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不可解な習政権の粛清人事◇公職に居座る失脚高官【中国ウオッチ】

2024年03月19日12時00分

 中国の習近平政権で昨年解任された前国防相や前外相がなかなか他の公職から完全に退かないという不可解な状態が続いている。習政権は粛清人事にも謎が多く、ますます不透明さを増している。(時事通信解説委員 西村哲也)

【中国ウオッチ・過去記事】

議員解任されず

 「彼は参加できない。もう代表(議員)ではないから」。全国人民代表大会(全人代=国会)開幕前日の3月4日、全人代報道官は記者会見を終えて会場を離れようとした時、シンガポール紙・聯合早報の記者から、前国防相の李尚福上将(大将に相当)が全人代に出席するかどうか問われて、こう答えた。このやりとりは映像も公開されている。

 ところが、実際には、5~11日の全人代で代表の任免はなかった。李上将は国会議員に当たる全人代代表を続投した。報道官の勘違いだったのか、代表としての活動を事実上許されなくなったという意味だったのかは分からない。

 李上将は、2022年秋から昨年春にかけて決まった習政権3期目の指導部人事で軍装備発展部長から国防相などに抜てきされ。軍人のナンバー3となったが、昨年10月の全人代常務委で国防相、国務委員(上級閣僚)、国家中央軍事委員を解任された。汚職の疑いを掛けられたとみられる。

 その時点で李上将はまだ、共産党中央委員、党中央軍事委員、全人代代表のポストを維持していた。軍を指導する中央軍事委は党と国家の二つの看板を掲げているが、後者は対外向けの名前で、実質的には党の機関である。

 上機嫌の軍人トップ

 一部の中国メディアは今年2月26日、国防省公式サイトの党中央軍事委員会名簿から李上将の名前が消えたと報道。ただ、党中央軍事委員の人事を決める党中央委員会はなぜか、昨年秋以降、恒例の総会を開いておらず、李上将が党中央軍事委員を解任されたという発表はない。党中央委総会が開かれないため、李上将は官僚にとって最も重要な党中央委員のポストも保っている。

 中国では普通、失脚した高官は短期間で公職をすべて解かれるので、李上将のようなケースは異例だ。政権上層部で処分決定に時間がかかっているのかもしれない。中国の「反腐敗」は権力闘争であり、要人の処分は有力者たちの力関係や思惑で決まるからだ。

 同じ軍装備発展部長の経験者で李上将の兄貴分である中央軍事委の張又侠筆頭副主席(制服組トップ)は普段、仏頂面だが、国営テレビで報じられた全人代解放軍代表団の全体会議(3月7日)では、珍しく笑顔で習近平国家主席(中央軍事委主席)と共に会場入りした。こういう場面では、他の指導者は先頭を歩く習主席に遠慮して、距離を空けて入場するのに、張副主席は関係の近さをアピールするかのように習主席の間近を歩いていた。

 この全人代では、弾道ミサイルなどを扱うロケット軍の政治委員を昨年7月に更迭された徐忠波上将と公式行事欠席が続いていた戦略支援部隊司令官の巨乾生上将が出席して、政治的に健在であることが確認された。昨年12月に全人代代表も解任されたロケット軍の前司令官と異なり、徐上将は同軍内の何かの不祥事について監督責任を問われたが、本人に不正はなかったと見なされたと思われる。

 新たな権力闘争か

 解任時に不倫疑惑で話題になった秦剛前外相も、党中央委員を続けており、形式上はまだ完全に失脚していない。

 22年秋の時点で駐米大使(次官級)だった秦氏は昨年春までに党中央委員、外相、国務委員に大抜てきされた。3期目に入った習政権で国防相と並ぶ目玉人事だったが、7月に外相、10月に国務委員を更迭された。この二つのポストをなぜ同時に解任しなかったのかは不明だ。

 今年2月27日には全人代代表の資格も失った。ただ、解任ではなく、「辞職を承認された」という発表だった。重大な不正があった高官は全人代代表を解任される。秦氏は何らかの問題があったものの、それほど深刻なことではなかったという意味なのか。外相という要職を更迭されたのに、不思議なことだ。

 そもそも、李上将も秦氏も、習主席が取り立てた幹部。いずれ政権指導部の党政治局入りする可能性もあった。一党独裁体制の中国では、党のトップが本当に必要とする人材であれば、汚職や私生活の不祥事で失脚することはあり得ない。

 また、国防相人事は後任決定に2カ月もかかり、外相は党中央で外交を担当する王毅政治局員(前外相)が兼務する変則的状態が続いており、習主席が一連の粛清人事を自由自在に断行しているようには見えない。政権中枢から非主流派を追い出して、権力を独占した習近平派だが、「反腐敗」を口実に派内で新たな権力闘争が進行しているのかもしれない。(2024年3月19日掲載)

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