った方が対象とストレスなくスムーズにアクセスできるように考えることが必要ですね。


Ⅱ.魅力を受け取った後に取る「確認作業」とその広まり


気になるものと出会い、実際に行ってみたくなったり、食べたくなるこの行動。

西野亮廣著「新世界」などでも触れられていますが、人が魅力を感じた後に取るのは確認作業です。

Instagramで流れてくるSNS映えのドリンクだったり、綺麗な景色だったりを見て惹きつけられ、実際にそうなのかを確認するために人はお金と時間を使います。自分にとってそれが推せるか(気に入るか・気に入らないか)を判断したところで一次欲求は満たされます。


その確認作業によって判断したものを今度は発信しいいね!やコメントなどの反響を得ることで自尊感情という二次欲求が満たされる。


そして、この発信がまた他の人の確認作業を喚起し、流行やブームが生まれると考えられます。 流行やブームのフェーズになると、純粋に対象を良いと感じる人だけでなく、○○さんが持っているから、皆がいいというからという理由で行動に移す人も現れます。多数派が選ぶものに価値を覚える層ですね。イノベーター理論でいうとアーリーマジョリティやレイトマジョリティが動き出すタイミングです。




こうした情報の広まりを見ることに人はある種の快感を覚えます。流行やブームの震源地にいかになるか。○○さんが持っているから…という理由の○○になりたい。 こうして人はインフルエンサーになりたがり、まだ人に見つけれていない発見の余白を探し歩くのではないでしょうか。



 


以上、魅力というもやもやしたものの本質と正体を探究してみましたが、いかがでしたでしょうか。

まだまだ荒削りで、抜け漏れもあると思います。これはこうなんじゃないの?というの意見があればぜひお聞かせください。 とりあえず考えたことを、書きなぐってすっきりした。

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山本一輝


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