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齋藤潤の経済バーズアイ (第130回)

北欧諸国は日本と何が違うのか?

 

2023/02/01

【生活の質が高い北欧諸国】

 周知のように、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンからなる「北欧諸国」は、国民の幸福度や生活満足度、あるいは人間開発度を調べた調査結果ではいつも上位を占めています。それに比べると日本は、第1表でも分かるように、かなり見劣りしているのが現状です。

 いったい北欧諸国は日本と何が違うのでしょうか。

【福祉国家としての北欧諸国】

 北欧諸国と日本の違いについては、「福祉国家」(Welfare State)としてのあり方が違うとよく言われます。

 福祉国家とは、国民の福祉の向上のために政府が直接介入するような国家のことを言います。資本主義を基調としている国家における政府は、市場経済の結果をそのまま尊重することを基本とし、政府は市場経済の枠組みを維持することのみに専念するという夜警国家を本来の姿としていました。しかし、17世紀初頭に英国で貧困を対象に救貧法が整備され、19世紀後半にはプロイセンの宰相ビスマルクによって社会保険が導入され、さらに20世紀半ばに英国の経済学者ベバリッジによって「ゆりかごから墓場まで」の社会保障制度が提唱されるなど、次第に政府は福祉政策に力を入れるようになり、いわゆる福祉国家が誕生することになりました。

 いまやあらゆる国家は福祉国家であると言えるような状況にあります。しかし、実際にはその在り方は国によって大きく異なります。それを整理したことで有名なのが、社会学者であったエスピン=アンデルセン(Esping-Andersen)です。彼に従うと、福祉国家は、第2表のように、三つに類型化することができます。

 彼は、福祉国家のあり方を類型化する際の基準として3つあるとしています。すなわち、当該国家が提供する福祉政策が、①どの程度脱商品化しているか(働かなくてもどの程度生活ができるか)、②脱階層化の程度(どの程度まで階級・身分を前提としない制度となっているか)、③福祉の供給主体はだれか、の三つの基準です。

 それによると、北欧諸国は、「社会民主主義的福祉国家」であり、高水準の福祉を普遍的にかつ平等に(社会的な属性や経済的な必要性とは関係なく)提供することに特徴があります。そのため、制度を階級や身分によって分ける必要がなく、福祉政策は単一の制度の下で運営されており、福祉サービスを国家が直接(市場や家族を介さずに)その対象に供給することが一般的であるとしています。

【北欧諸国における政策のあり方】

 そのような福祉国家としての北欧では、具体的にどのような政策がとられているのでしょうか。ここでは、多様な政策分野のなかから、第3表で言えば、中所得層を対象にした政策に絞って、①労働市場参入前を対象にした政策(教育政策)、②労働市場参入中を対象にした政策(雇用保護、賃金決定、失業給付、職業訓練)、③労働市場退出後を対象にした政策(老齢年金)について、順次見ていきたいと思います。

①教育政策

 まず、教育政策です。北欧諸国では、教育がその後の職業生活をはじめとして、一生涯における生活の豊かさを決める決定的な要因であるとして、非常に重視されています。教育費が高く、親の所得水準によって子が受けることのできる教育水準に差ができてしまうと、格差の世襲につながってしまうことを考えると、教育政策のあり方が極めて重要であることは論を俟ちません。

 そうしたことから、第4表にあるように、北欧諸国の全てにおいて、義務教育(就学前の1年を含む)は無料になっています。加えて、デンマーク、フィンランド、スウェーデンでは、義務教育以降の教育も、高等教育を含め、原則として授業料は無料となっています。

 特に有名なのは、フィンランドの教育制度です。フィンランドでは義務教育が6歳からはじまり、プレスクール(2015年から)、小学校、中学校、普通高校ないし職業学校(2021年から)の計12年間が義務教育となっています。その間の授業料はもちろん無料ですが、加えて教材や給食、あるいは学校から遠い場所に住んでいる場合には交通手段も無料で提供されます。さらに大学や大学院に進学した場合には、授業料が無料であることはもちろんのこと、生活を支えるための援助や学生ローンも政府から提供されます。なお、保育所や社会人教育は有料ですが、それぞれを安くする工夫がされており、いずれの利用率は高いものとなっています。

