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文芸創作のいま
近未来の湘南が舞台の小説 レゾンデートルの祈りが話題に

文化・科学 | 神奈川新聞 | 2021年8月27日(金) 12:17

「レゾンデートルの祈り」(発行/ドワンゴ・発売/KADOKAWA、1870円)

 近未来の湘南を舞台に、生きる意味を探し求める人々を描く小説「レゾンデートルの祈り」(ドワンゴ/KADOKAWA、6月発売)が話題を呼んでいる。動画配信アプリTikTokで小説を紹介している人気クリエイター・けんごさんに紹介されたことなどで話題を呼び、今月4刷目の重版が決定。著者の楪一志(ゆずりはいっし)さんと、ドワンゴⅡⅤ(トゥーファイブ)編集部で編集を担当した小笠原僚也さん、同編集部の粂田和之さんに、作品が生まれた背景について聞いた。

 物語の舞台は2035年、安楽死制度が認められた日本だ。安楽死希望者は1年間、人命幇助(ほうじょ)者(アシスター)と10回以上の面談を行うことが条件付けられる。面談の場所は、美しい湘南の海をのぞむ「ラストリゾート」。死に救いを求める人々の心は簡単に解きほぐせるものではなかったが、主人公の遠野眞白はアシスターとして安楽死希望者に寄り添い、ともに人生の光を見いだそうとする。

 北海道在住、20代の楪さん。高校生時代に尊敬する人物が自死を選んだことや、自身も生きるつらさを感じていたことが着想につながったという。眞白は、苦しみから逃れようと死を願う相手に「生きてほしい」と引き留めることはせず、静かに、誠実に寄り添う。「どんな状況で、どんな言葉を選べば思いが届くのか悩み抜いた」と振り返る楪さんは「小説を書くことは僕の内面を文字にすること。登場人物が動きだす瞬間には喜びを感じましたが、書くこと自体は楽しい作業ではありませんでした」と振り返る。

 趣味で小説を書いたことはあったが、作品を発表するのは初めて。「自分が生きていた証しを残そうと『遺書』のようなつもりで描き始めたのですが、誰かにこの思いを届けたいと思って公開を決めました」

 発表の場に選んだのは小説投稿サイト「カクヨム」。物語の熱量とメッセージ性にほれ込んだ小笠原さんが書籍化に動いた。「シリアスな内容ではありますが、読者からの熱いレビューにも可能性を感じた。楪さんの才能に強くひかれていたので担当できて幸せです」と笑顔を見せる。

 ⅡⅤとは18年にスタートしたブランドで、小説やマンガ、音楽、動画などを発信。21年から書籍の展開を開始した。出版不況の中でも「面白いものは必ず届いていく」と小笠原さんは語る。「心を動かす物語に触れたい、いい作品を共有したいという衝動は多くの人の中にある。この作品も、TikTokやSNS(会員制交流サイト)などを通じて支持が広がりました」

 同社では小説と音楽、動画などのメディアミックスを積極的に手掛けており「この作品も今後そういった展開ができれば」と小笠原さん。粂田さんも「映像を見た人が小説を手に取るという流れもできる。作家の思いを伝えるために、多様な『届かせかた』をしたい」と力を込めた。

 「書籍という形になり、多くの人に届いたことがうれしい」という楪さんは次回作を構想中だ。「引き続き自分と向き合う中で、物語を生み出していきたいです」

左から粂田さん、小笠原さん。ⅡⅤ編集部では小説、イラスト、コミック、動画・音楽のコンテストを開催し新人クリエイターを発掘している=東京都内

小説投稿サイトは創作のプラットフォーム

 KADOKAWAが運営する「カクヨム」を始め、「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」など、2010年代から登場した小説投稿サイトは、誰でも無料で作品をウェブ上に公開することができ、読者からのコメントを受け取ることもできる創作のプラットフォームだ。「レゾンデートルの祈り」のように、近年これらのサイトから書籍化、映像化される作品が増えている。

 「カクヨム」で16年から投稿が開始され17年に書籍化された「スーパーカブ」は今年4月にアニメ化。また、同じく16年から投稿が開始され18年に書籍化された小説「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」は19年にNHKでテレビドラマ化。今秋の映画公開も予定されている。

 ⅡⅤ編集部の小笠原さんは「小説投稿サイトは常にチェックしていますが、カクヨムは特に書籍化を意識して作品を投稿しているクリエイターが多い印象があります」と語る。

 16年にスタートした「カクヨム」の登録会員数は、21年6月現在で約70万人、公開作品数は約24万5千作品にのぼる。全体の65%が30代前半までの若年層で、数年前からラブコメディーが主力ジャンルの一つに成長。ここ最近は、CGキャラクターを使って動画配信を行うVTuberをテーマとした小説の人気が高まっているという。

 「『カクヨム』は投稿者が自由に創作を行い、読者が好きな作品と出合える場所です」と語るのはカクヨムの河野葉月編集長。テーマを定めたコンテストを開催したり、編集者と投稿者の橋渡しをしたりするのが編集部の役目だ。また、投稿作品の閲覧数に応じた広告収益を投稿者に還元する仕組みを導入するなど創作者の活動支援にも注力している。「すぐに作家デビューにつながらなくても、身近な場所で創作を楽しむ方々に、私たちも刺激を受けています」

 出版不況が叫ばれる中でも、小説家を志す若者が減ることはない。オンラインを含めた作品発表の場は拡大し、各種の文芸コンクールも盛況だ。県内からも遠野遙や宇佐見りんら、今後の日本文学を担う若手作家が続々と登場し新しい風を吹き込んでいる。文芸創作の現場を追う。

 
 

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