学習指導要領 すっかり分かった気になっていないか(奈須正裕)

学習指導要領 すっかり分かった気になっていないか(奈須正裕)
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先のことより、目の前のこと

 定期的に書く機会をいただいた。その時々に気になっていること、大切だと思うことについて書いていきたい。

 最近「次の学習指導要領はどうなりますかねえ」といった質問を受けることが多いが、大臣諮問も出ていない今の段階では、どうにも答えようがない。そんな先のことより、「ここがロドスだ、ここで跳べ」の格言通り、まずは目の前のこと、現行学習指導要領の着実な実施に全力を上げるのが賢明であろう。また、そうする中で「この部分はどうにも不都合だ」「例えば、こんなふうになると、とても実が上がるのだが」といったこと、つまり、さらなる高みに向けて改善すべきポイントも見えてくるに違いない。

 何より、現行の学習指導要領はまだまだ使う。とりわけ、2022年度から年次進行で全面実施となった高校では、いよいよこれからが本番といったところであろう。

 むしろ気になるのは、現行学習指導要領について、すっかり分かった気になってはいないかである。慣れと感得は別物であるし、慢心は決して前進を生まない。次期学習指導要領について考えるためにも、まずは改訂の対象となる現行の学習指導要領について、改めてその特徴を整理しておこう。

画期的だった現行学習指導要領

 現行学習指導要領は、少なくとも次の10点において極めて画期的であったと思う。

①前文において、子どもたちが「持続可能な社会の創り手となることができるようにする」ことを、全ての学校段階に共通する教育の目的として打ち出したこと。

②各教科等のワーキンググループにおける具体的な内容の検討に先立ち、主に教育課程企画特別部会において、子どもの「学び」と「知識」に関する科学的な知見を足場に、学校教育の任務や教育課程に求められる要件を議論するなど、教育課程政策の立案に関する新たな方針とその具体的な手続きを示したこと。

③②の帰結として、「社会に開かれた教育課程」という理念を打ち出したこと。

④②の帰結として、学力論を「内容」中心(コンテンツ・ベース)から「資質・能力」を基盤としたもの(コンピテンシー・ベース)へと拡張したこと。

⑤②の帰結として、総則の第2に「教育課程の編成」を新設し、各学校の教育課程編成に際して教育目標の明確化、総合的な学習の時間との関連付け、教科等横断的な資質・能力の育成を求めるとともに、これらを含む「カリキュラム・マネジメント」という概念を提起したこと。

⑥④との関連で、「概念」の重要性や知識相互の「関連付け」など、知識の質に言及したこと。

⑦④を実践化する教育方法に関わって、「主体的・対話的で深い学び」という考え方を確立したこと。

⑧④との関連で、子どもの学習過程における意味あるまとまりとしての「単元」(教科によっては題材)の意義を明記したこと。

⑨④との関連で、各教科等の内容の構造化と授業実践における系統性実現のよりどころとして、各教科等の目標に「各教科等の特質に応じた見方・考え方」を位置付けたこと。

⑩各教科等における評価の観点を「資質・能力の三つの柱」と整合させるとともに、「評価はコミュニケーション」という考え方を打ち出し、形成的評価重視の評価論へと歩みを進めたこと。

今こそ、理念の実現状況を振り返る時

 現行学習指導要領でもう一つ特徴的だったのは、特に目立った批判の声がどこからも上がらなかったことである。「学力低下」への懸念が学習指導要領の即時停止を求める署名運動にまで発展した1998年改訂ほどのことはないにしても、学習指導要領改訂に批判の声はつきものである。その意味で現行学習指導要領、とりわけその理念や方向性は、学校現場からも教育研究者からも、極めて好意的に受け止められたと言えよう。

 もっとも、学習指導要領は教育課程の基準であり、そこに記され、好意的に評価された理念や方向性などが、各学校の教育課程として、さらに日々の教育実践としてしっかりと具現化され、子どもの教育経験として実現されているかどうかは、また別の話である。むしろ、改革が大規模で本質的なものであっただけに、ハードルは高かったに違いない。全面実施から一定の時間を経た今、そのことを慎重に振り返る必要があろう。というわけで、次回以降、先に挙げた10点を手掛かりに考えていきたい。

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