ウクライナ語とロシア語の違いについて 2022.06.10

ウクライナ語とロシア語、両言語の違い

ここでは、ウクライナ語とロシア語の専門的な文法事項を詳細に解説するのではなく、日本人に馴染みのある例を挙げながら両言語の違いについて分かりやすく説明します。そのため、ウクライナ語およびロシア語はキリール文字ではなくラテン文字で表記します。

皆さんは、日本語に入っているウクライナ語をどのくらい知っていますか。有名なものは、「ウクライナ」、「コサック」、「ボルシチ」です。「ウクライナ」は言うまでもなく国名、「コサック」はコサックダンス、「ボルシチ」はスープ料理として知られています。これらを使ってウクライナ語とロシア語の違いを見てみましょう。

音の違い

まず、「コサック」からです。
この単語には、ウクライナ語とロシア語の発音に関する典型的な違いが表れています。「コサック」は、ウクライナ語で「コザーク」(kozak)、ロシア語で「カザーク」(kazak)です。両言語ともアクセントは、-zakのaにあります。ウクライナ語の母音оは、アクセントの有無にかかわらず[о]と発音します。一方、ロシア語は、アクセントのある母音оはそのまま[о]と発音しますが、アクセントの無い母音оは、語頭とアクセント音節の直前では[а]、それ以外の位置では[ə]と発音します。ロシア人が、ウクライナ語kozak「コザーク」をロシア語の発音規則に当てはめて「カザーク」と発音するようになり、ロシア語の綴りとしてkazakが定着したのだと思われます。

このように、音声面において、ウクライナ語はアクセントの有無とは無関係に正確に発音しますが、ロシア語はアクセントがないときに曖昧な発音をすることがあります。

呼びかける形

次に、「ウクライナ」です。
ウクライナ語とロシア語には、日本語の格助詞にあたる品詞がないので、名詞の末尾が変化し、格助詞の役目を担います。主語、目的語(直接目的語、間接目的語)、所有、様態、空間などを意味する語尾形(格)が存在します。この語尾形(格)の数が、ロシア語は6個、ウクライナ語は7個あります。ウクライナ語にあってロシア語にない語尾形は「呼格」です。これは文字通り、呼びかけるときに使います。ウクライナ語では、「ウクライナ」を主語として用いるときは「ウクライーナ」(Ukraina)ですが、「ウクライナよ!」と呼びかける場合は、「ウクライーノ」(Ukraino)になります。主語の時は語末がaですが、呼びかけるときはoになります。参考に、ウクライナ人の歌手が歌っている 「ウクライナよ!」(Ukraino)をお聴きください。

場所の表し方

また、両言語には、場所を表す語尾形(「所格」(ウクライナ語)、「前置格」(ロシア語))があります。そして、これらの語尾形と一緒に前置詞(vあるいはnа)が用いられます。vは一般的な用法しかありませんが、nаは「辺境の地」、「漠然としたもの」に付けることがあります。例えば、「ロシアにおいて」は、ウクライナ語では「ヴ ロシーイ」(v Rosii)、ロシア語では「ヴ ラシーイ」(v Rossii)と言います。両言語とも、「ロシア」には前置詞vを用いています(両言語とも、-siiのsの直後のiにアクセントがあります。「ロシア」の「ロ」をウクライナ語が[ro]と発音し、ロシア語が[ra]と発音するのは「コサック」のところで述べた発音規則によります)。しかし、「ウクライナにおいて」になると、ウクライナ語では「ヴ ウクライーニ」(v Ukraini)ですが、ロシア語では「ナ ウクライーネ」(na Ukraine)です(両言語で「ウクライナ」(Ukraina)の語末の形が違っているのは、ウクライナ語の所格とロシア語の前置格の格変化パターンが異なるからです)。ウクライナ語は「ウクライナ」に前置詞のvを使うのに対し、ロシア語は前置詞naを用います。

このように、形態面において、ウクライナ語は名詞の格表示をロシア語よりも細かく分類しています。また、ウクライナ語は、ウクライナもロシアも対等に扱いますが、ロシア語は、ロシアよりもウクライナの方が辺境地として認識しています。