 このように充実した教育を提供しているのが北欧諸国ですが、注意すべき点もあります。

 第1に、教育に対する公的な支出がどうしても多額になるということです。第4表にもあるように、北欧諸国のいずれも、そのGDP比は5%程度、あるいはそれ以上となっています。これは日本の2.8%に比べると極めて高い水準です。

 第2に、教育が原則として無料になったとしても、それが格差縮小に対する十分条件とはならないことです。北欧諸国の中でも教育政策が進んでいるフィンランドですが、実は、第1図で分かるように、所得再分配前の市場所得ベースでのジニ係数で見ると、格差の程度は他の北欧諸国はもちろんのこと、日本と比べても大きいものとなっています。教育へのアクセスが良いことは格差縮小にとって必要条件であるとしても、十分条件ではないことを認識しておく必要があります。教育政策以外の有効な政策と組み合わせないと、格差を縮小することはできないのです。

②労使関係と労働市場政策

 次に労働市場における政策について見てみましょう。北欧諸国が日本と違うのは、労働組合の組織率が非常に高いことです。それを背景に、北欧諸国では、労使による団体交渉で決定される労働協約が、労働組合に参加してない労働者を含め、広範に適用されることになっています。また、4か国(アイスランドを除く)では、労働組合に経営参加をする権利も認められています。そうした枠組みの中で賃金も決定されるので、極端に低い賃金が決められることはないことから、法的な最低賃金制度はもともと存在していません。

 解雇に対する雇用保護の程度は国によってかなり異なります。例えばスウェーデンでは、1982年の雇用保護法により、解雇は合理的な理由を必要とするほか、解雇に至る場合にも、企業は労働組合と交渉する義務や配置転換努力をする義務を負う上に、勤務期間が短いものから解雇し(ラストイン・ファーストアウト)、採用に際しては解雇労働者を優先的に雇用する義務があるなど、かなりの制約があります。

 ただし、北欧諸国では、雇用保護の程度が高くても、そのために雇用が長期化することはないようです。第2図にあるように勤続年数が概して長くない傾向が見られることから、雇用者の流動性は高いものとなっているようです。しかし、流動性が高いとなると、雇用者にとって不利にはならないのでしょうか。

 それについては、デンマークの「フレクシキュリティ」(Flexicurity: Flexibility と Security を合わせた合成語)という政策的な枠組みが参考になります。デンマークでは、スウェーデンに比べると解雇の自由度はかなり高いものとなっています。そのため、解雇される可能性は高いのですが、解雇された場合には、給付期間や給付額の面で手厚い失業給付が支給されるようになっています。ただし、それだけだとモラルハザードが生じ、失業状態から抜け出せなくなるので、失業者には必要な支援や職業訓練を与え、早期に労働市場に復帰できるようにしています。失業者を早期に労働市場に復帰させるようなこうした政策は、「積極的労働市場政策」(Active Labor Market Policy)と言われますが、デンマークの場合、政府がこの積極的労働市場政策に支出する金額のGDP比は、北欧諸国の中でも非常に高いものになっています。

 このように、雇用者の立場に配慮した労使関係、労働市場政策を採用しいる北欧諸国ですが、以下のような点にも注意する必要がります。

 第1に、労使間の団体交渉(国によってはここに政府も加わります)によって決まる賃金水準をどう評価するかです。それが平均水準としてどのような水準に決まるのか、またそれを前提にすると産業別賃金、企業別賃金はどのような水準に設定されるかによって、経済のパフォーマンスも変わってくるからです。特に重要なのは、失業率への影響です。第5表にもあるように、北欧諸国の失業率が比較的高いものとなっています。労働市場を均衡させる賃金水準を大幅に上回る賃金決定になっていないのか注意する必要があるようです。実際、北欧諸国の賃金決定は、中央での団体交渉から、産業別や企業別での団体交渉に比重が移行しているようです。

 第2に、北欧諸国の労使関係や教育政策・労働市場政策が男女間格差縮小に果たした役割をどう評価するかです。確かに北欧諸国では女性の進学率は高く(男性よりも高い)、女性の労働参加率も高い(男女間での差が小さい)ものとなっています。いずれにおいても、日本より先行していることは事実です。しかし、女性の雇用は男性に比べてパートタイム労働に多くを依存しています。また、女性の雇用比率が高い職種(教育や医療・介護)における雇用が多くなっています。北欧諸国自身がこれを問題と捉え、取組みを強化しようとしています。

③老齢年金

 最後に、労働市場から退出した後の所得保障である年金制度に触れておきましょう。

 北欧諸国も日本同様、高齢化しつつあります。そのため、老齢年金の重要性は増しつつありますが、いずれの国も、定額の基礎的年金部分と年収に応じた拠出に見合った補充的な部分とから成り立っています。その意味では、日本と似たような制度になっていますが、給付水準が違います。第6表にある通り、北欧諸国の純所得代替率は62%前後となっており、日本よりかなり高い水準となっていますが、特にデンマークは84%と極めて高い水準にあります。ただし、ンマークの場合、その代わり、年金の支給開始年齢が67歳から69歳に引上げられつつあり、これは日本より高いものとなっています。全体として北欧諸国の老齢年金は、日本に比べ、手厚いものになっていると評価できます。

 このように充実した老齢年金制度を構築している北欧諸国ですが、今後とも進行する高齢化・人口減少に対して、北欧諸国の老齢年金制度が対応できるのかどうかという問題はあります。例えばスウェーデンの年金制度には、日本の「マクロ経済スライド」が参考にした「自動財政均衡機能」が組み込まれていますが、これだけで足りるのか、これによって削減されていく年金額で生活に問題は生じないのか。あるいは、スウェーデン以外の国はどうするのか。こういった問題への北欧諸国の取組みが注目されます。

【北欧諸国から学ぶときに注意すべきこと】

 以上、福祉国家としての北欧諸国の制度・政策について見てきました。限られた分野ではありましたが、学ぶべき点が多くあったと思います。

 しかし、同時に分かったことは、ひとことで北欧諸国といっても、具体的な政策の中身を見ていくと、国によって大きな違いがあるということです。したがって、よく「北欧諸国のような国を目指す」と言いますが、北欧諸国のうちのどの国を念頭に置いているかによって大きく変わってきます。これを十分に確認した上で議論を進める必要があります。

 また、北欧諸国の優れた点に目が奪われがちですが、実は課題もあります。その一端は紹介した通りです。それらを含め北欧諸国の政策を評価し、何をどこまで参考にするかを見極めることが重要であるように思われます。

 最後に、北欧諸国の政策には違いがあり、分野によって参考にすべき国が違います。そこで、得てして北欧諸国の政策を「いいとこ取り」しがちです。しかし、そうした政策を断片的に組合わせたとき、果たして全体として整合性を確保できるのか、あるいは頑健性のある制度になり得るのか。こうした点は十分に考えておく必要があるように思います。


【参考文献】

Aarhus University, “Trade Unions in the Nordic Countries”, nordics.info, 2019.
Blanchard, Olivier, and Dani Rodrik, Combating Inequality, MIT Press and Peterson Institute for International Economics, 2021.
Esping-Andersen, Goøta, The Three Worlds of Welfare Capitalism, Polity Press, 1990.
European Commission, “National Education Systems”.
(https://eurydice.eacea.ec.europa.eu/national-education-systems).
———, “Guide to National Social Security Systems”.
(https://ec.europa.eu/social/main.jsp?catId=858&langId=en).
Icelandic Confederations of Employers and Trade Unions, Collective Agreements and Labour Market in the Nordic Countries, 2013.
Nordic Co-operation, “Facts About the Nordic Region”
(https://www.norden.org/en/information/facts-about-nordic-countries).
———, The Future of Nordic Labour Law, 2020.
厚生労働省、「スウェーデン王国」、海外情勢報告2016年。