諺から見る違い

最後に、「ボルシチ」を取り上げます。
「ボルシチ」は、ウクライナ語もロシア語も「ボールシィ」(borshch)です。料理として出来上がったものは綴りも発音も同じですが、ボルシチのメインとなる食材ビーツの名称は異なります。ウクライナ語は「ブリャーク」(burjak)、ロシア語は「スヴョークラ」(svekla)です。前者はポーランドから入ってきた呼び名で、後者は古代ギリシャ語に由来します。昔、ビーツは食材だけでなく、女性の身だしなみに必要な頬紅や口紅としても活用されました。このように大地から得た恵みは人々の生活に溶け込んでいます。元来、ウクライナ人もロシア人も自然界に直接働きかける生産活動を生業にしていたため、自然に関連した習慣や風習が形成されました。こういったことは諺に凝縮されています。諺をみれば、その民族の文化を知ることができます。両言語の諺にはどのような違いがあるのでしょうか。ウクライナ語とロシア語の諺を「具体的 - 大雑把」の視点から比較すると、興味深い相違点が浮かび上がります。代表的な例を挙げてみましょう。

管理をする者がいなければ誰も仕事をしない

一つ目は、「管理をする者がいなければ誰も仕事をしない」を意味するウクライナ語とロシア語の諺です。
ウクライナ語は「猫」(kota)と「鼠」(mishi)以外に、「家で」(doma)や「テーブルの上」(po stolu)といった詳しい記述をしていますが、ロシア語は「猫」(kota)と「鼠」(mysham)の関係を示しているだけです。

役に立つものを軽視してはいけない

次に、「役に立つものを軽視してはいけない」を意味するウクライナ語とロシア語の諺です。
ウクライナ語は、「暖炉の上で」(na pechi)という家の中の特定の場所を挙げていますが、ロシア語は概観的に「家で」(doma)と表現をしています。

組織は上層部から腐敗する

もう一つ、「組織は上層部から腐敗する」を意味するウクライナ語とロシア語の諺も見てみましょう。
ウクライナ語は、「腐る」だけでなく、それに伴う「臭う(smerdit')」という人間の嗅覚に言及していますが、ロシア語は単に腐る(gniet)という状態しか述べていません。

このように両言語の諺を比べると、「ウクライナ語は具体的」、「ロシア語は大雑把」というニュアンスが感じられます。このことは、「コサック」と「ウクライナ」のところで述べた両言語の音声面と形態面の違いと相関します。

京都産業大学外国語学部ロシア語専攻(旧ロシア語専修)とウクライナとの関わり

現在、世界的にウクライナが注目されていますが、京都産業大学外国語学部ロシア語専攻(旧ロシア語専修)とウクライナとの関わりは、今から20年前の2002年にさかのぼります。この年、4月19日にウクライナ特命全権大使ユーリー・コステンコ氏6月4日にウクライナ政府の大統領政策補佐官ヴァシル・バジヴ氏、外交補佐官アンドレイ・フィアルコ氏、そして、11月19日に大使夫人リュドミラ・スキルダ氏が本学で講演を行いました。在日ウクライナ大使館とロシア語専攻の交流は大使が離任するまで続きました。こういったこともあり、私たちの学生はロシア語だけでなくウクライナ語にも興味を持っています。(写真は、2002年4月19日にウクライナ特命全権大使が学長を表敬訪問された時の様子です。左から筆者、新田学長、コステンコ大使、ルドビノフ秘書官)

違いと調和

言葉は単独で勝手に空中に浮いているわけではなく、必ず人間から発せられるものです。全く同じ人間が存在しないように、異なる民族の言葉が完全に一致することはありません。ウクライナ語とロシア語が異なる点を持っているのは至って自然なことです。人と人の関係において、大切なのは互いの異なりを受け入れることです。これは個人間だけでなく、組織、国家レベルでも同じです。国と国が対話する目的は、絶対的な意見の一致を見出すことだけではなく、意見の相違や生き方の異なりを認め合った上で、諸々の相違が総体としてもたらす調和にたどり着くことが重要です。

長年、私たちロシア語専攻はウクライナとロシアの両国と関わってきました。一刻も早く、両国が「調和」状態になることを心から祈っています。


北上 光志 教授
外国語学部 ヨーロッパ言語学科 ロシア語専攻

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